まずは私と。
「寒いな」
「だね」
隣を歩く奏。そろそろ駅前。
制服姿、スーツ姿。どちらにせよ、黒やら紺やらの服を着た奴らが、既に疲れた顔を浮かべて、同じ入り口に流れ込んでいく光景。
その向こう。視線が引き寄せられる。
「やぁ、史郎。復活したんだね。奏ちゃんも、おっはよう」
「おう」
「お、おはよう」
いつも通りの志保に、どこか余所余所しい奏。
「ん? 結愛は?」
「先に行っちゃった」
「……結愛が?」
「うん」
当たり前の事実を当たり前だと言わんばかりの頷き。
結愛が、いや、どこかで見ているとか? だが、なぜ急に。
「とりあえず、行くか」
「うん」
……やっぱり、駄目だ。
俺は一昨日まで、どんな風に話していた。
どんな距離感で歩いていた。
どんな顔で話していた?
どんな言葉で話していた?
普通にできていたことについて、いちいち思考が入り込む。これで正しいのかと。
「史郎君?」
「な、なんだ?」
「まだ具合悪い?」
「いや。問題無い」
できているか? 俺が理想とする九重史郎を。多分、できている。その筈だ。
色んな感情が、グルグルと体中をめぐっている。
もう失敗できない。
突発的な夜中の訪問、結愛はそれを許し、そして、俺の言葉について、真剣な回答をくれた。
奏に先に言っていたら泣かれていた。そうも言っていた。
あの後冷静に考えて、確かにそうだ。と思い至った。
結愛だから受け止めてくれた失敗。
奏を、一歩間違えれば奏を泣かせていた。
息が詰まる。大切な人を、傷つけそうになっていた。
嫌だ。
それだけは、絶対に。
どうすれば良い。
とりあえず今は、強い九重史郎の仮面を、被るんだ。
できるだろ。どんな任務の時だって、俺はこれで大丈夫だと言って、大丈夫にしてきた。
スイッチを入れろ。
「……あれ」
不敵な笑みは? 気障な仕草は? 余裕ぶった口調は?
『さぁ、始めようか』って、言いたいのに。出てこない。
感情がグルグルと回る。
「ぐわっ」
唐突に何かに引っ張られた。
改札を抜け、ホームに降りる階段の手前。俺は人混みから引っ張り出された。
「情けない顔、してますね。先輩」
俺の学ランの襟を掴んで立っているのは、紺の、恐らく冬服のセーラー、その上に灰色のパーカーを羽織った結愛だ。
ツインテールに眼鏡。声を聞かなかったら、誰なのか少し悩んだだろう。
……あれ、うちの高校、ブレザーだよな。うん、奏と志保が今日着ていたのは、紺のブレザーだ。
「あぁ、これ。私が去年まで通っていた中学の制服ですよ」
「そ、そうか」
俺の疑問を素早く察して答えてくれるのは流石相棒。
電車が入ってくる音、人を運んでいく。人の流れが少し途絶える。
朝の喧騒と喧騒の間の、少しの静けさ。俺達は取り残される。
「……って何しているんだよ」
「先輩が辛そうだったので、一旦連れ出しました」
「辛そうだった……?」
「違いますか? ずっと考え込んで。自分を疑い続ける。そんな顔をしていました」
結愛は、そう言って、耳元に顔を近づける。
ふわりと香るフルーティーな……女子だな。何の匂いだろう。一瞬悩んで、葡萄かなと結論付ける。
聞こえる声は、耳元をくすぐる。
「ちょっと、今日だけサボりませんか?」
「……駄目だろ」
「義務感と気持ちの間で押しつぶされそうになったら、視野を広めるために一旦どちらかを解放する。有効な方法ですよ」
「でも」
「先輩。一度先輩と、本気で話したい。先輩のことをもっと知りたい。今はそう思います。安心してください。今朝、しっかりと教室にはカメラと盗聴器を仕込んであります。だから、ついてきてください」
どうする。
結愛の言うことには一理ある。
……ここは、大胆な行動に出る必要があるのか。
「学校をサボる必要なんて」
「幸い、先輩は昨日まで病欠でしたから。私の方で連絡しておきました。ついでに、私も病欠です。サボりでは無いですよ」
「いや、でも」
「行動は迅速に。うちの鉄則です」
間髪入れず、連射される正しさ。
「このまま普通に過ごしていても先輩が先に潰れるだけだと、私は思います。だから、先輩。まずは私と、向き合ってください」
訴えるような声は、朝の空気に良く響いた。
全力だった。全力を感じた。
後輩にここまで言われて、首を横に振れるような人では、俺は無かった。
「なんで、中学の制服なんだ」
「時が戻った気分になりませんか?」
「お前の制服姿、見たことなかったからな」
一度俺の家に行き、着替える。
俺は結愛の提案に頷くことにした。
予感がした。
何か、きっかけのようなものが掴めるって。
「本部までは学校の制服で、着替えてから先輩と会っていたので、ある意味再現ですね。先輩が後ろを向くなら、一度、私も後ろを向いてみようかと」
「そうかい」
結愛が先導するように歩く。
灰色のパーカーにジーンズという、シンプルな服に着替えて、楽し気に跳ねるように歩く。
歩いていく先、段々と、どこに行くのか、段々とわかってきた。
でも、何でわざわざ。
街に人が増えてくる。俺達はそれに紛れて歩く。
今頃、奏と志保は、いなくなった俺達を見て、何を思うのか。
「先輩、先輩は自分を信用しないと言いました。私は、信用しませんか?」
「してるよ。してない奴に背中を預けたりしない」
「なら、何も迷わなくて良いのでは? なんで私と話す時まで、探り探りなのですか?」
「……信用しているから、大事にしたいんだよ」
「私がそんなに簡単に、ちょっとした言動一つで見限るような、狭量な人間に見えるなら、少し残念ですよ」
「すまん。そんなつもりじゃ」
と言ったところで、結愛はニッと唇を吊り上げる。
「冗談です。でも先輩、今、私の前では余計な気遣いは無用です。私は、先輩とお話ししたいのですから」
そう言って立ち止まって見上げたのは。
結愛との初任務の時に潜伏した雑居ビル。
「私は、ここで先輩に変えてもらいました。だから、私と先輩が本気で語り合うとしたら、ここ以上に相応しい場は無い。そう考えました」
結愛は、真っ直ぐにこちらを見つめ、手を差しだす。
「お付き合い、願えますか?」




