三人で再現する。
待ち合わせ場所の駅前。時計のモニュメントの下。奏と歩いて行くと、既に志保がいた。
休日の駅前、人混みの中を進んでいく。
待ち合わせの五分前。俺達に気づいた志保が、大きく手を振ってくる。
「やはは。おはよ」
「おう」
「おはよう。志保さん」
キャップ帽に黒いTシャツ、白い短パンという。ラフな格好をした志保が俺達を出迎える。
今更驚きはしない。結愛から連絡が来ていたから、少しだけ急ぎ足になったりはしたけど。
奏の前で猫被らないのを見るのも、慣れた。
「……志保さん、本当に何でも着こなすね」
「そうかな? ありがと。史郎はどう思う?」
「良いんじゃないか。夏っぽくて」
「そろそろ終わるけどねー」
俺の適当な賛辞にも、ニコニコと笑みも調子も崩さない。
「奏ちゃんも似合ってるよ」
そういえば、奏の恰好、ちゃんと見てなかったな。
ピンクのパーカーに、こちらも白の短パンか。奏にしてはラフだと思う。
「それじゃあ、行こうか」
奏が先導するように歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「んー。まぁ、任せてよ。買い物できる場所も行くから」
そう言って奏はどんどん歩いて行く。
ちらりと志保を見ると、目が合う。
「私たちも行こうか」
「あ、あぁ」
小さく笑って、行ってしまう。俺もその背中を追いかける。
どこに行くつもりなのか……。
「……なんでここ?」
「良いじゃん」
水族館だ。
水族館である。
志保は何も言わず、建物を見上げ、そして、一つ頷いて、チケットの列に並ぶ。
「まぁ、良いか」
買い物だけ済ませてさっさと帰るのも味気ないか。休日を満喫するのに、文句があるわけでは無い。
しかし、ここに来るの久しぶりだな。最後に来たの、いつだったかな……。
「ん?」
いや、気のせいか。
人がそれなりにいて、魚を眺めながらも立ち位置を気にしなければならないのは、少しストレスだ。そのストレスを、前も感じたことがある。
浮ついた気分でも、それを考えることができる程度には、理性的だった。
いや落ち着け。まだ、確定ではない。
「凄いねぇ」
「あぁ」
魚の内容は、変わっていない。いや、どうだったかな。
俺が前に来た時は。思い出せないな。
そりゃそうか。
あの時は、緊張と、嬉しさで舞い上がってばかりで、魚じゃなくて、隣にいた人ばかり見ていた気がする。
それに気づかれて、笑われたな。
『史郎、私じゃなくて魚見なよ』
『悪い』
『やはは。別に良いけどさ。魚を見るのも楽しいよ』
そう。あの時のように。
志保は、楽し気に魚を眺めている。
その目は、キラキラしていて、心を水槽の中に飛ばしているようだ。
名前も知らない魚。でも、そこで確かに泳いでいる。生きている。
「志保?」
「……ん?」
「次、見てみようぜ。深海魚だってよ」
「うん。知ってる」
志保も、俺と同じことに思い当たっていたようで、小さく苦笑いを浮かべていた。
手が、近づいた。奏の視線を感じて、お互い、思いとどまる。
「やはは」
「どうしたの? 志保さん」
「うん? なんだか、笑えて来ちゃって。深海って凄いなー」
嘘だ。志保は、水槽にちらりとも目を向けていなかった。
どこか調子が狂う俺と、ぼんやりとどこかを眺めている志保。
そんな俺達を、奏は感情の宿らない目で見ていた。
昼食の場は、ハンバーガーショップだった。
そこで俺はダブルでチーズなバーガーにポテトにコーラ。志保はハンバーガーに、付け合わせをコーンに変えていた。奏はBLTバーガーにオニオンフライだ。
奏が傍にいるだけ。奏のいる場所が違うだけ、ほぼ再現だ。
『何を食べるかじゃないの。誰と、食べるかなの。そりゃ、美味しいに越したことは無いよ。
でもね、私は言いたい。デートで高級レストランとかじゃないと許さないとか、そういうこと言う人に言いたい。
あなたは、ご飯を食べに来ているの? それとも、好きな人と同じ時間を過ごしに来ているの? って』
そして、こうも言われた。
『朝倉さんがもし、ハンバーガーでブーブー言うような子なら、すぐに別れなさい』と。
試すようなことをするのは気が引けたが、奏のアドバイスでここまで来れたと考えると、俺は従うべきという方向に傾いた。
まぁ結果として、志保はハンバーガーを美味しそうに頬張った。楽し気に。
記憶通りなら、次はショッピングセンターだ。
「リュック、どっちが良いと思う?」
「奏ちゃんなら、そっちの水色かな。史郎、私はどっちが良いと思う?」
「志保は黒だな。奏が水色なのは賛成だ」
「やはは。だね」
……お前ら、そんな適当な決め方で良いのか?
もう少しこう、どれくらい物が入るか、ポケットの数とか、そういうの気にならないのか?
しかし、やはり、ショッピングセンターか。
ショッピングセンターの本屋で、自分が読んだ最新作の寸評とかしてた気がする。
さて、完全に確信した。
奏は、何を考えているのか、俺と志保の初デートのコースを再現している。
どういうつもりなんだ……。
そして、結愛が見当たらない。
どこかにいる筈なのだが、さりげなく探してはいるが、見つからない。
トイレに行くために一人離れた時も、接触してこない。
「史郎、何難しい顔してるの?」
「ん? 何でもない」
何で私は、こうして逃げているのだろう。
監視カメラを勝手に拝借するべく、ショッピングセンターの近くの、個室のある喫茶店から監視。
一度、気持ちに素直になってから、どうしても調子が狂う。
あのまま、近くで護衛していたら、耐えられただろうか、先輩の傍に行きたい衝動に。
「……はぁ」
駄目だ。おかしくなってしまった。
この間、あんなことあったばかりなのに。
「先輩は、自分がこの仕事向いていないって言っていたけど、私の方が向いていないかもしれない」
あっさりと、乱されている。
思いつく限り、一番自分勝手な感情に、乱されている。
合理的な私は、どこに……。
「っと、集中」
四画面に切り替えて、それでも引き寄せられるのは、先輩達が映っている画面。
楽しそうだな、先輩。表情には出てなくても、わかる。何となく。
時折、視線を巡らせるのは、警戒しているからか、それとも、私を探しているのか。
ここの紅茶、美味しいな。流石一杯四桁いくだけある。
どうでも良い思考が浮かんでは、消えていく。
「……今更だよ」
なんで今更、普通を望んでいるんだ。
なんで今更、日常が眩しく見えるんだ。
先輩を幸せにして、私も、幸せになりたいんだ。そのために必要なのは、普通の日常、かもしれないけど。
帰り道。もしも、俺の記憶通りなら。
「志保さん送って行っても良い?」
そう。俺は、デートの時は、絶対に家まで送っていた。
中に入るまでには、デート五回くらい必要だったが。
夕焼けの下の帰り道。二人で並んで歩く時間は静かで、遊んでいる時よりも好きな時間だった。
「そうだな。志保は良いか?」
「良いよ。夕飯食べてく?」
「いや……」
確か、志保の一軒家に用意されている料理は、お手伝いさんが用意した、志保用の三食の筈。
「私の手料理だよ」
「……え?」
「やはは。史郎、今回はがっかりさせないよ」
「あ、あぁ」
顔に出ていたのか、志保は楽し気に、先導するように歩き出した。
二人では静かでも、三人ならそれなりに賑やかだ。
元々騒ぐような性格でもない俺達でも、今日のちょっとした、気恥ずかしさと楽しさが入り混じった雰囲気の中にいれば、口数も、少しは増えるというものだ。
「美味しかったよ。志保さんの料理」
「やはは。ありがと」
志保が用意していたのはカレーだった。
あらかじめ作ったものを、大き目のタッパーに移して、冷蔵庫に保管していた。
それを温めて、急速炊飯機能で炊きあがったご飯にかけて食べた。
「史郎は? どうだった?」
「美味かったよ」
もう少し、辛い方が好みだけど、どうしてだろう。
俺は、感想は素直に述べるのを是とするタイプだ。
でも、美味しかったと、俺の口は言っている。
髪を耳にかけ、嬉しそうな笑みを見せる志保に、心臓が少しだけ跳ねた。
好きだった人の手料理。まさか、本当に食べる日が来るとは。なんて感慨に、少しだけ浸った。
志保の家の玄関、多分今頃、結愛はそこのアパートから見ていることだろう。
正直、呼ぼうかと何回か思った。けれど、接触してこない、姿も見せない。けれど、定時連絡だけはしっかりしてくる。
何かあるのだろうか、なんて。
「なぁ、奏。今日のコース」
「んー?」
どうでも良さげな雰囲気に、俺は誤魔化されない。
「どういうつもりなんだ?」
「あー。流石に気づくよね」
「そりゃそうだ」
奏は後ろ髪を指で弄りながら、言葉を選んでいる。
どんな弁明が帰ってくるのか。家まではまだ少しだけある。
「史郎君は、どうだった?」
「どうだったって?」
「楽しかった?」
「まぁ」
奏の探るような視線。何もかもが、見透かされている気がする。
「志保さんばかり見てたね」
「それは、俺は、護衛、だから」
「私、プロじゃないからよく知らないけど、護衛って本人よりも周りを見るイメージなんだけど。そりゃ、史郎君、ちゃんと周りも見てたけどさ」
痛い所を突かれる。
「史郎君。ちゃんとまだ好きなんだね」
「……だったら、なんだよ」
「史郎君は、まだ恋ができる」
きっぱりと奏は告げる。
「それが確かめられた」
「恋、じゃなくて未練だろうがよ」
「恋が無ければ未練も無いでしょ」
家の前、奏は自分の家に足を向ける。
「それじゃあ、また明日」
「あぁ」
手を振って扉の中へ消えていく。
恋ができる、か。
拒否していても、それでも、誤魔化しきれない部分。
奏に傾いたり、結愛に絆されたり。志保に惹かれたり。
我ながら、忙しい。
「せんぱーいっ!」
家に帰って、どんと衝突してきた何かは柔らかくて良い匂いがした。
「会いたかったです」
「会いにくれば良かっただろうが」
「仕事ですから。だから今はこうして、甘えさせてもらえると、嬉しいです」
抱き着いてくる力が強まる。ギュッと、結愛は甘えるように、縋るように、全身を余すことなく触れ合えるように、密着してきた。
その顔には、どんな表情が浮かんでいるかはわからない。
抱きしめ返した方が良いだろうか、手が中途半端なところで止まる。
「どうしたよ、お前」
「いえ、すいません。もう大丈夫です」
ケロッと、いつものような人懐っこい笑みを浮かべ、結愛はパッと離れた。
「さて。帰りますね」
「おい待て、何しに来た」
「先輩成分を補給しに来ました。では」
よくわからないことを言って、結愛は夜の闇に消えていった。




