花火大会。
正直な気持ちを述べるなら、私はあの場所に、二人を連れて行きたくなかった。
史郎君との思い出の場所。二人だけの思い出。
私がようやく、史郎君の心に触れられたと思えた場所。
去年、ショッピングセンターで見たと聞いた時、少しだけ安心してしまったんだ。二人だけの思い出が守られた気がして。
でも、そんな些細な思い出よりも、大切なものがあるのはわかるんだ。
例えば、史郎君にとっては、花火大会における志保さんの安全。
鏡に映った自分を見る。
変わろう、そう心に決めた時から。可愛くなろう、綺麗になろう。そう決意した日から。私は、史郎君に、一人の女の子として見てもらえることを、一番に考えている。
もう、同じ後悔は、しないように。
鏡を見て、笑ってみる。
うん。大丈夫。ちゃんと私は、可愛い。可愛くなれてる。
最初は別人の気分だったけど、最近は慣れた。
浴衣には着替えた。
花音ちゃんと音葉ちゃんは、それぞれ部活仲間と行くと言っていた。友人関係が順調なようで、姉としては安心だ。
「史郎君。準備大丈夫?」
「あぁ」
ここで我がまま言ったら……史郎君の邪魔をしちゃ、いけない。
だから。
「何で、泣いて、いるんだ?」
「えっ?」
あぁ、やっぱり、駄目だ。自分の感情すら、制御できないなんて。
装備を確認して、集合場所を確認して。花火を見る場所を確認して。
あの時の場所は、既に昼間に記憶を辿って実際に行って確認済みだ。
今は奏の準備を待っている。
室長には、人気の無い場所で見る旨を伝えて、了承は貰っている。渋々了解って感じだったが。まぁ良い。
安全を確保する。それだけがその人を守ることになるのか。俺は、これからも問い続けなければならない。
階段を下りる音が聞こえ、奏が来たことを察知する。
「史郎君、準備大丈夫?」
「あぁ……何で、泣いて、いるんだ?」
「えっ?」
奏の眼から、光が零れて見えた。
「私、泣いてる?」
「なんか、あったのか?」
「何も、無いよ。どうしてだろ、なんか、最近涙腺が緩いなぁ」
慌ててハンカチで拭い始める。
「……奏の泣く所、久しぶりに見たな。何が不安なんだ?」
「えっ?」
「奏が泣く時は、不安な時かなって」
できる限り、優しく抱き寄せた。
こんなので不安が吹き飛ぶなら、苦労はしない。
けれど、俺は。二年前の今日、奏にこうされて、花火大会に行く気が、少しだけ起きたんだ。
「私たちの思い出の場所」
「あぁ。今から行くのは、そこだな」
「私たちが、二年前、見つけた場所」
「うん」
「ごめん。嫌な女みたいなこと、言っちゃいそう」
「良い。許す」
「……史郎君とだけの、秘密にしておきたかったんだ」
今、「えっ」と言うのはおかしいだろう。
でも、意外だったのは本音だ。
俺にとっては、確かに大切な思い出だけど。奏も、そう思っていてくれていたことが、嬉しかった。
俺が、組織から離れることを、決意した日だから。
「あの日があったおかげで、俺は奏と今一緒にいる。無かったことには、ならない。無かったことにされてたまるかよ」
腕の中に奏を感じている。
やっぱり。奏は、大切な人だ。
大切な人が、俺には多い。
守れるのだろうか。その人だけじゃない。その人の日常も含めて、守れるのだろうか。
わからない。守れるかなんて、わからない。でも、守ろう。守るんだ。大前提で、そう考えなければ、できることも、できやしない。
まずは、今日だ。
今日が無ければ、明日なんて無いのだから。
なんの変哲もない。私がもう、失敗しないために与えてもらった家。
久しぶりに来た。いや、一応、週一で掃除は入っていたらしいから、そんな感じはしないけど。史郎達と待ち合わせするためにここに来た。
「あの。志保さん。これ、子どもっぽくありませんか?」
「でも可愛いよ。似合ってる」
「それ、遠回しに私が子どもだと言ってませんか?」
「高校生何て子どもでしょ」
萩野ちゃんを丈の短い浴衣に着替えさせて、私も、浴衣に着替えてある。
あとは、史郎達が来るのを待つだけ。
鏡を見て、ちゃんと綺麗か確認する。
容姿は褒められ慣れているから、今更謙遜しない。
むしろ褒められて、「えーそんなこと無いですよー」とか言う方が気持ち悪い。
褒められたら、素直に受け取っておいた方が、吉な気がする。
うん。私は綺麗だ。綺麗だから、なんだというのだ。何て言うと、嫌味とか皮肉とか言われるのだろうけど。
容姿が良くて得したことは勿論ある。
寄ってくる男のめんどくささは、それで納得してきた。
「よし」
さて、そろそろ来る頃だろうか。
史郎は真面目だから、大体十分前には来る。家で待ち合わせの時は、ぴったりの時間に来る。
そう思っていたら、やっぱり、ぴったりの時間に呼び鈴が鳴った。
「やぁ、史郎。花火大会なのに、普段着なんだ」
「俺が着飾ってもなぁ」
「またそんなこと言う。ところで、奏ちゃーん?」
史郎の丁度後ろに立ち、私にその姿を見せようとしない。
私が見たいものを察した史郎が、横にスッと避ける。
「わ、私はちゃんと着て来たよ。これ」
「うん。完璧。私の眼に狂いは無かった」
奏ちゃんの浴衣姿は見事なものだ。
うんうん。やはり、可愛い女の子が着飾るのは良いことだ。
水色の浴衣で、可愛い顔立ちが映えているのか、可愛い顔立ちで、水色の浴衣が映えているのか。相乗効果という奴だろう。お互いがお互いを活かしあっている。
大人しい印象は、清楚な印象となり。
史郎、凄い女の子、隣に連れているね、なんて、言いそうになった。
選んだの私だから。浴衣選んだの私だから!
「志保、見過ぎだろ。食い物じゃないぞ」
「私が食べ物にしか興味無い、みたいな言い方はやめていただこう」
「はいはい。さっさと行くぞ。そこそこ歩くからな」
雨も降らず、強風も吹かず。
変な奴も現れず。
花火はよく見えた。
静かな林の中で。音がはっきりと聞こえる。
ぼんやりと、四人で空を眺める。
たまに、ぽつり、ぽつりと。「いまの凄かったね」とか「煙って来たし休憩かな」とか。
一際大きな花火。
それからしばらく。
「終わりだそうです」
結愛が、ぽつりとそう言った。それが合図となり、立ち上がる。
「……そういえばさ、ここら辺、出るらしいね」
志保が、唐突にそう言った。
「出るって。何が?」
「史郎、出ると言えば、あれでしょ。お化け、妖怪、魑魅魍魎、百鬼夜行」
「何で段々大げさになっていくんだよ」
しかも、お化けと妖怪は明確に区別したい派閥は結構大きいぞ。
「それで、そのお化けがどうしたって?」
「出るんだよ。この神社」
志保が階段の上の方を指さす。
「ふーん」
「あっ、信じてないでしょ」
「まぁな」
幽霊なんているわけがない。
いたら、俺は今頃、祟られている筈だ。
「そんなこと言って良いんだ。それなら、今から、行く?」
志保はこちらに手を差し出して来た。
俺は確認するように、先ほどから黙り込んでいる二人に目を向ける。
「……? お前ら」
「な、何かな、史郎君?」
「な、なんですか、し、史郎さん」
「えっ、いると思っているの?」
「い、いるいないに関わらず、怖いものは、怖いかと」
まぁ、正論だな。
「あー、奏。そういえばこの季節の特番、苦手だったな。音葉ちゃんは結構好きなのに」
「う、うるさいな」
三姉妹の末っ子は、心霊ドラマを笑いながら見るタイプ。次女の花音ちゃんは自分に精神の鍛錬と言い聞かせてみるタイプ。長女は、家事に没頭するタイプだ。
「んで、どうするんだ。言い出しっぺ。肝試し擬きはするのか?」
「んー。苦手な人に無理強いはあれかなぁ」
「同感だな」
「……! 行く!」
唐突に、奏はそう言った。
「思い出の場所に、妙なものが出るなんてことで、変な印象を持つわけには、いかない!」
「んな、意地にならんでも」
「それなら、私も。私ばかり怖がっていられませんから」
「結愛まで……まぁ良いけどさ。じゃあ、さっさと行くか」
そんなわけで、俺達の突発的な肝試しが始まった。




