クラスの中で。
「史郎君、そんなボーっとしてたら、皿落とすよ」
「あー」
私の家、デートの後、帰ったのを確認して呼び出して、夕飯の準備を手伝ってもらっている。ついでに食べてもらう。
帰る時の様子を見て、ご飯も食べずに寝るだろうと思ったから。
ボーっと歩いていて、電柱に何回ぶつかりそうになったことやら。よく車に轢かれずに帰れたものだ。
あんな出来事を体験したら、こうもなるか。
今なら、私でもキスできると思う。
……キスか。
「……なんだよ」
「ううん。べっつにー」
史郎君の唇を見てしまった。
さっき、そこに志保さんの唇が……。
「顔赤いな、大丈夫か?」
「な、何でもないよ!」
「あ、あぁ」
くっ……ある程度想定していた伏兵ではあるが、ここまでになるのは完全に想定外。
史郎君に是非とも過去の恋に決着をつけてもらいたかったところだが、再燃の、それはもう、激しい再燃の兆しだ。
史郎君に色仕掛けは通用しない。けれど、こういう攻めは通用する、というかむしろ弱い。
強い気持ちを向けられるのに、弱い。
「はぁ」
「奏がため息とは珍しいな」
「ちょっとね」
「疲れたのなら変わるぞ」
「史郎君ができる料理は?」
「そうだな、この食材なら、まとめてフライパンにぶち込めば食えるだろ」
今日は少し冷えてきたからシチューにしようと思っていたのだが。
「というか史郎君、カレーとかシチューとか、普通に作れるでしょ」
「……あー、シチューか」
駄目だ、これは。IQが溶けてる。
「もう、座ってて、史郎君」
戦力外通告。
とりあえず、美味しいご飯を食べてもらうだけにしよう。
史郎君の胃袋を掴んでいるのは誰か、思い出してもらうとしよう。
「ねぇ、久遠さん」
「なにかな?」
「九重君って、朝倉さんと付き合ってるの?」
女子が三人頭を寄せて、深刻そうな顔。
「んー。そういう話は聞かないけど」
あの土曜日を終え、日曜日が過ぎ、月曜日。
自分の席に荷物を置いて、手招きに従ってそこに行くと、そんな話題。
「えー。でもなんか、土曜日、デートしてたって情報が」
「んー。男女が一緒に出掛けたらって定義付けに従えば、デートかもね」
曖昧な答えを返す。ばっちりデートだったけど。
「本人に聞くにも、あの二人、高くて厚い壁貼ってるからなぁ。顔が良いだけに、朝倉さんの冷めた顔とか、九重君の鋭い目とか、際立つ」
「良い人、なんだけどね」
「それは間違いないんだけど。キャンプの時、火起こしで助けてもらったし」
「あたし地味に狙ってた」
「やめとけって、周り固めてる奴見てみなよ」
三人の視線が、私、結愛さん、志保さんと移っていく。
「あれだ、隣のクラスの、なんだっけ? 神代……凪さん? あの子くらいじゃない、対抗できるの」
「えーでも、夏入った辺りから来なくなったって」
「あー、聞いた。なんか変な病気だとかなんとか」
「えっ、男遊びでなんかあったって私は聞いたけど」
女子らしく、話題が逸れていく。
私は、それを何となく聞いていた。
「ねぇ、九重君って、朝倉さんと付き合っているの?」
「ん?」
デートした週明け。
名前は確か……鈴木さん。だっただろうか。頭の中のクラス名簿と顔写真を照らし合わせる。
話しかけられたこともないし、業務的な会話すらしたこと無い人から、声をかけられた。
「急にどうした?」
「ううん。土曜日、手繋いで仲睦まじげに歩いていたって」
「はぁ。人違いじゃないか?」
まぁ、見られてるよな。一応誤魔化すが。
「そ、そうなんだ」
ちらりと視線を向けると、ペコリと頭を下げて自分の席に戻っていく。
そういえば、奈良崎から凄い憎たらし気な視線が飛んできてるし。霧島からはニヤニヤとした笑みを向けられる。
なんだ、この状況は。
噂好きにも、程があるというものだ。
窓の外に視線を移す。
そろそろ、冷えてくる時期だな。
そして、もうすぐであることを思い出す。
俺が志保に告白した日、頭が浮ついていた頃の俺が覚えていて、今も頭の中にある。
「はぁ」
「ため息が多いね」
そして、こんな妙な状況でも、いつも通りを崩さない志保。
机に顎を乗せて、見上げてくる目に、あの熱は無い。
「週明け、学校に来ていきなり奇異の目を向けられて、妙なこと聞かれて、何も思わないほど、図太くは無いからな」
「やはは」
気まずさは無い。恥ずかしさも無い。いつも通りだ。
それでも、頭の片隅では意識してしまうし、視線が物凄く集まってきてるし。
だからと言って、志保を追い払うことは言わないが。
言わせておけば良い。
中学の頃はどうだっただろうか。俺達は、噂になっていたのだろうか。
「どうだったんだ? 奏」
丁度戻って来た奏に聞いてみる。
「んー。なったよそりゃ。志保さんのこと狙ってる男子、結構いたし」
「やはは。史郎のことは?」
「んー。いなかったよ。根暗を極めてた頃だし」
「ひっでー言われよう」
どうでも良いけど。
奏が、ジトっとした視線を向けてくる。
「どうした?」
「ううん。別に」
何だろう。
後ろ髪を弄っているということは、考えてるか、イラついているか。
「奏、だんだん目が、怖くなってるぞ」
「んー。別に。何も無いよ」
「何もない、って視線じゃねぇぞ」
怒りだよ。怒りがこもってるよ。BGMは怒りの日だよ。
「まぁ良いじゃん。それよりもこれから二人はしばらく好奇の視線にさらされるわけだけど、頑張ってね」
「……はぁ」




