デート当日の朝。
「ねぇ、史郎君」
「ん?」
「志保さんの誕生日っていつ?」
「再来月だな。十一月二日」
「流石。覚えているんだ」
「当たり前だ」
自分が大切にしている人の記念日くらい、頭に入っている。
朝、起きたらリビングで朝食を用意していた奏。
用事があったからついでと言っていたが、そんなことをわざわざ聞きに来たのかと。
それなら、おまけを持たせよう。
「まぁな。ちなみに結愛は一月四日だ」
「聞いてないけど。覚えとく」
さて。今日は、志保とのデートの日だ。
少しだけ、緊張する。
志保の確かめたいこと。それが何なのか。色々予想を立ててみたが、わざわざ休日一日潰すほどのことが必要な理由が、未だに検討付かないのだ。
だから、緊張する。
「史郎君、出かけるの?」
「あぁ」
「志保さんと?」
「よくわかったな」
敢えて誤魔化す理由は無い。
だから、正直に答えた。
「ふーん。そっか。そういうことか。良いかもね。……目的、片方、達成できてないし。丁度良いかも」
奏の言っている意味が、わからなかった。
「ところで、どうかな?」
折角だ、奏に寸評して貰おう。
「んー……うん……必要か。志保さんの狙いが、私と同じなら」
「志保の狙い?」
「気にしないで」
そう言いながら、奏は階段を昇っていく、俺の部屋の扉が開く音がする。
「って、何を?」
慌てて追いかけると、奏は引き出しを漁っている。
「えっと、これと、これと……あと、こっちかな」
「何を、しているんだ?」
「これ、こっちの方が良い。着替えて」
「んー? おう」
「史郎君は、黒の方が似合うよ。爽やか系より」
「はぁ」
今、俺が着ているのは水色のネルシャツに白のTシャツ。ベージュのズボン。
差し出されたのは、黒ズボン、黒Tシャツ、黒のジャケット。
「史郎君。本気で行ってね」
「よくわからないけど。まぁ、良いや」
言われた通りに着替える。
奏は、何かを確信していて、その確信がこの行動を取らせたというなら、俺はそれに乗った方が良いはずだ。
恐らく、俺よりも正しく何かを把握している。
着替えた俺の髪形を、奏は整えていく。
「もう少し早めに言ってくれれば、髪切ってもっとしっかり……うーんでも、このままの方が史郎君か。よし。カッコいい。ばっちり」
「あぁ。サンキュー」
待ち合わせまで時間がある。歩いて行けば丁度良いだろう。
「あのー。志保さん。何をしているのですか。そろそろ待ち合わせの時間じゃないですか?」
「まだ。あと十五分」
目の前の志保さんは、優雅に紅茶を一口。志保さんはコーヒーも紅茶もイケる口だが、紅茶派のようだ。そこは気が合う。
ちらりと、パソコンの右下のデジタル時計を見る。九時五十分。真面目な人なら待ち合わせ場所にそろそろ姿を現す頃合いだ。
「でも、十時って」
「私は、十時五分」
「……あっ、史郎さん来ましたよ」
「ん。来たね。流石だね、史郎。十分前だ」
喫茶店、奥の席。結愛ちゃんがパソコンで監視カメラの映像を見ていたから無理矢理覗かせてもらっている。
時間を言わずとも、私たちは、あの時計のモニュメントの下、十時って決まっている。
史郎も、同じことを自然と考えていてくれた。
私は……。
「あの、志保さん。そんなに鏡見なくても、ちゃんと綺麗ですよ」
「えっ? ……あっ」
なんで……あぁ。
「そっか。ねぇ、結愛ちゃん」
「はい」
「私、ちゃんと綺麗?」
「えぇ。そう言いましたよ」
結愛ちゃんは確かな確信を秘めた目で頷いた。
なら、ここに居座る理由は無い。
「それじゃあ、行ってくるね」
「? ……はい。御武運を」
親指を立てて歩き出す。
そうだった。私は、待ち合わせの時間の直前になっても不安で、ちゃんと自分が綺麗かを確かめて、気がついたら時間が過ぎてて。
自分の見た目が良いことは理解しているのに。でも、史郎の前では最高に綺麗な私でありたかった。
「やぁ、史郎。早いね」
「来たか。大して待ってないよ」
片手を上げた史郎の口元に、笑みができるのを見た。
今日の私と対極的な、真っ黒な服装。
どこか影のある、冷めた雰囲気にとてもよく合っている。髪形も、史郎の素材の良さを活かしている。
……奏ちゃんだな。史郎は、自分の良い所を、あまり理解してないから。
「それで、どこに行くんだ」
「んー。そうだな、まずはー」
中学の頃の私は、遅刻しても、安心したように笑いかけてくれる史郎が、好きだった。
「おはよう、萩野さん」
「んえっ。お、おはようございます。奏さん」
志保さんが席を離れてすぐに、入れ替わるように、奏さんが目の前に座った。
眼鏡をかけ、今日の史郎先輩を思わせる、黒。そして、奏さんのお淑やかな雰囲気に合うレースのワンピースだ。
見事に、志保さんと対極的な服装だった。
「んー。私も結愛さんって呼ぼう。うん、そうしよう。それじゃあ結愛さん」
「な、なんでしょう」
奏さん。油断ならない人。
監視カメラから目を離し、なるべく奏さんについての情報だけを認識する。
「尾行するんでしょ。もちろん」
「尾行ではありません。警護です。監視です」
「うん。私も一緒に行っても良いかな?」
「こ、こちらは仕事なのですが」
「良いじゃん。別に。邪魔するつもりないし」
んぐっ。
きっぱりと断れ。けれど、奏さんの雰囲気、苦手だ。有無を言わせぬものがある。
志保さんとはまた異質な圧力。
……この人は、史郎先輩関連になると、本当に怖い。行動力も跳ね上がるな。
恐らく、私が断っても勝手にやるだろう。
「わかりましたよ。一緒に行きましょう」
「うん。よろしくね」
好き勝手にやられるより、目に届く範囲に置いておいた方がマシだ。不確定要素が減る。
……私がそういう風に考えると見越してだろうなぁ。
予想外。だけど、別に予定を狂わせるほどではない。
志保さんが確かめたいもの。私も見極めよう。




