林間学校の終わり。
就寝時間が過ぎて、何となく外に出た。
眠れなかった。やはり、よく知らない人と一緒に寝るのは苦手だ。
ロッジの屋根に上り、少しだけ近づいた空を眺める。
明かりが少なく、星が良く見えて、月が妙に明るく感じた。
「先輩、何をしてるのですか?」
「あぁ、結愛。お前こそ何してるんだ?」
「多分、同じです。一人で寝る方が落ち着きますから」
結愛もひょいと同じところまで登ってくる。
その目は、すぐに夜空に向けられる。
人懐っこくて、明るい態度の中にある、結愛の冷めた部分。それら全部が驚きに変わる。
「綺麗ですね」
「あぁ」
しばらく、屋根の上で横になって、空を眺めた。
静寂は、風の音、それに合わせて擦れる葉の音が埋めてくれる。
「……先輩、何を悩んでいるのですか? 今度は」
「よく、新しい悩みが増えたってわかったな」
「相棒ですから」
「相棒、な」
眠たげに、結愛は俺の膝に頭を乗せる。
「少しだけ、良いですか?」
「乗せる前に聞けよ。別に良いけど」
もう、虫の声も聞こえない時間。
落ち着くな。
今の俺の気分には、一番丁度良い空間なのかもしれない。
「充電中、充電中、充電中………うぉあイタっ」
「やかましい」
指で弾かれたおでこを抑えてなお、膝から離れようとしない謎の意地には感服だが。
「むぅ、先輩成分チャージ中なので勘弁してください」
「先輩成分ってなんだよってのは置いておいて、黙って補給せい。膝に頭乗せただけで充電できるとは、安いな」
「唇を貸してくれれば一発ですよ」
「はっ。冗談を」
そんなことを言いながら、俺の目は、仰向けでにんまりと笑う結愛の唇に、引き寄せられる。
「史郎先輩、デートするんですか?」
「な、なぜそれを」
「聞いてましたから」
頬に伸ばされる手。結愛の少し冷たい手が触れる。ゆっくりと撫でられる。
「行くのですか?」
「行く」
行くとは言っていないが、志保は多分、俺が行く気なのはわかっている。
「大丈夫、なのですか?」
「何が?」
「先輩は、平静を保てますか。一日中、二人、ですよ。デートと言うなら、本当にデートだというなら、二人きり、ですよ」
「問題無い」
きっぱりと言えた。
不思議なんだ、俺は。
肝試しだって、いつも通り、志保に結愛を付けて、俺は適当に奏と、一番落ち着く相手といれば良かったんだ。
なのに、志保と二人で行くことを、選べたんだ。
俺は、間違いなく、着実に、進んでいる。乗り越えつつある。
「俺は、自分のことを欠片も信用していない。できる筈がない。でも、大丈夫だって言えるんだ」
「……相変わらずですね。先輩は」
結愛は身体を起こす。
この時間も、そろそろ終わりだという合図だろう。
「そんなことばかり言っていると、またキスしますよ」
「それは脅しか?」
「脅しと思えないなら、実は先輩もはまっちゃいました? 私とのキス」
「ねーよ」
「それは置いておいて。先輩が自分を信じられないなら、私が信じる先輩を信じれば良いですよ。相棒を信じてください。そして、相棒が信じる先輩を、信じてください」
「……頼もしいな」
それと同時に、少しばかり、自分という人間が重くなる。
最悪、囮にでも身代わりにでも、時間稼ぎにでも捨て駒にでもすれば良いと思っていた自分すら、惜しくなる。
「だから、先輩の大丈夫は、私にとっては成功報告ですよ」
「大げさだ」
その言葉に答えず、結愛は立ち上がる。
月明かりに照らされて、いつも通りの笑みを見せて、それでも眠たげに目を擦って。
そんな、一つ一つの動作から、どうしてか目が離せなくなる。
「それでは先輩。おやすみなさい」
「あ、あぁ。おやすみ」
闇夜に融けるように消える後輩を見送り。俺も戻った。
「ねぇ、志保さん。本当に行くの?」
「うん。先生ばかりズルいもん。私も入りたい。温泉」
「ほぁ」
欠伸が漏れる。
そろそろ日の出の時間。先輩との語らいから少し眠り、志保さんに揺り起こされて奏さんと一緒に連れられる場所。
ロッジの近くの温泉施設。志保さんが言うに、私たちがロッジの中の狭い普通のお風呂を使っているのに、先生方は温泉の方に入ったとか。
志保さんの家の財力なら、その近くの旅館のもっと綺麗な温泉施設を使えば良いものを。
まぁ、ロッジに泊っている場合、その鍵を持っていけば、無料で入れるらしい。
徒歩五分。硫黄の匂いに気づく。
志保さんの行動力には時々驚かされる。
先輩には連絡している。私専用の着信音があるらしいから、気づくとは思う。
温泉施設は開いていた。
志保さんが鍵を見せて、脱衣所に入る。
「先生に見つかったらなんて言われることやら」
「やはは、裸になればみんな同じだよ」
なんて言いながら、もう脱ぎ終わっている。
なんで裸でも堂々としているのだろう、この人。
「奏ちゃんも、脱いだ脱いだー。結愛ちゃーん、手伝って、奏ちゃん脱がせるの」
「手伝いませんよ」
「でも見たいじゃん。こんな立派なのがあるのだから」
「むっ……」
「萩野さん、そこ、迷わないでよ」
「わかりました。迷いません」
奏さんの足を自分の足で縛り、両手で奏さんの手を万歳の姿勢で拘束。
これで脱がせ放題だ。
「え、待って。そっちに付くの、というか、力強い!」
「やはは。良いではないかー良いではないかー」
「つーん」
身体を洗って湯船の中。
奏さんは、湯船の隅で完全防御形態を取っていた。
「ごめんって奏ちゃん」
「プイっ」
立派なものを拝ませてもらった代償だ。
でもまぁ、奏さんもこれだけでは不憫だ。このままでは志保さんの一人勝ちだ。
それはそれで、私好みではない。
「志保さん、少し良いですか?」
「ん? なぁに?」
「失礼します」
わきの下に腕を通して拘束。柔肌を感じる。
グッと力を込めて持ち上げて、奏さんの方を見てニヤリと笑う。
「奏さん。どうぞ」
「……うん。そうだね。目には目を。って奴だね」
「えー。私、揉んでは……ちょっ、鷲掴みは待ってー」
……フンっ。揉めるサイズがあるだけ、誇りやがれ。
騒がしいな。良いことだ。
竹柵の向こうにいる三人。仲良くなれているようだ。
「なんて、聞き耳立てていたら、変態みたいだな」
折角だ。貸し切りのデカい風呂を堪能させてもらうとしよう。
その日は、後は何事も無く、山を下りた。
山を下りたその日の夜。
『今週の土曜。駅前で』
という連絡が、志保から来た。
『了解』
この質問に対する回答で、それ以外の選択肢は無い。




