いつ覚悟を決めるのか。
恋は、必要だろうか。
恋をしなくて、困る人はいるのだろうか。
恋をする義務なんて、どこにもない。
そうだ、俺は前提として、誰かを選び、付き合わなければいけないと考えていた。
告白されたから。
奏に、結愛に。
キスされたから。
結愛に、志保に。
告白されたら、答えを返さなきゃいけない。
恋人になるか、ならないか、
オールオアナッシング。
恋愛感情は強い感情だから。それが叶わないと、その人とずっと同じ関係を続けるのは難しいという。
俺は、大丈夫だと思っている。そんなことで崩れるような関係では無いと、思い込んでいる。
だからこそ、選べる可能性のある選択肢。
俺が誰も選ばないという選択肢。
このまま、三人とそれなりに仲良く。
現状維持。
俺が精神的に成長し、前に進むことと、誰かと恋人としての関係を築くことは、決してイコールではない筈なんだ。
奏も、結愛も、ちゃんと話せば理解してくれると思う。だから。
俺のせいで微妙な関係になるのなら、俺が離れたって良い。
誰かが傷つくくらいなら。大切な誰かが傷つくくらいなら、クズ、臆病者と罵られたって良い。傷を俺の情けなさに対する怒りで誤魔化せるなら、それで良いじゃないか。
一つの関係が終わっても、繋がりが切れるわけでは無い。志保が証明してくれたことじゃないか。
一からやり直す。そんな選択肢だって見えてくる。
「なぁ、結愛、それで良いか?」
「先輩にしてはアホなこと言いますね」
結愛は、淡々とそう言って、マグカップをテーブルに置く。
夜中、結愛のアパートを訪ねた。
「仕事仲間として、相棒として、後輩としてというのは置いておいて……先輩のことが好きな女の子として話します」
「恋のことがさっぱりわからないって……」
「恋の定義とかどうでも良いですよ。好きは好きです」
結愛はいつも通りに見える。
縋る様子も、挑発的な様子も無い。
先輩成分とかいうわけのわからないものを要求してきた時とも違う。
「先輩。前提から間違っています」
結愛の指摘。
真っ直ぐに突き刺さる。
「恋は、義務感からやるものではない。先輩のおっしゃる通りです。告白されたら答えなければいけない。その通りです。選ばなきゃいけないわけでは無い。それもその通りです」
「じゃあ、何が間違っているんだよ」
「私に許可を取りにきていることですよ。奏さんに先に行かなくて良かったですね。泣かれてましたよ」
「どういう意味だよ」
「わからないのですか? 私と付き合うか、付き合わないか。私に恋をするかしないか聞いているのであって。穏便に収めるために、答えを出さなくて良い。そんな答えは求めてないのですよ。振る振らないではなくて、交渉なんて、違いますよ。よって、却下です」
結愛の答えは、一見暴論のようで、でも、筋は通っているように聞こえた。
そして、そういう風に突っぱねる権利は、勿論あるだろう。
「先輩、振るのがそんなに怖いですか?」
「……あぁ」
「馬鹿にしないでください。告白するのですから、振られる覚悟くらいしますよ。
そりゃ、痛いものは痛いですし。辛いものは辛いです。でも、覚悟はあります。振られる覚悟が無い人に、告白する資格なんて、ありませんから」
覚悟、か。
「じゃあ、告白される奴は、いつ覚悟を決めるんだ?」
「えっ」
「振るにしてもOKするにしても、関係の変化が起きる。その不意打ちの変化に、いつ覚悟を決めるんだ」
「……それは」
「振るとしても、どんなに言葉を選んだところで、傷つくさ。OKするなら、そいつとの関係の名前が変わる覚悟を決めなきゃいけない」
あぁ、俺は忘れてるのか。
こんなに長々語っておいて。馬鹿が。
けれど、そんな俺の自己矛盾に、結愛は気づかない。
「なぁ、結愛。俺はどうしたらいい」
なぁ、九重史郎。
お前は告白されてから、結構時間、貰っただろうが。
「先輩、好きか、そうでないかで、選んでも、良いのですよ」
「好きに決まってるだろが、みんな、好きなんだよ」
大きな声が響いた。
史郎先輩がここまで大きな声を上げるのは、しばらくない。
もう少し、もう少しだ。
史郎先輩の、本音に触れられる。
史郎先輩の、自分勝手な部分に触れられる。
自分の中にため込んで、蓋をしてしまう先輩の本音。それを解放してしまえば、史郎先輩が迷っている道筋が見える。そう思う。
私は私らしく、手段を選ばない。
貯め込んだ本音をぶつける相手。それが私。私は、受け止める。
「……悪い。感情的になった」
駄目か。
史郎先輩……。何で、そんなに優しくなれるのですか。
なんで、そんなに自分に厳しくなれるのですか。
「先輩、いつまで、後ろを向いているのですか?」
「過去の自分に決着を付けなきゃ、前に進めない」
それが、俺の今の結論。
でも、決着の付け方がわからないから、せめて、俺の周りにいてくれる人だけでも。
「こんな時間に悪かったな。それじゃ」
止める暇もなく、先輩は、夜の闇に駆け出していく。
一番好きな姿。それを初めて、止めたいと思った。
模索して、駆けずり回って。
「どうしたら、良いのですかね」
正しい道。
いつだって、先輩が前に立ってくれたおかげで、見えた。
そして、それを告げると、先輩はそれを超える道を見出してくれた。
「こればかりは、そうも上手くは行きませんか」
人間関係だ。一筋縄ではいかない。正解すらあるか怪しいもの。
一旦寝よう。
まずは、明日にならなければ。
「先輩も学校に復帰する。勝負は、そこから」
どう収まるかなんてもうわからない。
だったら、全力でぶつかる。それだけだ。




