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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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二人の間に雪が舞う。

 何が良いだろう。

 日曜日、その日は初雪が降った日だ。一人ショッピングセンターで悩む。

 志保に送った誕生日プレゼント、何だっただろうか。

 えーっと、付き合い始めた最初の年は、志保の誕生日を知らず、というか、その時はまだ友達で、志保はわざわざ友人に誕生日を教えるようなことはしない人だった。

 クリスマスプレゼント送った時に知り、来年は絶対に祝うと誓った。 

 確か、その時は、スマホケースだったな。今はスマホが変わり、そのスマホケースはお目にかかれないが。

 そして、付き合って一周年の直前、誕生日の時は、結構お高いイヤホンだ。

 人に話しかけられたくない時、イヤホンを付けて音楽流して、本を読むと良い、何て言っていたのを思い出したから。今は奏や結愛と話すようになって、使う機会は激減しているが。


「やはは、中学生が送るにしてはお高いね」


 なんて笑われたな。あの時は使う機会が少ない、有り余る給料があったから、金に糸目はつけなかった。

 そしてクリスマスは、モバイルバッテリーを贈ろうとして、奏から怒られた。


「実用性ばかり追求するな!」

「う、うす」


 眼鏡越しの呆れた目。俺は渋々モバイルバッテリーを棚に戻して、アクセサリストアに連行された。

 三つ編みを弄り、俺のプレゼント遍歴を聞いた奏からの、強制的な手助けを受けながら選んだプレゼント。


「やぁ、史郎」


 そう言って右手を上げる志保。


「……志保、その手首の」

「似合ってる?」


 朝、駅で会った志保。シルバーのブレスレット。きらりと、朝日に照らされて、クリスタルの花が光る。


「やはは」


 ピクリと、奏の眉が動く。左手が後ろ髪に伸びる。


「行こうか。電車来るし」

「あぁ」 


 人混みの中で、ずっと立ち止まるのも良くない。


「史郎の家で良いんだよね、今日」

「あぁ。学校終わり次第。一回家に帰ってから集合。六時くらいで」




 「史郎君、これオーブンに運んで」

「はいよ」


 その日、最後の授業、家庭科。調理実習。

 まぁ、これから行うパーティーの準備の予行と思えばな。

 しかしまぁ、これ。できる奴に仕事が寄るな。

 教室の席の、縦の列で班を組んだのだが。見事に俺達は奏の指示で動いている。メインの作業は奏だ。

 台所に立ち慣れていると、ある程度一人でどれをどのように処理するか、順序が出来上がるのだろう。俺達は末端のちょっとした雑務の処理程度だ。


「さて、終わりだね。焼き上がるまでゆっくりしようか。志保さん、お皿ありがとー」

「この程度、お礼を言われるほどでもない。造作も無いわ」


 そりゃそうだ。

 他のクラスメイトの前だから、クールな猫を被った朝倉志保だ。

 クリスマスが近いということで、ロールケーキ。

 しかし、何だろう。

 こうして見ると、猫を被った志保は、どこか窮屈そうだ。素を知っているからそう見えるだけなのかもしれないが。


「史郎?」


 不安げな目、控えめな声。猫を被るのを忘れた、どこか不安げな声。


「どうした?」

「……あっ、フォーク忘れてた。取って来るね」


 完全に素だ。はにかむように笑って食器棚へ。


「あー。朝倉さん、九重君の前では、結構、違うね」


 という班員の戸惑う声も、当然だろう。


「まぁ、知らない仲じゃねぇからな」


 なんとなく志保の方を見る。

 なんか、引き出しが開かないようで、頑張って引っ張っている。

 そういう時は筋力の仕事だ。そう思いながら近づく。


「……あっ」


 志保の手により、引き出しは開いた。が、誰かが開けっぱなしだった食器棚、衝撃で前に崩れる、積み重ねられた食器。


「志保!」


 咄嗟に志保の右手を引く。抱き寄せる。だが、落下する食器をどうにか。

 破片は意外と飛ぶし、飛んでくる破片は普通に凶器だ。


「史郎さん!」


 回転して飛んでくる棒状の物を左手で掴む。

 別の班の結愛から投げ渡されたのは麺棒。落ちてくる食器の下を横に薙ぐ。麺棒と食器が当たる軽い衝撃音。落下速度を和らげる。続いて足。左足を落下する食器と床の隙間を通す。床にぶつかる直前で足に当たり、それから床に落ちる。これで割れるほどの衝撃は残らない。


「ふぅ」

「あ、ありがと」


 床に散らばる食器。

 拾い集める。

 うん。とりあえず割れてないな。


「ん? ブレスレットは?」


 掴んだ手首にあるはずの金属の感触が無かった。


「調理実習だと邪魔だから、外したよ」

「あぁ」


 むっ、今の。プレゼント使って無いのを気にするネチネチした奴みたいで、キモいな。


「大丈夫? 二人とも」

「問題無い。……結愛、サンキュー」


 投げ返した麺棒はしっかりと結愛の手の中へ。


「使えるものを咄嗟に投げる結愛ちゃんも凄いし、一声かけられただけで、結愛ちゃんの意図を察するなんて、流石だね、史郎」


 意味深な笑み。

 そうだ。志保は、俺のことを知らないことになっている。

 問い詰めるだけの材料は、握られている。

 見逃してくれている。

 形式上、バレてはいけないから。

 忘れそうになっていた。


「はぁ」

「九重君、朝倉さん、無事かい?」

「あぁ、霧島、サンキュー」

「何。気にするな……しかしまぁ九重君。テニス部にスカウトしたくなる動きだったよ」

「嫌だよ」

「ハハッ」


 そして、見事なロールケーキ(作・七割奏。残りは大体霧島)が完成した。

 その日の放課後。


「志保、帰らねーの?」

「無いの」

「何が?」

「史郎からもらったブレスレット、無いの!」

「お、落ち着け」


 悲痛さすら感じる叫び声。

 聞こえた周りの人達が、辺りに視線を巡らせる。が、目に届く範囲にあるなら、既に志保の手首にあるだろう。


「落ち着け。少なくとも、調理実習の前に外した。その時、どこに?」

「ポケット」

「よし。じゃあ、歩いたところを探そう」

「う、うん」

「結愛、奏と一緒に帰ってもらって良いか?」

「はい」


 予定変更。……する必要があったのだろうか。

 結愛に任せても良かった筈だ。デザインを把握しているのは俺だけだと一瞬考えたが、護衛をしている結愛が、把握していない筈がない。

 出してしまった指示は仕方がない。

 早々に見つけよう。




 「ねぇ、史郎」

「ん?」


 家庭科室までの道、掃除当番の場所、教室。重点的に探していく。

 落とし物としては届いていなかった。ということは、まだ落ちているのだろうと考えたい。持ち去るメリットなんて無い。


「ごめん」

「何が?」

「実は、持ってるよ。ブレスレット」


 そう言って持ち上げた右手。

 そこには、確かにあった。探していたものが。

 気まずそうな笑み。


「なんで、そんなことを」


 漏れ出る言葉は当然の物だろう。


「史郎なら探そうとするし、でも奏ちゃんをなるべく一人にしたくないだろうから、結愛ちゃん付けるでしょ。史郎が一番信頼してるの、結愛ちゃんだし。一番大切なのは、奏ちゃんだし」

「……そうだな」


 認めているようなものだ。俺の仕事を。


「何でそうしたかったか。二人を、帰したかったから。先に」


 小首を傾げ、目を細め、志保は言葉を続ける。


「史郎、待てる? 今日の終わりまで。待てる?」


 何を待てるかなんて、馬鹿なことは聞かない。

 楽しいことを先に済ませよう。俺はそう言って、志保も了承した。だから、こんな回りくどいことをしたのだろう。

 今帰れば、「見つかったよ」で済ませられる。

 そして、志保の言う通り、順序を逆にしても、「探し物に少々手こずった」で済ませられる。

 だから、後は俺の気持ち次第。

 俺は。

 気がついたら、視界が志保じゃなくて、床になっていた。志保から、目を逸らせた。

 志保から目を逸らすことを許さない、圧力が無い。


「俺次第、なのか」


 本当に、俺次第。

 志保からの、こちらを選べという圧力が無い。


「……わかったよ」

「じゃあ、行こっか」





 志保がどこに連れて行く気なのか。

 いつも通り電車に乗って帰って来て。

 そして、足が向いた方向。

 先導する志保の後ろ髪が揺れるのを眺めていた。

 距離感は、最近の妙に近い距離感でも、別れた直後の微妙な距離感でもない。

 言ってしまえば、出会って仲良くなってからの、近くもなく、けれど、手の届かない距離でもない。そんな、丁度良い距離だった。

 その道は、一時期、具体的には三年ほど、毎日歩いた道だ。


「今日さ、なんか教職員研修とかで午前授業らしいよ。丁度良いね」

「ふーん」


 遠回しな答えだ。

 でもそうだ。俺達が俺達の関係に決着をつけるのに、あの場所以上に相応しい場所は無い。 

 あの時あの場所で、俺は何も言えなかった。

 答えを出せなかった。

 志保は、やり直す機会をくれるというのだ。決着をつけるのと同時に。

 肩越しに振り返る。小さく綻ぶ唇。その笑みの意味はわからない。緊張から笑うしかないのか、それとも、この道に懐かしさを感じているのか。

 もうすぐそこに、中学校は見えている。

 震えるスマホはメッセージの受信を伝える。

 パーティーの準備は奏と結愛が進めてくれているだろう。

 どうせ、結愛に位置はバレているのだ。それをわざわざ奏に伝えるかはわからないけど。 でも、嘘は吐きたくない。


『用事を済ませたら行く』


 そう伝えた。

 これなら、嘘にはならない。俺が少し罪悪感を覚えるだけで済む。

 校舎に人の気配は無い。午前授業で、今頃解放された中学生たちは各々時間を過ごしていることだろう。

 自宅で夕方まで自主学習なんてルールを思い出すが、守っている奴がどれくらいいたのか、今更疑問として湧いてきた。

 当たり前のようにそこに中学校はある。記憶通りの光景だ。

 妙な気分だ。自分がいなくても、その空間は成り立っている。三年も通えば、そこに行くのが、自分がいるのが、当たり前になる。その当たり前が成立しなくても、その場所は当たり前に成立する。

 だから俺の感じる違和感の方が、おかしいのだ。


「やはは、またここに来ることになるとはね」

「連れて来たのは君だろ」

「そうだけどさ」


 俯いて、志保は、言葉を選んでいる。

 俺も、ここまで来て、迷っている。

 覚悟はあった、意志もある。でも、その先に歩みを進める勇気がまだ足りない。

 だが、そんなことは許されない。

 あの時、何も言えず、ただ見送った俺を許さない。

 振り返れば校門。中学の制服を着た志保が歩いていく姿は、まだ思い出せる。

 志保に向き直る。それだけ何かを察してくれて、志保も向き直ってくれる。

 だから、俺は告げる。

 聞いてくれる。あの時とは違う。

 あの時は言えなかった。まだ、俺の中に残っている気持ち。


「俺は、志保が好きだ」


 夕方と夜が同居する時間。

 雲が無いのに、雪が舞う。



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