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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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59/223

三人で再現する。

 待ち合わせ場所の駅前。時計のモニュメントの下。奏と歩いて行くと、既に志保がいた。

 休日の駅前、人混みの中を進んでいく。

 待ち合わせの五分前。俺達に気づいた志保が、大きく手を振ってくる。


「やはは。おはよ」

「おう」

「おはよう。志保さん」


 キャップ帽に黒いTシャツ、白い短パンという。ラフな格好をした志保が俺達を出迎える。 

 今更驚きはしない。結愛から連絡が来ていたから、少しだけ急ぎ足になったりはしたけど。

 奏の前で猫被らないのを見るのも、慣れた。


「……志保さん、本当に何でも着こなすね」

「そうかな? ありがと。史郎はどう思う?」

「良いんじゃないか。夏っぽくて」

「そろそろ終わるけどねー」

 俺の適当な賛辞にも、ニコニコと笑みも調子も崩さない。

「奏ちゃんも似合ってるよ」


 そういえば、奏の恰好、ちゃんと見てなかったな。

 ピンクのパーカーに、こちらも白の短パンか。奏にしてはラフだと思う。


「それじゃあ、行こうか」


 奏が先導するように歩き出す。


「どこに行くんだ?」

「んー。まぁ、任せてよ。買い物できる場所も行くから」


 そう言って奏はどんどん歩いて行く。

 ちらりと志保を見ると、目が合う。


「私たちも行こうか」

「あ、あぁ」


 小さく笑って、行ってしまう。俺もその背中を追いかける。

 どこに行くつもりなのか……。




 「……なんでここ?」

「良いじゃん」


 水族館だ。

 水族館である。

 志保は何も言わず、建物を見上げ、そして、一つ頷いて、チケットの列に並ぶ。


「まぁ、良いか」


 買い物だけ済ませてさっさと帰るのも味気ないか。休日を満喫するのに、文句があるわけでは無い。

 しかし、ここに来るの久しぶりだな。最後に来たの、いつだったかな……。


「ん?」


 いや、気のせいか。

 人がそれなりにいて、魚を眺めながらも立ち位置を気にしなければならないのは、少しストレスだ。そのストレスを、前も感じたことがある。

 浮ついた気分でも、それを考えることができる程度には、理性的だった。

 いや落ち着け。まだ、確定ではない。 


「凄いねぇ」

「あぁ」


 魚の内容は、変わっていない。いや、どうだったかな。

 俺が前に来た時は。思い出せないな。

 そりゃそうか。

 あの時は、緊張と、嬉しさで舞い上がってばかりで、魚じゃなくて、隣にいた人ばかり見ていた気がする。

 それに気づかれて、笑われたな。


『史郎、私じゃなくて魚見なよ』 

『悪い』

『やはは。別に良いけどさ。魚を見るのも楽しいよ』


 そう。あの時のように。

 志保は、楽し気に魚を眺めている。

 その目は、キラキラしていて、心を水槽の中に飛ばしているようだ。

 名前も知らない魚。でも、そこで確かに泳いでいる。生きている。


「志保?」

「……ん?」

「次、見てみようぜ。深海魚だってよ」

「うん。知ってる」


 志保も、俺と同じことに思い当たっていたようで、小さく苦笑いを浮かべていた。

 手が、近づいた。奏の視線を感じて、お互い、思いとどまる。


「やはは」

「どうしたの? 志保さん」

「うん? なんだか、笑えて来ちゃって。深海って凄いなー」


 嘘だ。志保は、水槽にちらりとも目を向けていなかった。

 どこか調子が狂う俺と、ぼんやりとどこかを眺めている志保。

 そんな俺達を、奏は感情の宿らない目で見ていた。




 昼食の場は、ハンバーガーショップだった。

 そこで俺はダブルでチーズなバーガーにポテトにコーラ。志保はハンバーガーに、付け合わせをコーンに変えていた。奏はBLTバーガーにオニオンフライだ。

 奏が傍にいるだけ。奏のいる場所が違うだけ、ほぼ再現だ。


『何を食べるかじゃないの。誰と、食べるかなの。そりゃ、美味しいに越したことは無いよ。

 でもね、私は言いたい。デートで高級レストランとかじゃないと許さないとか、そういうこと言う人に言いたい。

 あなたは、ご飯を食べに来ているの? それとも、好きな人と同じ時間を過ごしに来ているの? って』


 そして、こうも言われた。


『朝倉さんがもし、ハンバーガーでブーブー言うような子なら、すぐに別れなさい』と。


 試すようなことをするのは気が引けたが、奏のアドバイスでここまで来れたと考えると、俺は従うべきという方向に傾いた。 

 まぁ結果として、志保はハンバーガーを美味しそうに頬張った。楽し気に。

 記憶通りなら、次はショッピングセンターだ。




 「リュック、どっちが良いと思う?」

「奏ちゃんなら、そっちの水色かな。史郎、私はどっちが良いと思う?」

「志保は黒だな。奏が水色なのは賛成だ」

「やはは。だね」


 ……お前ら、そんな適当な決め方で良いのか? 

 もう少しこう、どれくらい物が入るか、ポケットの数とか、そういうの気にならないのか?

 しかし、やはり、ショッピングセンターか。

 ショッピングセンターの本屋で、自分が読んだ最新作の寸評とかしてた気がする。

 さて、完全に確信した。

 奏は、何を考えているのか、俺と志保の初デートのコースを再現している。

 どういうつもりなんだ……。

 そして、結愛が見当たらない。 

 どこかにいる筈なのだが、さりげなく探してはいるが、見つからない。

 トイレに行くために一人離れた時も、接触してこない。


「史郎、何難しい顔してるの?」

「ん? 何でもない」

 



 

 何で私は、こうして逃げているのだろう。

 監視カメラを勝手に拝借するべく、ショッピングセンターの近くの、個室のある喫茶店から監視。

 一度、気持ちに素直になってから、どうしても調子が狂う。

 あのまま、近くで護衛していたら、耐えられただろうか、先輩の傍に行きたい衝動に。


「……はぁ」


 駄目だ。おかしくなってしまった。

 この間、あんなことあったばかりなのに。


「先輩は、自分がこの仕事向いていないって言っていたけど、私の方が向いていないかもしれない」


 あっさりと、乱されている。

 思いつく限り、一番自分勝手な感情に、乱されている。

 合理的な私は、どこに……。


「っと、集中」


 四画面に切り替えて、それでも引き寄せられるのは、先輩達が映っている画面。

 楽しそうだな、先輩。表情には出てなくても、わかる。何となく。

 時折、視線を巡らせるのは、警戒しているからか、それとも、私を探しているのか。

 ここの紅茶、美味しいな。流石一杯四桁いくだけある。

 どうでも良い思考が浮かんでは、消えていく。


「……今更だよ」


 なんで今更、普通を望んでいるんだ。

 なんで今更、日常が眩しく見えるんだ。

 先輩を幸せにして、私も、幸せになりたいんだ。そのために必要なのは、普通の日常、かもしれないけど。




 帰り道。もしも、俺の記憶通りなら。


「志保さん送って行っても良い?」


 そう。俺は、デートの時は、絶対に家まで送っていた。

 中に入るまでには、デート五回くらい必要だったが。

 夕焼けの下の帰り道。二人で並んで歩く時間は静かで、遊んでいる時よりも好きな時間だった。


「そうだな。志保は良いか?」

「良いよ。夕飯食べてく?」

「いや……」


 確か、志保の一軒家に用意されている料理は、お手伝いさんが用意した、志保用の三食の筈。


「私の手料理だよ」

「……え?」

「やはは。史郎、今回はがっかりさせないよ」

「あ、あぁ」


 顔に出ていたのか、志保は楽し気に、先導するように歩き出した。

 二人では静かでも、三人ならそれなりに賑やかだ。

 元々騒ぐような性格でもない俺達でも、今日のちょっとした、気恥ずかしさと楽しさが入り混じった雰囲気の中にいれば、口数も、少しは増えるというものだ。




 「美味しかったよ。志保さんの料理」

「やはは。ありがと」

 志保が用意していたのはカレーだった。

 あらかじめ作ったものを、大き目のタッパーに移して、冷蔵庫に保管していた。

 それを温めて、急速炊飯機能で炊きあがったご飯にかけて食べた。

「史郎は? どうだった?」

「美味かったよ」

 もう少し、辛い方が好みだけど、どうしてだろう。

 俺は、感想は素直に述べるのを是とするタイプだ。

 でも、美味しかったと、俺の口は言っている。

 髪を耳にかけ、嬉しそうな笑みを見せる志保に、心臓が少しだけ跳ねた。

 好きだった人の手料理。まさか、本当に食べる日が来るとは。なんて感慨に、少しだけ浸った。


 志保の家の玄関、多分今頃、結愛はそこのアパートから見ていることだろう。

 正直、呼ぼうかと何回か思った。けれど、接触してこない、姿も見せない。けれど、定時連絡だけはしっかりしてくる。

 何かあるのだろうか、なんて。


「なぁ、奏。今日のコース」

「んー?」


 どうでも良さげな雰囲気に、俺は誤魔化されない。


「どういうつもりなんだ?」

「あー。流石に気づくよね」

「そりゃそうだ」


 奏は後ろ髪を指で弄りながら、言葉を選んでいる。

 どんな弁明が帰ってくるのか。家まではまだ少しだけある。


「史郎君は、どうだった?」

「どうだったって?」

「楽しかった?」

「まぁ」


 奏の探るような視線。何もかもが、見透かされている気がする。


「志保さんばかり見てたね」

「それは、俺は、護衛、だから」

「私、プロじゃないからよく知らないけど、護衛って本人よりも周りを見るイメージなんだけど。そりゃ、史郎君、ちゃんと周りも見てたけどさ」


 痛い所を突かれる。


「史郎君。ちゃんとまだ好きなんだね」

「……だったら、なんだよ」

「史郎君は、まだ恋ができる」


 きっぱりと奏は告げる。


「それが確かめられた」

「恋、じゃなくて未練だろうがよ」

「恋が無ければ未練も無いでしょ」


 家の前、奏は自分の家に足を向ける。


「それじゃあ、また明日」

「あぁ」


 手を振って扉の中へ消えていく。

 恋ができる、か。

 拒否していても、それでも、誤魔化しきれない部分。

 奏に傾いたり、結愛に絆されたり。志保に惹かれたり。

 我ながら、忙しい。




 「せんぱーいっ!」 


 家に帰って、どんと衝突してきた何かは柔らかくて良い匂いがした。


「会いたかったです」

「会いにくれば良かっただろうが」

「仕事ですから。だから今はこうして、甘えさせてもらえると、嬉しいです」


 抱き着いてくる力が強まる。ギュッと、結愛は甘えるように、縋るように、全身を余すことなく触れ合えるように、密着してきた。

 その顔には、どんな表情が浮かんでいるかはわからない。

 抱きしめ返した方が良いだろうか、手が中途半端なところで止まる。


「どうしたよ、お前」

「いえ、すいません。もう大丈夫です」


 ケロッと、いつものような人懐っこい笑みを浮かべ、結愛はパッと離れた。


「さて。帰りますね」

「おい待て、何しに来た」

「先輩成分を補給しに来ました。では」


 よくわからないことを言って、結愛は夜の闇に消えていった。


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