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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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毒と痛みと前進。

 「君も大変だな」

「あぁ」


 体育の時間。

 男子は体育館前の更衣室を使うことになっている。

 霧島は、ニヒルな笑みを浮かべて、ロッカーの扉を閉める。


「というか、何で今更」


 今までだって、奏とは結構一緒にいたし、結愛とも二人で会うことはあった。

 なんなら、三人でプールで遊んだこともある。むしろ、志保と二人きりの機会は、そんなに無かった筈だ。


「まぁ、まず君は、既に入学時に受けていた軽薄な軟派野郎というレッテルは剥がしたと言ったところか」

「そうなのか」


「久遠さんの働きが大きいね。君をクラス委員に推薦し、それからも、ことあるごとに、君のことを褒めているのを聞いたよ。君自身のテストの成績も、それなりのものだったしね」


「へぇ」

「文化祭での働き、他校のナンパ野郎を撃退していたところを見ている人もいたな」

「よく見ているものだ」


「勉強合宿では、奈良崎さんと佐藤さんの件の解決に努めたという噂が流れたね。林間学校でのウォーキングで、足を痛めた朝倉さんを、背負って歩いたのも評価を上げたね。あと、火起こししてもらったとか」


「そんなことで人の評価が上がるのか。安いもんだな」

「そんなことも、積み重ねれば違うものさ」


 むっ、確かに。

 こいつ、涼し気な顔で正論ぶつけてくるな、相変わらず。

 しかしまぁ。はぁ。

 俺の立場上、目立つのはあまり良くない。

 いや、隠れた護衛と考えれば、普通に高校生活を過ごしているという印象は植え付けられるだろうが。

 霧島は今、運動部の男子連中と話している。大方、俺のことを聞かれているのだろう。

 直接ではなく、間接的に聞いていこうというのは、調査の手段としては納得できるが、人の人間関係にご苦労なことだ。


「ねぇ」

「ん?」


 それは、先程、憎たらしい目で見つめてきた奈良崎である。


「久遠さんの気持ちを知っていて、あんなにはっきりと気持ちを示されて、朝倉さんと付き合うの?」

「奈良崎。誤解しているぞ、俺は付き合っていない」

「そう。確かに、君が誰と付き合おうと、勝手だけどさ。じゃあ、聞くけど、久遠さんに答えを返したの?」

「……まだだ。って、おっと」

「避けんな!」

「蹴られそうになって避けない奴がいるか!」


 脛を狙った一撃は、速くは無いが、全力だった。


「むぐぅ……ふーふー」

「獣みたいになってるぞ」

「中途半端にぃ……しっかりしろよ!」


 そんな風に怒鳴りつけて、奈良崎は友人の輪に混ざりに行く。

 怒鳴られても、文句は言えない身分なわけだが。

「でも、どうしたら良いか、わからねぇんだよ」

 



 「そういえば、もうすぐテストだね」

「あぁ……」

「今回も、志保さんと勉強するの?」

「どうだろ」


 するんだろうなって思っている自分と、今一緒に行動するのは面倒だなと思っている自分と、必要だからやらなければと思っている自分がいる。

 いや、その奥をよく観察すれば、今は志保と一緒にいたいと思っている自分を見つけられる。

 志保といるのが、楽しい。

 もう少しだけ志保と一緒にいたい。


 楽しい、だから、もっと一緒に。あの夜のあの出来事が、まだ残っている。

 あの時、俺達は理解不能の感情に振り回されて、逃げるようにそれぞれの家に帰った。

 週明け、普通に接することができた。

 でも気がつけば、視線が結ばれる。


 気がつけば、志保は俺の席の傍にいるし。俺も、それが嬉しくなる。

 別れてから今までの時間を埋めるように、俺達は、隙間時間を近くで過ごしている。

 いや、中学の頃よりも近いと思う。

 身体的距離を一度埋めてしまったから、精神的距離を埋めようとしてしまうかのように。

 少しでも、一緒の時間を過ごそうとしてしまう。


「史郎、ここってどうやって解くの?」

「あー。そこはちょっと捻りがいる部分だな」


 ほら、結局、高校の図書室で放課後勉強している。

 まだ部活休止期間では無いから、人も少ない。丁度良い。

 奏は、何やら行きたいところがあるとかで、結愛と一緒に帰った。

 俺がいれば護衛の問題は無いから、別に良い。

 結愛にもいろんな人と交流を深めて欲しい思いはあるから……いや、二人きりになれるから、丁度良いやとちらりとも考えなかったと言えば、嘘になるな。


「やはは。なるほど。やっぱり史郎って頭良いね」


 楽しげだ。

 そして、理解が早い。

 今日やる予定だった部分が、予想より早く終わった。

 グッと伸びをして、志保は立ち上がる。


「帰ろっ。お腹空いた」

「あぁ」


 そして学校を出て、すぐに帰るのが惜しくて、

 駅前の喫茶店に入って、紅茶とケーキ。志保はコーヒーよりも紅茶が好きで、淹れ方を教えてもらったことがある。

 結愛に淹れた時、何も言われなかったから、それなりに客人に出せる味なのだろう。


「それでね、凄いの、最近のWEB小説も馬鹿にできないよ! 無限に時間潰せちゃう」

「投稿されてる奴、全部読むには一生じゃ時間が足りないな」

「やはは。面白そうなの探すだけで楽しいから、飽きないし」


 そんな他愛のない話すら、俺が求めていた時間で。

 どこか寒かった筈の心が、心地の良い温もりに包まれる。

 奏に告白された時、優しくて強い温もりに包まれた。そのまま、身を任せてしまいたくなった。

 結愛に告白された時は、自分の中に生まれた温もりで、結愛を温めたかった。

 じゃあ、志保には?

 今感じている温もりに対して、俺はどうしたいのだろう。

 わからない。答えが見えない。

 でも、良いじゃないか。

 このまま、楽しく、一緒にいられれば、良いじゃないか。

 そんな声が聞こえる。

 馬鹿言うな。


「それじゃあね。史郎」


 家の中に入っていく志保を見送って、自分の家の方に足を向ける。

 キスはしない。

 暗黙のルール。


 このまま、今の関係でずぶずぶ進むのをよしとしないのは、お互い同じだ。

 だから一線を引く。超えてしまったら、俺も志保も、飲まれてしまう。

 今の心地の良い関係で、止めておきたい。

 俺と志保が感じている、よくわからないものをそのままにしないために。

 志保が、何かに答えを出そうとしているのは、何となくわかる。だから、俺も。

 答えを出さなければいけない日が、迫ってる気がする。

 どうにかせき止めている。このまま、時を戻してしまったように、何となく、元の場所に納まってしまいたい、弱い自分を。

 キスはスイッチだった。もう一度押してしまったら。


「はぁ」

「ため息ですか。大好きな人と過ごした後に、ため息ですか」

「結愛ちゃん、あれだよ、大好きな人と過ごした後に、一人になって寂しくなったからこその、ため息だよ」

「なるほど、それは理解できます」


 家の中から聞き慣れた声が二つした。

 リビングに入る。奏は台所でなにやら調理していて、結愛はソファーでくつろいでいた。


「もう少し濃密な時間を過ごしてくると思ったのですが、思ったよりもお早いお帰りですね」

「何しているんだよ。何言ってるんだよ……」

「道端でチュッコラチュッコラしてたのは、勿論見ていましたから。そろそろもうワンステップ、段階を踏んでいることだろうと思っていたもので」


 何だろう、どうして今日の結愛はここまで挑発的なんだ。


「先輩。私たちとしましては、先輩が出す答えを待つ。そういうスタンスでした」

「……でした?」

「はい、『でした』です」


 結愛は、形の良い唇をにんまりと吊り上げる。


「先輩、随分腑抜けたじゃありませんか」


 奏は、何も言わずに、黙々と包丁を振るう。


「どういう意味だ」

「そのまんまの意味です。先輩、まだ自制は利いているようですが、大方、すぐに陥落すると、私と奏さんは、見ています」

「くっ」


 結愛の指摘は、ごもっとも。首を振ることなんてできない。


「本当に、好き同士だったのですね」


 試すような目。

 こういう時の結愛は、俺がどんな答えを出すのか、待っている時。


「前申し上げた通り、私は先輩を幸せにしたい。けれどその前の私は、先輩を幸せにできる人と一緒になれれば良いと思っていました」

「私も、史郎君に今までなかった、穏やかで楽しい日常を味わって欲しいと思っていた」


 過去形。結愛も奏も、過去形で話す。


「戻せないんですよ、先輩。進んでしまった、壊れてしまった」

「選んでしまった、言ってしまった。史郎君、無かったことになんて、できないんだよ」


 淡々と告げられる言葉。


「わかっているよ、そんなこと」


 淡々と告げられる事実に、反論なんて、できる筈がない。


「だからね、史郎君。もしそれでも今の関係を、志保さんとの居心地の良い関係を続けたい、そう言うなら、私たちを、この場で振って欲しいな、なんて」


 何てこと無いことのように、ニコニコと、いつも通りの安心する笑顔で、奏はそう告げる。


「奏……」


 でも、それでも。

 奏のきつく握りしめている手を、見逃すことなんて、できなくて。


「無理、だ」


 できるわけがない。

 痛みを、知っている。

 痛みを、大切な二人に。


「嫌だ!」


 そんなの、どうして。

 どうして、変わってしまうんだ。

 どうして選ばなきゃいけないんだ。

 なんで止まっちゃいけないんだ。

 痛くても、進まなきゃいけないのかよ。


「……史郎君」


 史郎君は、優しい。

 史郎君は、自分の優しさのせいで、苦しんできた。

 ごめんね。

 それでも、今を、許してはいけない。

 史郎君と、志保さんが苦しんでいる毒をこのままにしてはいけない。

 じゃないとまた、同じ毒に苦しむことになる。今度は、より長く、より強い痛みに、苦しむことになる。

 だから。

 選んで、史郎君。ここで選べば、きっと、前に進める。

 




 「……無理でしたね」

「うん」


 結局、あれから、無理だとうわ言のように呟く史郎君を、ベッドに連れて行って、私たちは家を出る。


「私は戻ります。すいません」

「ううん。仕方ないよ」


 追い詰めるようなやり方が、良くなかったのかもしれない。タイミングが、悪かったかもしれない。

 でも、史郎君ならきっと、前に進んでくれる。

 下手打ったら関係が進むどころか、壊れるかもしれないけど。


「まあ、その時はその時。一から頑張り直そう」

「そうですね」


 壊れた関係を無理矢理続けるやり方は、志保さんが見せてくれたし。


「はぁ」


 間違っているのかな。

 空回っているのかな。

 史郎君を信じているというポーズで、責任逃れしている気がする。自分が嫌になるな、それ。


「奏さん」

「んー?」

「もし振られたら、一緒に出掛けませんか?」

「良いよ。一緒に遊ぼうか」


 夜の闇の手前。

 振り返った結愛さんから、冷めた部分を感じなかった。


「にひっ」


 年相応の純真さを感じる。可愛くて、綺麗な笑顔。


「また明日」

「はいっ」


 今の笑顔が、本当の結愛さんの笑顔なのかもしれない。


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