歩いて火を起こして料理して。
そして、ついに宿泊体験学習とやらの日がやって来た。
「よろしく頼むよ、九重君」
「あぁ」
班決め会議は、反対意見はゼロ。予定通り進んだ。
男子の方が少ないうちのクラス、よって、余りものが出てくる。だから、俺と霧島を二人にできた。とても都合が良い。気を使う相手が少ないのは。
「しかし良いのかい? 僕を久遠さん達に近づけて」
「結愛がいるぞ。それとも、奈良崎と同じ班の方が良かったか?」
「ククッ。君は僕を監視できて、僕は君に護衛して貰える。良い取引だ」
「言い方は腹立つが、そういうことだ」
校門の前、これでもかと青い空を見上げる。ため息が出るくらい、広くて青い。
俺達の荷物を乗せたバスが出発したのは三分前のこと。
何故、俺達が乗っていないのか。それは、最初のレクリエーションが学校から始まるからだ。
「歩くのか……」
高校から十キロ。山道を登る。
下見がてら一回やったが、途中で嫌になりそうだった。
前の集団が歩き始める。
志保は、結愛とちゃんといるな。奏も一緒だ。
あぁしかし。
なんでわざわざバスじゃなくて、歩きなのやら。
もう一度、何となしに眺めた空は、晴れていた。澄み渡っていた。
山道に入る。
ここまで来ればあとはもうすぐだ。
そして、ここまでくれば、最初は余裕そうに雑談を興じたり、歌を歌ったりしていた輩も、黙々とただ歩くだけになる。
「……志保」
「ん?」
「右足」
重心の取り方に、少し違和感を覚えた。
狭い山道、志保は立ち止まり、困ったように笑う。
「……ちょっと、痛い、かな」
「さっさと言えよ」
ここで足の状態を確認する余裕は無い。狭い道、後続と少し差があるから、こうして話せるんだ。
「結愛、奏、俺達の荷物頼む」
「はい」
「うん」
「どうする気だい?」
「お前はさっさと前に進んで、先生に氷でも用意させてくれ」
「人使いが荒いな。まぁ良いや。任されたよ」
霧島は駆け足で登り始めた。ここまで来て、そのスタミナが残っていることに驚く。運動部の意地って奴か。
そして、俺は志保の前に屈む。
「乗れ」
「……え?」
「……姫様抱っことどっちが良い?」
「……乗ります」
志保の声の温度が、少しだけ下がった気がした。
だけど、ここで無理に歩かせて、悪化させるわけにはいかない。
だったら、俺が到着まで連れて行った方が、確実だ。
「行くぞ」
人一人背負っての山道は、結構キツイが、この場面、やるしかないだろう。
暑い、柔らかい。でも、重いとは思わない。
……意外といけるな。体力的にも、まだ余裕がある。
「史郎。何でそんなに一生懸命になってくれるの?」
耳元で、そう囁かれる。
「目の前にいるからだ」
「じゃあさ」
吐息がかかる。
さらに小さく、でも、はっきりと聞こえた。
「私が目の前から消えたら、史郎は、自分のためになれるの?」
結局のところ、志保の足は、慣れない道で、足に疲労が溜まって痛みになったみたいだ。
夕暮れ時。野外調理実習。
新聞紙に付けた火が薪に移ったのを確認。空気を送って火力を強める。
「へぇ、流石」
「そっちのかまども、もういけるぞ。米炊くならそろそろだろ」
「おーけー、後は僕の仕事だ」
追加で薪を火にくべて、火力を安定させる。カレー鍋用の火だ。
でも、頭の中は、別のことを考えている。
どうしてだろう。俺は、志保の一言が妙に引っ掛かって、突き刺さって、抜けなかった。
料理は奏達に任せて、俺は火の番。お手の物だ。余計なことを考えられる程度には。
『幸せになれる選択をしてください』
『私が幸せにします。先輩を幸せにできる人になります』
結愛に言われたことも、相まっている。
幸せか。
俺は幸せに、なって良いのか。
手が、拳銃を持つ時の形になっていた。
隣で米を炊いている霧島を見る。……また、自分が間違っているのか、自問自答モードに入ってしまった。
「九重君、その、火が、消えちゃって。教えて欲しいな、って」
しばらくは消える心配が無い火を、何となく眺めていたら、別の班の人からのヘルプ要請。
「ん? あぁ。霧島、少し頼む。困ったら結愛にでも頼んでくれ」
「問題無い。行ってくると良い」
……この組み方じゃ空気が通らんわ。
「薪は多く入れれば良いってもんじゃないよ」
余計な薪を取り除いて、火をつけて。火力が安定するまでやってしまう。
火起こしが遅れて調理の段階が止まってしまっては、他の班に大きく後れを取るだろう。
「はぁ」
どうにも、分不相応な状況にいる気がしてならない。何て言うと、多分、奏も結愛も、怒るけど。
うん。気持ちを向けてくれた二人に失礼だな。やめておこう。
少なくとも、志保が今、何があるかわからない状況にいる限り、もうしばらくは、今の関係が続く。
夏休み明け、任務解除するには一番丁度良いタイミングで、それが無かったということは、そういうことだ。
それは例えば、結愛に高校生活を少しでも味わってもらうこと。
そして、自分自身とちゃんと向き合うチャンスを得ることが、叶う。
志保が危険な、護衛が必要かもしれない状況にある限り、俺は俺の望んでしまったことが、叶ってしまう。
「なんか、志保が危険であることを、望んでいるみたいじゃないか」
少しだけ、微妙な気分になった。
自分の班のかまどに戻る。丁度、志保がこちらの様子を見に来たようだ。
「史郎、火は大丈夫?」
「いつでも」
「了解」
そう言った志保は、そのまま動く気配が無い。
「どうした?」
「……ううん。何でもない」
足音。
奏のところに戻っていく。
すぐに、奏が鍋を持って来た。夕食はカレーだ。
あとは任せても大丈夫だな。
さて、俺は俺の仕事をしよう。
この後、キャンプファイヤーと肝試しが待っている。一番、気を引き締めなければいけない時間だ。




