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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私が幸せにします。

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私が幸せにします。

 ……ふむ。

 階段を昇っていく。結構長いな。

 いや、長く感じているだけか。

 結愛と奏の足取りが、やはりどこか重い。

 まぁ、暗闇に対して感じる本能的恐怖もあるか。


「ひぃっ」


 木々のカサっと揺れる音に、結愛の肩に少しだけ力が入る。


「おい結愛。お前、そんなんでどうやって今まで」


 小声でそう声をかけると。


「いえ、いないとは思っているのですよ。ただ、いたら怖いなと思っていただけで」

「ふーん」

「そうか……おっと」


 階段を三段飛ばしで一気に登り、躓いた志保を支える。


「あ、ありがとう」

「気をつけろ」





 志保さんを支える史郎先輩。良い光景だ。お似合いだ。

 それは、いつだったかに感じた、入る隙間が無いという疎外感。

 奏さんも、それをきっと、感じている。

 でも。

 なんか、嫌だな。

 先輩は言ってくれた。味方だって。誰が敵になったって、味方だって。

 でももし。志保さんや奏さんが私の敵になったら?

 先輩は、誰の味方になるのですか?

 嫌だな。

 きっと、先輩は迷う。

 先輩は、志保さんを守りたいだろうし。

 奏さんを、裏切りたくないだろうし。


「……。うん」


 一つだけある。

 難易度は高いが、でも、一番確実な方法。

 夜の闇。私が怖くなかったのは、先輩がいたから。先輩が、隣にいたから。先輩がいなくなっても、先輩の装備を持ち出して、勝手に、先輩が守ってくれている気になっていた。

 ずっと、隣に先輩がいてくれる方法。

 それは、私も、覚悟を決めなければいけない。

 私が、逃げ続けたことと、向き合わなければいけない。





 「奏、誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 特におかしな現象にも、存在にも出会うことなく、山を下りた。

 家の前、志保をちゃんと家に送った後。二人で歩いて帰って。


「はい、これ」

「開けて良い?」

「勿論」


 中身は、班目さん達を組織に差し出した帰りに買った物。結愛にも相談した。


「へぇ、綺麗」

「ウォータードームキーホルダーって言うらしいぜ」

「ありがとう。大切にするね」


 奏が家に入ったのを確認して。スマホを確認。結愛から、ちゃんと本宅に帰った旨の連絡を貰った。

 何事も無くちゃんと終わった。

 日常を守れた。奏の誕生日を、祝えた。

 いや。本来はこうあるべきなんだ。

 なんの憂いも無く。なんの心配もなく。

 どこから撃たれるとか、どこから刺されるかとか、心配することなく過ごせる。

 それが、普通の人の日常なんだ。


「普通に生きるって、意外と、難しいな」


 スマホをポケットに入れて、自分の家に入った。




 「二年前の今日ですよね。先輩が組織を去ったのは」


 日付が変わった頃。寝ようかと思って電気を消した部屋に、結愛は現れた。


「そうだったな」

「あの時、私は、先輩に何と声をかければ良いかわかりませんでした」


 結愛は、ベッドに座る俺の隣に座る。


「先輩。あれ、今良いですか? あの約束。何でも聞くという約束」

「あぁ、良いぞ」

「ありがとうございます」


 結愛は、静かに目を閉じて、息を一つ吸って、吐いた。


「私は、先輩が幸せになれるなら、それで良いかなと思いました。救える人のところに行くのなら、それで良いのかな、って思っていました」


「実際。俺はこうしているな」

「はい。なので、私のあの時の、引き止めないという選択は、間違えていなかったと思っています」


 自分に言い聞かせるように言っているようにも聞こえる。

 何を言うつもりなのだろう。

 内容を先回りして、予想しようとするのは普通なのか、悪い癖なのか。


「でも、後悔はしました。私は、あの時の先輩のことを理解はできませんでしたが、それでも、ちゃんと考えれば、一人にしてはいけない。放置してはいけないと、わかったはずなのです」


「そんなことはない。俺が弱かっただけ。結愛は何も悪くない」


「いえ。ありますよ。正しいことしたからと、誇れる人ばかりじゃありませんから。正しさに酔って、傲慢にならない。先輩は素晴らしい人です」


 俯いたまま、表情を窺えない結愛は、淡々と言葉を続ける。


「いえ、それは確かにその通りですが。私の本音を述べるには、言葉が足りませんね」

「あぁ。ゆっくりで良い」


「ありがとうございます。……先輩を、近くに引き止めなかったこと。素直に、後悔しています。任務とか、コンビとしてとか、そういうのではなく。後悔しています」


「あぁ」


 結愛は顔を上げる。 

 涙を溜めた目が、真っ直ぐに俺を見上げる。


「あの時の私は、逃げていました」

「ちゃんと正しかったよ」


「正しいだけで、弱かったです。あの時の私は、先輩の心を救うことを、選べませんでした。先輩と向き合うことを、理解できないから、正しいからと、できませんでした」


「でも、俺には無い部分だ」


 結愛が正しいことを示してくれるから、冷静になって考えることができたことが、何回もあった。


「ずっと、刺さっていました。『身の程をわきまえて、お行儀よく何もしないのが正しいのなら、俺は悪にだって堕ちてやる』という先輩の言葉」

「あぁ……」


 そんなこと、言った覚えがあるな。


「奏さんは、凄いです」

「奏は、確かに凄いな」

「はい。……先輩」


 立ち上がって、正面に立って。ギュッと拳を握って。


「私は、先輩とずっと、一緒にいたいと思っています。

 はっきり言って、恋とかそういうの、さっぱりわかりませんけど。

 でも、幸せになれば良いなんて思いません。私が幸せにします。幸せにしてくれる人と出会えればいいなんて思いません。私が、先輩を幸せにできる人になります」


 結愛の眼は、真剣そのもの。

 任務の時よりも、本気な気がした。


「先輩。嬉しかったです。味方でいてくれて。先輩のためなら、何でも、できます」


 両手で、顔が挟まれる。

 ゆっくりと、顔が近づいてくる。

 暗い部屋で、艶のある唇が、やけに目を引いた。

 どうしてだろう。動けなかった。

 結愛が目を閉じたから、俺も閉じた。

 柔らかい。良い匂いがした。

 顔を挟んでいた手が、肩にかけられ、そのまま抱きしめられて。

 顔が離れて少しだけ激しい息遣いが聞こえて。心臓が高鳴って、頭がボーっとした。


「……恋とかわからないって、言ってなかったか?」

「魔が差しました」


 結愛は、満足気に笑う。

 現実味が無くて、まだ頭がボーっとする。


「良いのかよ。最初がこれで」

「良いと思います。少なくとも私の周りにいる人の中で一番好きな人ですから」

「適当だな、おい」

「ちなみに、先輩は勿論志保さんと?」

「いや。俺も初めて」

「えーっ! そんな馬鹿な」

「何だろう。お互い、そんな空気にならなかったというか。俺は、志保といられただけで、満足だったというか」


 周りはどんな付き合い方しているのか、たまに気になったが。

 でも、あの時の俺が感じていた充足感は、確かに本物だった。今でも、それは確信を持っている。


「プラトニックですね」

「あぁ。恋とかわからないって言ってるのにキスしてくる奴よりは純粋だろ」

「……もしかして、嫌、でした?」


 少しだけ、自分の中の感情の揺れを見つめる。

 不安げに、結愛は俺を見つめる。


「……嫌だった、って言ったら、嘘になるな」


「……多分、恋なんですよ。これ。今まで、誰かに対してこんなに心臓がうるさくなったこと、ありませんでした。こんなに誰かを大切だと思ったことなんてありませんでした。愛おしくなったことも、ありませんでした」


「それは、ありがとう」

「今、私の人生、眩しいくらいに、カラフルです。そうしてくれたのは、先輩です」

「きっと、俺だけじゃないさ」

「そうかもしれません。……そうですね。はっきりと言いましょう。す、すす」

「落ち着け。深呼吸だ」

「すーはー。すーはー。よし。行きます」

「どんと来い!」


 気持ちを整えて、結愛の言葉を待った。

 少なくとも、嫌なものが来ないことはわかったから。しっかりと受け止めよう。

 ゆっくりと、結愛は口を開いて。


「萩野結愛は。九重史郎先輩が、好きです。大好きです!」










第二章、これにて完結です。また三日ほど、戴きます。

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