表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/223

デートの終わり。難儀な二人。

 ひとしきり遊べばもう夕方。

 俺達は駅前に戻って来た。


「日、短くなったねぇ」

「だな」


 もう、手を繋いで歩くのが自然だった。

 隣に立てば、自然と手が繋がれる。

 夕陽に照らされて歩く。

 何も言わなくても、俺達の足は志保の家の方に向いた。

 志保とは、手を繋ぐ以上の距離には近づいていない。

 志保と一番近づいたのは、山の中で背負った時。


『恋人何て、関係の名前が変わるだけじゃん』


 そう言ったのは、志保だ。付き合う前のことだ。

 志保は恋愛小説を好んで読む方では無かった。

 大人になれば大きな変化かもしれないけど、子どものうちは、友達と恋人の区別なんて、どこでつけるんだ?

 口約束のようなものじゃないかって。

 それでも俺は告白した。


「うん。そうだね。確かに言った。けど、自分で確かめないで決めつけるのは、良くないし」


 告白を受け入れた後、どうしてOKされたのか気になって、俺が聞いた時の返答だ。

 でも結局、志保の言っていた通り、告白の結果の変化は、俺達の間に関係の名前と、手を繋ぐという行為が追加されただけ。

 俺はそれでも満足だったし、別れた時、絶望した。

 抱きしめて、キスして、その先を求めるまでもなかった。

 いや、いずれはあるだろうと、頭の隅でぼんやりとは思っていた。

 綺麗、美しい、その象徴を俺で汚しても良いのか、とか考えていた覚えがある。


 心地の良い沈黙だ。

 沈黙が気まずくない。あぁ、本当に、戻って来たみたいだ。

 楽しく遊んで、並んで歩いて。

 もうすぐだ、志保の家は。この一日が終わってしまう。

 だから俺は、いつも明日とか、来週の予定を、聞いてしまうんだ。

 でも今は違う。俺達の関係の名前が違う。


 友人?

 クラスメイト?

 友達の友達?

 元カノと元カレ。

 護衛対象と護衛。


 あぁ、関係の名前が変わるって、結構デカいな。

 できたことが、できなくなってる。

 そこの角を曲がると、志保の家。仮初の、でも、俺にとっては未だにその場所が、志保を送る場所。

 俺は志保の本当の家を知っている。でも、知らないことになっている。

 志保は、俺の仕事を知っているかもしれない。でも、一応知らないことになっているし、俺も探りを入れることはできない。


「遠いな」

「何が?」

「色々」


 もう、戻れない。

 それが、はっきりとわかってしまった。

 まだ一年も経ってないのに、遠い昔のことのようだ。


「着いちゃったね」

「あぁ」


 結局、志保は何を見極めたかったのだろう。それを、見極められたのだろうか。


「もう、帰る?」


 手を繋いだまま、こちらを見ようともせずに、そんな問いかけを投げてくる。


「まぁ、もうすぐ暗くなるしな」


「やはは。うん。史郎、家に親がいないって言っても、そんなこと言うよね。家に招いた時も普通にご飯食べて、ゲームで遊んで終わり、だったよね」


「それがどうしたんだよ」

「ねぇ、史郎。今夜、家、親いないよ」


 そんなこと、知っている。志保が一人暮らしなのは、知っている。

 でも、志保のその台詞。テンプレって奴じゃねーか。

 繋ぎっぱなしの手に、ほんの少しの変化。

 志保の手に、力が籠っているのに気づいた。


「……志保?」

「うん……ごめん」


 何を謝っているのだろう。そんなことを考えた。 

 頭が、ボーっとする。志保の考えていることを考えようとして、答えが出なくて、ボーっとする。

 だから、俺は何もしなかった。

 志保が不意に振り返って。

 予想外の力に引っ張られて、姿勢が前に崩れて。

 気がつけば、志保の顔が目の前にあって。

 それは、ついこの間、初めて味わった感触。


「……な、んで」

「……やはは」


 誤魔化すように笑う。

 ほんの数秒の間。

 ふっくらとした唇が、押し当てられた。

 柔らかくて、温かくて。

 肌とも、髪ともまた違う感触。

 手と手よりも強い、繋がりの名前の証明。

 のぼせたように頭がボーっとして、志保の動きが、見えているようで、でも、何となくで。

 照れたように笑う顔。なんで?


「どう、したんだよ?」

「今日、とても楽しかったよ」

「……俺も」

「史郎が、私と行きたいところ、やりたいこと言ってくれて、嬉しかった」

「あぁ」

「史郎が、私をお客様とか、お嬢様とか、お姫様のように扱わないのが、嬉しかった」

「そんな扱い、した覚えねーよ」

「んー。史郎のそういうところは、厄介かな」


 俺達の関係の名前、何なのだろう。


「でも最近、自分の願望が、意味不明になってきちゃったからさ」

「あぁ」

「……そして、自分がわからなくなった」


 そう言って志保は、手を伸ばしてくる。伸ばされた手を顎に添える。


「どういう意味だよ」

「ねぇ、史郎」


 なんだよ。

 十六年生きてきて、色んな目を見てきた。

 敵意、殺意、恐怖。

 奏の小悪魔な目。

 結愛の縋るような目。

 これは、どういう目なんだ。

 熱っぽい、潤んだ目。どんな感情が秘められているというのだ。


「志保?」

「今日が、終わらないで欲しい」


 わからない。

 どうしたんだよ。どうしたって言うんだよ。志保。

 また、俺と志保の間の距離が無くなる。

 唇を通して、全身が熱くなる。

 たったこれだけのことで、心臓がうるさくなっていく。

 志保を、もっと求めてしまう。


「……なんで、今更」

「はぁ、……本当、自分勝手だよね。私」


 そして、なんで俺は、抵抗しないんだ。


「わかんないよ。何も変わらなきゃ良かったのに。変わらなかったら、何も悩まなくて良かったのに。私が普通だったら、良かったのに」


 攫われた時ですら、困った顔で済んだ志保が、泣いている。

 志保の涙が、よく見えた、

 



 「ねぇ、結愛ちゃん」

「はい」


 自分でも思った以上に、硬い声が出た。

 いけない。落ち着け私。仕事中だぞ。


「見てたよね」


 私の住むアパートの一室。紅茶を目の前に置くと、両手でマグカップを包んで一口飲む。

 さて、私はどう答えるべきだろう。

 あの道端でチュッコラチュッコラしていたのは、奏さんとばっちり見ていた。

 結局あの後、志保さんは先輩を解放して、家に入ったし、史郎先輩は普通に帰った。


「ごめん」

「? なんで謝るのですか?」

「だって、私、結愛ちゃん、それに奏ちゃんの気持ち、知ってるのに」

「……それで謝られるの、なんか、勝利宣言されてる気分でムカッと来ますね。それで、見極められたのですか? 志保さんは史郎さんのこと、好きなのですか?」

「……やはは」

「誤魔化されません!」


 見つめ合う時間が数秒。

 志保さんはゆっくりと口を開く。


「わかんない」

「あ、あそこまでしておいて!」

「んー。何だろう。ねぇ、結愛ちゃん。恋って何?」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。でも、わけわからないことを聞いて来たのは志保さんだ。


「私、嬉しかったんだよね、中学の頃に戻れたみたいで。何も知らなくて、何も怖くなくて、ただ一緒にいるだけで楽しかったころに、戻れたみたいで」

「は、はぁ」

「あのまま付き合っていたら、多分今頃、あれくらいはしていただろうなって」

「そ、そうですか」

「でも私、今、結愛ちゃんに守ってもらわなきゃいけない御身分で」


 あぁ、私、意外と後悔してる。

 現状を受け入れているようで、後悔している。

 逃げたくせに。家の財力でも何でも頼って、彼を守って、関係を守る。そんな選択があったくせに。選べなかったくせに。振ったくせに。未練たらたらじゃないか。

 わけわかんない。自分のことなのに、自分の中で矛盾している気がする。

 だけど、自分でも、どこで矛盾しているかわからない。


「史郎のこと、好きなのかな」

「知りませんよ。好きなんじゃないですか?」

「だよね……」

「めんどくさい人ですね」

「私に対して、遠慮なくなってきたね」

「なんか、志保さんとの距離感、他人行儀はなんか違う気がしまして」

「それで良いよ」


 自分の気持ちなのに、確信が持てない。

 まだ、振ってしまった感触が残っている。振り返っちゃいけない、そんな声が聞こえる。

 あの日、史郎に。


「別れよっか」


 そう言った日。

 彼の目の前から立ち去る時。

 私は、絶対に振り返ってはいけない。そう言い聞かせた。

 傷つけたくせに。

 だから、振り返っちゃいけない。

 後悔するから。

 結局後悔してる。

 この、体の芯から冷えていく感覚は、きっとそれだ。

 それでも、その後悔を、気持ちを認めてはいけない。

 それは、振り返ってしまう、ということだから。


「本当、馬鹿だなぁ、私」

「えぇ。本当に馬鹿ですよ」


 大切なものは、絶対に手放してはいけない。それを私は身をもって知っている。

 今、志保さんは目の前で同じ後悔に苛まれている。同じ毒を、味わっている。

 そして、史郎先輩と同じものに、縛られている。


「本当、難儀なものです」


 ソファーで寝入ってしまった志保さんに、タオルケットをかける。


「私のベッドを勝手に占領しないでくださいよ」


 仕方ないので、床に寝袋を敷いて、そこで眠ることにする。

 あーあ。史郎先輩は、どうなったことやら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ