夜の闇は静かで、月明かりは優しい。
キャンプファイヤーで、みんながなんか踊っている間に、肝試しの段取りを確認。
驚かせる役は先生。コースはやはり肝試しと言うことで暗いが、ちゃんと道順に辿れるよう、目立つ目印がある。
クラス毎にくじ引き。勿論、仕込み済みだ。
俺は志保と。結愛は奏と回れるようになっている。
「よろしくね、史郎」
「あぁ」
……待てよ、俺、失敗したな。
志保のことを考えていたら、自然と、俺が志保と組むように考えていたみたいだ。
カタカタと震える二人を見て、思い出す。
この二人、幽霊とかそういう類、駄目だったな。
「だ、大丈夫です。史郎さん。大丈夫、大丈夫……」
「史郎君、み、見くびらないで。お化けなんか、怖くないんだから」
「あぁ、そう」
そこまで言うなら、苦手同士、頑張ってもらおう。
「史郎、私たちだって」
「あぁ」
山の夜道、二人放り出される。
先生方は、俺達も楽しめるようにと、肝試し担当の生徒にも、先生方の待機場所を伝えなかった。
静かだ。自分まで溶けていってしまいそうになる。そんな闇。
まぁでも、気配を感じる。
気配って何だろうか。とたまに考える。
気配を感じることで、危機を回避できたことは、何回もある。
最近なら、夜中の公園で柿本さんに襲撃された時。
ナイフを向けられたような感覚を覚え、回避することができた。
音もしない、匂いも。姿も見えない。けれど、なんとなくいるとわかるんだ。
今、俺は視線を感じている。首元が少しチリチリする。
「史郎?」
「あぁ。行こう」
歩いて行った先、草をかき分け先生が飛び出してきた。
「っばぁあああ!」
「うわっ!」
「おっと」
驚いて体勢を崩した志保を支える。
「大丈夫か?」
「う。うん」
「なんだよぉ九重、リアクションつまらないぞー」
「あ、はは」
会釈して俺達は歩き出す。
「史郎、私、さ」
「なんだよ」
森を抜けたら、湖の畔に出た。
月が、よく見えた。明るい。でも眩しくない。優しい光。ずっとそこにいたくなる。
チラチラと向けられる視線を感じる。何か言いたげに、けれど言いづらそうに、志保はうつむく。
「私さ、謝りたいこと、あってさ」
「心当たりが無いな」
「夏休みの、勉強合宿でのこと。史郎に詰め寄ったこと」
「そんなことかよ」
あれは、俺がもっと上手くやれば、志保があそこまですることは無かった。
「気にしてないよ」
「それでも、ごめん」
立ち止まる。俺が真っ直ぐに見た方向、今まさに、驚かせようとしていた先生が立っていた。
何をしようとしたのかわからないが、先生はスーッと草の中に隠れなおす。
「史郎、お化け屋敷キラーだね。私から出禁宣告しておくよ」
「言われなくてもわざわざ行かねぇよ」
控えめな笑い声が聞こえる。
「やはは。確かに、史郎が自分からお化け屋敷行くところ、想像できないや」
「まぁな」
笑いあったのは、いつぶりだろうか。
二人でいることが苦しくなくて、気まずくなくて。それが少しだけ嬉しくて。
しばらく歩くと、また森の中。
「史郎はさ、ちゃんと楽しめてる? 高校生活」
「それなりに」
「そう」
謝ったり、笑ったり、妙なことを聞いたり。今日の志保はやけに忙しいな。
「志保」
「なぁに?」
「目の前から消えたくらいで、俺の頭の中から消えられると、思うなよ。お前が危ないって知った時点で、俺はお前を助けようとする」
「……そう」
幸い、それが察知できる組織に、籍はあるんだ。
「史郎は、自分のために、なろうと思わないの?」
「自分のためにって、なんだよ」
「私のために何かしたところで、今の史郎に、得はあるの?」
「さぁな。知らねぇよ」
「なら、なんで?」
「困ってる奴が、放っておいたらヤバい奴がいて、見て見ぬ振りできるなら、苦労しねぇよ。俺にはできない」
俺に何とかできることなら、尚更。
それができれば、確かに、志保の言うところの自分のために生きられるんだろう。
もっと気楽に、毎日を過ごせるのだろう。
奏や結愛を、待たせなくて済むのだろう。
「もし、史郎がさ」
「あぁ」
「私を助けるために、怪我したり、不利益があったりしたら、私がどう思うか、想像したこと、あった?」
「ねぇよ。ミスる気なんて無かったから」
「そっか。史郎は強いね」
「それ、奏にも言われたな。弱いよ、俺は」
好きになってくれた人に、好きな人に、何かあるのが、嫌で、怖くて、必死だっただけだ。
自分なんて、度外視だったのかもしれない。
自分のことなんて、信用したことがないから。自分を信じろという言葉が苦手なくらいに。
ただ客観的事実を積み重ね、可能か不可能か、成功するか失敗するかを判断して。
不可能なら、可能になる状況まで持っていって。可能だと、淡々と言えるようにして。
失敗しそうなら、成功するように要素を追加して、失敗しないと、事実として告げられるようにして。
そう考えると、志保の投げかけた問いは、痛い所を突いている。
「お前、時々鋭いな」
「やはは。そうかな?」
「あぁ」
しばらくして、キャンプファイヤーの会場が見えてくる。まだ、赤々と燃えている。
「着いたね」
「あぁ」
結愛達は、大丈夫だろうか。いや、大丈夫だろう。
ぼんやりと、炎を眺める志保の横顔に目を向ける。
その視線に気づいたのか、気がつけば目が合っていた。
心臓が、急にうるさくなる。
ただ、優しい。さっきまで歩いていた、夜の闇の中のように静かで。照らしてくれていた月明かりのように優しい。
「ねぇ、史郎」
不意に志保は口を開く。
「ん?」
「デートしない?」
「なぜ」
「したいから」
「はぁ」
「確かめたいこともあるし」
そんな、小声の、多分、本音みたいなもの。
それはきっと、俺に聞かせるつもりが無かったもの。
確かめたいこと、か。
何を確かめたいのか。
「史郎君……」
「おー。奏」
涙目だが、堪えていた。
その横にいる結愛の顔からは、感情らしきものは一切感じられない。
デートか……。
最後に二人で出かけたのは、いつだっただろうか。




