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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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それぞれ、前日の放課後。

 「九重史郎様。でよろしいかな?」

「あなたは、確か……」

「あのキャンプ場、以来ですな」


 志保も結愛も、そして奏も、珍しく用事があるとのことで、久々に一人の帰り道の放課後、学校を出たところ、目の前に車が停まった。

 出てきたのは、確か、志保の執事の渋谷さん、だったかな。


「少々、お付き合いいただけるとありがたい」

「……何の用ですか?」


 警戒する。

 感じる気迫は好戦的なもの。


「不躾なことを申し上げるのでしたら、私は、あなたを見定めたい、そう思っています」

「見定める……?」

「お付き合い、いただけますかな? 校門前で私と話し込むという行為は、九重様と致しましても、避けたい状況でしょう?」

「……チッ」


 確かにそうだ。そこそこお高そうな車から降りてきた、パリッとスーツを着込んだ初老の男性と話し込む。あとで余計な詮索をされそうな状況だ。


「助手席へどうぞ」 

 言われた通り、車に乗る。

 助手席か。何か妙な動きを見せたらすぐに、邪魔できる位置に俺を置くということは、敵意は無いと示していると解釈しても良さそうだ。


「では、行きましょう」


 車が発進する。

 どこに行くのやら。

 見定める。つまり俺は、何らかの手段で、試される、ということか。

 そしてこの好戦的な雰囲気。


「……はぁ」 


 余計なことは、あまりしたくない。だが、上手い具合に追い込まれたのも事実。

 そして、今、目の前で犯罪行為が行われているわけでは無い以上、過激な手段は選べない。

 連れてこられたのは、市の文化センターの武道場。わざわざ借りたらしい。


「ここで何を?」

「一つ、手合わせを願いたくてな」

「はぁ」


 予想はついていた。

 靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、スーツ姿のまま、剣道場の方の開始線に渋谷さんは立つ。


「俺には、あなたと戦う理由は無い」

「稽古だと思えばよろしい」


 それもそうだ。

 渋谷さんは、見定めたいと言っていた。

 志保の執事だというなら、その護衛がどういう人物なのか、渋谷さん自身が、戦える人ならどの程度できるか、気になるのも無理は無いか。

 そういう意味なら、ここで俺の実力を見せておいた方が、何かと都合は良い。そして、渋谷さんの実力を知っておくのも、戦力を把握するという意味では有効か。


「わかりました。お願いします」


 開始線に立ち、構える。

 渋谷さんが仕掛けてくる。速くは無い、避けるのは簡単だ。

 堅実な攻めだ。故に、読める。筈なのだが。


「くっ」


 さっきから、絶妙にタイミングが外される。


「ふむ……それなりに強敵と渡り合って来てはいるようだ」


 そして、堅実な攻め故に、隙が少ない。

 この人は、決めるまでの過程を重んじるタイプ、というわけか。

 特務分室で教える格闘術は、予期せぬ戦闘にも対応するために、短期決戦で決めることを目指す。

 例え実力差があろうと、一撃通れば勝てることを目標とする。

 必殺の一撃を、相手の隙に、でなければ、最速で近づいて当ててこい。

 きちんと攻め方を組み立て、相手の攻めを捌き、相手の守りを崩し、丁寧に仕留めようとしてくる相手でも、目を瞑って前に出した拳が、相手の顎にクリーンヒットして気絶させれば、勝ちは勝ち。

 勝てばよかろうなのだ。そんな部署である。

 そんなわけで。


「ぐっ」


 お互いがお互いの一撃で膝を突いた。

 だが、恐らく痛いのは渋谷さんの方だ。

 カウンター、上手く入ったな。だが、くそっ、タイミングだけじゃなくて、間合いまで誤魔化していたとは。目測より拳一つ分。見誤っていた。

 当たりはしても、入りきらないギリギリの距離だと思ったのだが、しっかりと良いものをもらってしまった。

 しかし。ここまでの駆け引きを要求されるとは。

 徐々に速さを吊り上げ、かと思えば急に速くなり、急に遅くなり。その速さに慣れた頃に付けられる緩急でこちらの攻めも狂わされた。

 だからカウンター狙いの受けの姿勢にさせられた。 

 そして、チャンスに見せかけた攻撃で、本来の間合いでの攻撃を仕掛ける。

 速さこそ至上、最速の動き、最速の攻撃を以て、最速で仕留めるべしと学んできた俺にとって、恐らく最もやりづらい相手だった。


「九重様、立てますかな?」

「えっ……あれ」


 身体に、上手く力が入らない。


「ふむ、こちらも少し時間がかかりますな。いやはや、油断しましたな」


 お互い、しばらく道場の床によろしくすることになった。



 

 家まで送ってくれた。降りると、渋谷さんも運転席から出てくる。


「それでは、九重様。本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。貴重な経験でした」

「ははは。老いぼれの数少ない楽しみですな。若者に学びを提供することは」


 そして、折り目正しい、美しいお辞儀を見せる。俺も合わせて頭を下げる。

「あなた様にでしたら、お嬢様をお任せできる。そう確信しました」


「……仕事ですから」

「仕事に命を賭けて挑める。十分立派でありますよ」

「俺は、失敗する気はありませんから。命なんか最初から賭けていません」


 それに、命を賭けたら怒る奴が、すぐそこの家にいるんだ。

 自分を犠牲にするのは、本当に本当の最悪の手段。

 あいつを泣かせる覚悟ができなければ、取れない手段だから。


「それもまた、一つの立派な心掛けでありましょう。幼少の頃から見守っている志保お嬢様を預けるに値する男か、己の身で見極めたかった。その欲に付き合っていただき、ありがとうございました」

「いえ、認めていただけたのなら、ありがたいです」

「それでは。今後も、よろしくお願います」


 去って行く車を見送る。

 予想外の放課後だった。

 さて、帰ろう。

 連絡は無い。つまり、特に何もない、ということだろう。


 


 「ねぇ、どうかな? これ?」

「うん……良いと思う」

「良いと、思いますよ」


 放課後。私は、奏ちゃんと結愛ちゃんの二人を連れて、行きつけの服屋に来た。

 駅前に車を回してもらって。今日は渋谷さん休みだけど。そして、父によく連れて来てもらう服屋に向かう。

 私がそこに行きたいと伝えた時点で、既に連絡が行っていたらしい。

 お店に着いたら、店長さんが入り口まで出て来ていた。


「よくぞいらっしゃいました。さぁ、ごゆっくりどうぞ」


 その日いた従業員の人達だろう。ずらりと並んでのお出迎えを受ける。

 正直、苦手だ。

 かと言って、既に私の顔が把握されている以上、三人で歩いて行ったら、逆に慌てさせていただろう。だったら、この方が良い。申し訳なくなるから。


 余計な気遣いはしなくて良いのに。凄いのは私ではなく、私の家。お爺様が一代で立ち上げ、父がそれをさらに発展、維持させて今がある。私は、凄くない。

 ちっぽけで、何の力も持たない私。ノブレスオブリージュの精神なんて、私にはない。

 店員さんに、会計の時に呼ぶ旨を伝えて、三人になる。

 さぁ、私の精神性について考察するのはやめて服を選ぼう。

 私が見極めたいもののために、私は本気を出さなければいけない。


「ごめんね。もうちょっと。なんかしっくりこないから」

「う、うーん」

「えっ、えーっと」


 もしここに、父さん連れて来ていたら、私たちのサイズの服、全部黒いカード一枚で買い占めていた所だろう。

 でも正直、そういうお金の使い方は、苦手だ。

 お金の価値が、わからなくなりそうだから。

 貯め込むのは意味が無い。良いと思ったものは買いなさい。良いものが手に入り、経済が回り、また新たな良いものが生まれる。それがサイクル。

 中学時代に言われた話だ。

 私は、それと浪費の区別が、未だにつかない。

 だから、こうして、吟味する。


「志保さんは何着ても似合うけど、急にどうしたの?」

「確かめたいことがあるの。そして今、私は確かに本気だってわかった」


 明日のデートに対して、初めてのデートの前日の時より、緊張している。

 真剣に、一番魅力的に映る自分を探している。

 結愛ちゃんは、私が明日、デートすることは把握している。

 文句も言われず、止められもしなかった。そして、私も後ろめたいとは思わない。

 だって、必要なことだから。

 そしてそれは、きっと二人にも、得があることだから。もしかしたら、逆の可能性もあるけど。

 今は理解されなくても良い。ずっと理解されなくても良い。

 私は、確かめなければいけない。

 一番理解できない人について。




 お店の外は、もう夜だった。

 車の中。そろそろ、奏ちゃんの家に着く頃だ。


「はい、これ」


 私は二人に、それぞれお袋を差し出す。

 ぱちくりと目を丸くして、袋と私を見比べる二人。可愛い。プレゼント渡すの、はまっちゃいそう。

 袋のロゴは、さっきのお店のもの。自分のものと一緒に会計した。


「お礼。二人の分も買ったんだ。朝倉志保チョイス」

「えっ……あー。えーっと」


 奏ちゃんが戸惑っている。


「お、お礼目当てでついてきたわけじゃ」

「知ってる。行先、言わなかったのに、ついてきてくれたの、嬉しかった」


 結愛ちゃんも戸惑っている。可愛い。こういうところが、二人とも、本当に可愛い。

 良い人。史郎が惹かれるのも理解できる。そんな人達。大好きかと言われたら、まだ自信無いけど。

 二人は、袋を見たまま固まっている。

 車が停まる。奏ちゃんの家の前。そして、今の私はその隣が史郎の家だと知っている。


「やはは。受け取ってよ。私のサイズじゃないもん」 


 おずおずと二人とも、袋を受け取る。


「それじゃあ、またね。奏ちゃん」

「うん。二人も、また週明けに」


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