私は信じてる。どんな君でも受け止める。
「史郎君。私はね、史郎君のこと、信じてるんだ」
「あぁ」
信じる、か。
奏は、俺を見限ったことなんて無かった。
「信じるって、正直、自分勝手なことだとも思うんだけどさ、史郎君ことをずっと見てきた、嫌なところも良いところも知り尽くしていても、信じてるって、言えるんだ」
「あぁ」
「大好き、なんだ」
信じるが、自分勝手、か。
確かにそうかもしれない。
勝手に期待して、勝手に裏切られて。勝手に失望して。
結局、どれも一方的な感情でしかない。
それでも、信じることが、悪いことでは無い。
奏は、多分この世界の誰よりも、俺のことを知ってくれている。
そして、俺は奏を裏切りたくない。
だから、奏に信じられているということは。
「俺にとって、嬉しいことだよ。とても」
「それとね、史郎君。史郎君がやってきたことは、無駄じゃない。少しずつでも、違う形になっても、史郎君に、返していきたいと思っている。史郎君がしてきたことは、あげるだけで終わって良いことじゃないよ。凄い事、だよ」
「そんなこと」
「史郎君も受け取って良いこと、だよ」
優しさも。
無償の助けの手も。
命を張ってもらうことも。
史郎君は、当然のような顔で、してくれた。何も私たちに求めなかった。
「君らにも、助けてもらった」
「でも、一番危ないところは、いつも自分で。私たちを、できる限り安全なところに、楽なところにということを選んだ」
一人で、背負い込もうとした。
当たり前のような顔で。辛そうな顔も、怖がる顔も、ちらりとも見せないで。
だからこそ。
「史郎君は、幸せになるべき人。幸せになって欲しい人。だって。頑張っているんだもん。最高の結末を目指して。
史郎君はちゃんと頑張っている。史郎君は、ちゃんと前に進んでいる。それを、信じて欲しい。そして、それを、私は、見てる。保証する」
だから、だからね。
「史郎君。私はね、史郎君がね、一番、一緒にいて安心できる人になりたい。疲れたのなら癒したい。傷ついたら、涙を受け止めたい。
史郎君の帰る場所で、『おかえり』って迎えたい。
寂しい思いなんて、させたくない。もう、私も戦うなんて言わない。私ができることは、それくらいだから」
気がついたら、史郎君は家に一人でいるのが当たり前だった。
気がついたら、史郎君にとって、無人の家に帰ってくるのが、日常だった。
自分で家の電気をつけて、ただいまも言わないで。いってきますも言わないで。おやすみも言わないで。
静かな家が当たり前で。
そんな当たり前。叩き壊しても、良いはずだ。
「私は史郎君を信じてる。どんな史郎君でも、受け止める」
そう、言い切った。
奏は、一番安心させてくれる笑顔で、そう言った。
「……なんか、プロポーズみたいだね」
「あぁ」
「ふふっ」
少しだけ艶のある笑み。
あぁ。これは。なぜ俺は、家で良いだろと言わなかったのか。
この雰囲気に流されたら、俺は奏を、どうにかしていたかもしれない。
冷たい風の筈なのに、体の内側がポカポカする。
恥ずかしくなって目を逸らして、少しでも身体を冷まそうとした。
息を吐いた音。奏も、同じことを思ってくれていたのかもしれない。
「私の言葉は、ここまでかな。今一番やるべきことは、別にある」
「あぁ」
「史郎君の話の内容とも、被ってるかもね」
「あぁ。奏の気持ち、よくわかったよ。嬉しいよ。正直。だから、ちゃんと答えるよ。でも」
「うん。志保さんと決着を付けたら、でしょ」
「よくわかってくれてるな」
「わかるよ。史郎君のことだもん」
脇腹を軽く殴られて、思わず笑ってしまう。
本当、敵わないな。
「志保さん、大丈夫だよ」
「……悪いな。そっちでまで動いてくれてたか」
「史郎君に少しでも返したいからね」
「奏からももらってるよ」
「私がもらったのは、命だから」
「……そうだな」
言い訳も、謙遜も、奏は求めていない。
この辺りのことは、散々話した。
「奏」
「なぁに?」
「俺、奏と仲違いするの、想像できないや」
「ふふっ。しなくて良いよ」
何が面白かったのか、そのまましばらくお腹を抱えて笑っている。
「くくっ」
「ふふっ」
釣られてしまう。笑いがうつってしまう。
誰もいない河川敷、俺達の笑いがしばらくこだまする。
「ずっとは無いし、永遠も無い。でも、私はずっとにしたいし、永遠にしたい。
結局さ。無理だって諦めたり、相手を勝手に見限ったり、自分を守りたいからって向き合うのを放棄したり、相手にばかり変化を求めたり。変なプライドや考え方を捨てられなかったり。
人の仲が終わる原因何て、そんなものなんだよ」
「あぁ」
「だから私、史郎君から逃げないよ。私は私より、史郎君との関係が、大事だから」
「俺も逃げない」
「うん。わかっている。そして今は、向き合うべき相手」
「俺も、大丈夫だ」
頷く。奏は、期待と、信頼を込めて、頷いてくれる。
「じゃあ、もう大丈夫かな。あとは、任せるしかないよ」
話は終わりだと立ち上がり、振り返る。
「最後に一つだけ。史郎君も知っての通り、傷つかなきゃ得られないものもある。でもね、誰かを助けることは、傷ついて良い理由にならない。痛みに慣れていても、忘れないで」
「……あぁ」
痛みには、慣れないと思っていた。でも、そうか。慣れてしまっていたのかもな。
慣れて、仕方ない。なんて思っていたのかもな。自己犠牲に、酔っていたのかもな。
自己犠牲は尊くない。奏に散々言われたこと。
傷ついたと知った、助けられた人たちの気持ちを考えたことはあるか? 志保に聞かれたこと。
「傷ついたら、泣いても良いんだよ。私がいる」
「ありがとう」
心から、今はそう思える。ありがとう。
奏には、言い足りない。ありがとう。
志保は、ワンコールで出た。
「やぁ、史郎」
「今、大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
夕方、俺は志保に電話をかける。
「誕プレ、何が良い?」
「そんなことを聞くために電話したわけじゃないでしょ、史郎は」
「一応、リクエスト聞いておこうと思ってな。明後日だし」
「律儀だね。じゃあ、時間頂戴」
「そんなの、誕生日じゃなくてもやるよ。暇な時なら」
部屋の壁に背中を預ける。
正直、緊張している。背中の筋肉が硬くなっていくし、肩に変に力が入る。
呼吸を整えて、言葉を待つ。
「誕プレは史郎のお任せコースで。そろそろ、ちゃんとしなきゃね、私たち」
「あぁ」
本当、我ながらめんどくさい。
俺がしがみついてしまった。
志保を、離したくなかった。
でも、駄目だ。
今の俺達の関係に、名前を付けられない。
告白の過程を経ての口約束を交わしていない。既に断ち切られた関係を、切られてしまった糸を手で掴んで、繋がっているフリをしているだけ。結んですらいない。
「とりあえず、志保の誕生日は、祝いたいな」
「ありがたいね」
「二人も呼ぼう」
「良いね」
「話は、それからで良いか?」
それは俺の甘え。
どうなるかわからないから。先に、楽しいことを済ませてしまいたい。そんな甘え。
気まずくならない。そんな確信がある。信じられる。
「良いよ。楽しみにしてる」




