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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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相棒が信じるあなたを信じてください。

 もう誰も使っていないようで、すんなりと入れた。

 ろくに手入れされていないようで、埃っぽくて、薄暗い。


「この部屋、でしたよね」


 当たり前のように鍵を開ける。

 そこは、記憶の通りの場所では無かった。

 コンクリートむき出しの床。壁。

 誰かが使った形跡も、これから使われる予感も無い。

 ただ空間が広がっていた。狭い部屋も、家具一つなければ、広く感じる。

 虚しい広さだ。

 部屋の真ん中に、結愛は立つ。俺は何となく、壁にもたれかかって、結愛と向き合った。


「先輩」

「ん?」

「先輩のおかげで、今の私があります」


 凛とした声。一片の疑いも迷いも感じさせない声で、結愛はそう訴えかける。


「大げさだ。結愛の頑張りの成果だよ」

「その頑張りができたのが、先輩のおかげなのですよ。先輩、あまり、卑下しないで欲しいです。もっと、先輩自身を信じて欲しいです。私たちは、先輩を信じています」


 俺は、俺を信じないことで、今まで成功してきた。

 それはつまり、俺は信じるに値しない人間である。そう思っていた。


「それこそ、毎日血を吐くまで殴られでもしたら、気持ちも変わりますよ。裏を返せば、それくらいのことをされない限り、私の先輩への思いは、変わりません」


 静かな声で、結愛は告げる。

 心を直接狙う言葉に、撃ち抜かれる。


「改めて言います。私は先輩が好きです。大好きです」


 はっきりと、恥ずかしがることなく、詰まることなく、息を整え、心を整えることなく、結愛は自分の気持ちを全力でぶつけてくる。

 今が、答えを返さなきゃいけない時なのだろうか。

 なんで、そんな真っ直ぐな目を向けられるんだ。眼鏡のレンズ越し、視線に晒されて、膝を突きそうになる。

 そこにいたのは萩野結愛だ。

 冷めた部分を人懐っこい後輩で覆い隠していない。改めて、やっぱり、あれは仮面だったんだと思った。

 けれど、仮面を剥がした向こうに、どこか感じていた冷めた部分は無い。

 年相応の女の子だ。

 結愛の、本当の笑顔だ。どこにも、変な力みを感じない。

 出会った当初は、飽きたゲームを嫌々やらされているような。諦観すら感じる冷めた無表情。

 初任務を終えた次の日、俺がよく知る結愛がいた。

 俺は、それを、最初は仮面だとは気づかなかった。いや、本当の笑顔が何割か混ざっていたからだと思う。

 でも、たまに漏れる結愛の冷めた部分から、何となくそうだろうと思っていた。

 そして今、確信する。

 本来の結愛を見て、確信する。

 きっと、組織のこととかが無ければ、同い年の友達と、今のような笑顔を弾けさせて、毎日を楽しく過ごしていたのかもしれない。

 俺と出会うことなく、生きるか死ぬかの世界を知ることなく、一年早く高校に入学することなく、今頃中学生として授業を受けていたかもしれない。

 結愛の笑顔が深まる。ゆっくりと眼鏡を外して、ポケットに仕舞う。


「史郎先輩は、恐らく今までの私が、仮面だと気づいていましたよね。でも、ある意味、仮面も本来の私……になった、と言うべきですかね。だって、もう自然体ですから」


「何となく、言っていることは、わかるよ」

「意識的に、本来の自分になるって、難しいですよね。でも私、今、余計な力が抜けている気がしますよ」

「だな」

「先輩、私、任務の時の先輩に憧れて、今の私を目指した。という話、したことありましたっけ」

「いや、初耳だな」

「なら、今言いましたってことで。だからある意味、先輩は、私の生みの親と言っても過言ではありません」

「大いに過言だな」


 真顔で何を言っているんだ。


「……俺自身を信じろか」

「はい。先輩は、何で自分を信じられないのですか?」


 私は思う。

 この問題の根底に、先輩が、自分を信じない。信用しないところにあると。

 だから必要以上に怯える。怖がる。

 自分の気持ちを怖がる。自分の気持ちを曝け出すことを怖がる。

 自分を信じ切れないから、他人を信じ切れない。

 自分自身ですら気づけない不信。

 別の側面を見せた途端、今が壊れてしまうと怯える。

 少しの傷で、崩れ去ってしまうかもと、必要以上に丁寧に、不用意に動かさないように、神経質なまでに傷つけないように。

 先輩は、私を安心させるために、まずは笑顔をくれた。

 だから私も、まずは、笑顔を見せる。


「私に、先輩のこと、教えてください」

「……俺達の仕事は、過信、慢心はミスにつながる。そんな仕事だ」

「そうですね。自分をある程度疑うのは、大事です」

「けれど、最後の任務。俺は、人を殺した」

「必要なことだったと、私は考えます」


「でも俺は、気づいたんだ。あの時撃った時、撃ててしまった時、正義を執行すること。奏を助けようとしていること、それに酔っている自分がいたんじゃないかって」


 そうでなきゃ気づけたはずだ。

 今の俺なら気づけると、分析している。

 自分が手に持っていた銃が、普段使っている物ではない、実弾入りの物だったって。


「でなくても、射撃精度が俺より遥かに上の、お前が構えたことに気づいていれば、殺さなくて済んだ」


 あいつが仕掛けた罠。

 あいつは、取引相手の組織のボスを暗殺する計画を立てていた。

 奏が一定距離離れた時、奏の手首に付けられた爆弾が作動する。似たような装置を見たことがあったから、気づけた。だが、解除はできなかった。

 だからあの時、諜報捜査室の技術班の到着を待つ必要があった。

 外は応援が呼べるような状態ではないほどの戦闘が行われ、班目さんと柿本さんの援護でどうにか侵入できた俺と結愛だけで、奴を足止めする必要があった。


「必死だったとも、言えますよね」

「かもな。でも、それでも」


 二つのうちのどちらかに気づければ、俺は咄嗟の動きで、命を奪わなくて済んだ。


「その時から、俺は自分を一切信用しないことを選んだ。そんな俺に、奏は優しさをくれた。俺に、普通の日常を生きることをくれた。

 俺は、正義の味方になれやしない。相応しくない。でも、せめて、許してくれた、受け入れてくれた。好きになってくれた。そんな大切な人の味方でありたいと思った。

 誰にも傷つけさせない。絶対に守る。それが、今の俺の、生き方だ」


 結愛は、静かに、続きの言葉を待っている。

 促されなくても、言葉は自然と溢れてくる。


「誰かのために頑張ることで、俺は、自分を保っていた。日常にいる自分を、許せたんだ。だから、ある意味、自分のために生きていたんだ」


 そこまで言い切って、息を吐いた。

 こうやって真剣に、向き合わせてもらって、ようやく気づけたことだ。


「奏に、自己犠牲は尊くない、って言われたけどさ。自己犠牲なんかじゃないんだよ。エゴなんだよ。俺はそうしてないと、自分を守れないんだよ。

 もし、奏に組織を離れる選択肢を示してもらわなかったら、俺はきっと、今度は……必要だと割り切れてしまったら、また」


 一つ命を奪うと、それが手段だと割り切れるようになる。そんな実感が手の中にあるんだ。

 自分の中で、命の価値が狂ってしまったんだ。


「先輩にとって、奏さんは、何ですか?」

「……恩人だよ。俺が完全に狂ってしまう前に、引っ張ってくれた」

「大切、ですか?」

「あぁ。大切だ。とても、大切だ」


 跳ねるように、壁に寄りかかる俺に近づいて、そのまま、身体を預ける結愛を、受け止めた。何となく、抱きとめた。


「やっぱり勝てる気しないな。先輩の中での存在の比重、大きい」

「何の話だよ」

「こっちの話です。私の確かめたかったことって奴です。……自分を好きになるって難しいじゃないですか」

「そうだな」


 モゾっと胸の辺りで温かなものが動く。見下ろすと、目が合った。


「私も、正直自分のこと、嫌いですし。だから、そんな難しい事は要求しませんよ。でも、過去は過去。大切なのは今、と色んなところで語り尽くされている言葉を先輩にプレゼントしますよ。

 先輩は今、誰かを大切にできる。それも十分、立派なことです。それができている自分くらい、信じても良いと思いますよ」


「信じる、か」


「できないことを確かめるのも大事です。過去を振り返るのも時には必要です。でも、できてることを数えても良いじゃないですか。できてることを誇りましょうよ。

 もしわからないなら、先輩の素敵なところ、先輩ができる素敵なことを、いっぱい教えます。語り聞かせます。

 先輩の相棒ですから、私は、先輩のすばらしいところを沢山知っているのですから。私の前でくらい、今の私みたいに余計な力を抜いて、甘えてください。嫌なところも見せてください。情けないところを晒してください。

 だって先輩、かっこよすぎるんですよ。かっこよすぎると、逆に萌えないんですよね」


「なんじゃそりゃ。後輩に甘える先輩とか……」

「いても良いと思いますよ。私は」


 肩に手をかけられ、しゃがめという合図。

 それに従うと、柔らかさと固さを、頭に同時に感じた。

 抱きしめられたと、気づいた。


「先輩、今、やっぱり胸無いなとか思いましたね」

「思ってねーよ。自分で言うなよ。考えすらしてないわ」

「最初から期待していなかったって奴ですか」

「スゲー拡大解釈」


「まぁ、良いですけど。無いものは無いですし。

 と、とにかく。少なくとも、ここにいる先輩の後輩で、相棒は、信じていますから。九重史郎先輩を、信じています。せめて、相棒が信じる先輩を、信じるくらいは、しても良いと思います」


 信じる、か。


「私と先輩の関係は、ちょっと振られたくらいで、壊れるものじゃないと、私は思いますよ」

「……あぁ、そうだな。すまん」


 関係の強さを、今まで積み重ねてきた時間を、疑ってしまって。


「謝らなくて良いです。たまには、先輩に何かしてあげたい、そんなことを思うお年頃なんです。その隙をくれて、嬉しいです」

「でも、もう少し待っていてくれ。やっと、わかったよ、俺は」


 今なら、ちゃんと、正面から向き合える。


「ありがとう、結愛」


 結愛の腕から抜け、少しだけ軽くなった心を感じる。

 結愛はいつも、道を照らしてくれる。


「散々待たせおいて、悪いけどさ、まだ、やらなきゃいけないこと、あるんだ」


 少しだけ呆れた笑みを浮かべて、小さく頷いてくれる。


「わかっていますよ。健闘を祈ります」

「うん」


 それから、俺達はビルを出る。

 昼か。

 まだ、学校終わるまで、時間あるな。


「なんか、腹減ったあ」

「ですね」


 秋の匂い。

 空気が冷えた匂い。

 このくらいの季節が好きだ。

 見上げた空は、夏の空程鮮やかに明るくはない。けれど、どこか優しい、そんな空だ。


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