女子二人のショッピング。
組織の人から逃げる史郎君達を、電話で見送った朝。
私、久遠奏は、お小遣い握りしめ、ショッピングセンターに来ていた。
「やはは。久しぶりに来たなー」
隣に、志保さんを連れて。
混んでいると言えば混んでいるが、史郎君みたいにうんざりして回れ右するほどではない。
上機嫌に志保さんは奥に進んでいく。
私は今日、志保さんの家に妹共々お世話になることになっている。
志保のお父さん……社長さんが言うに。念のための安全確保のためだと。
安全確保のためだけど、ピリピリしていては、志保さんに怪しまれるから、志保さんが買い物行こうと言った時は、断らなかった。
多分、周辺にいるのだろう。史郎君たちの同僚の人。
正直、今のあの二人の状況を思うと、こうしていることに対する罪悪感と焦燥感がある。
でも、志保さんには説明できない。
表向きは、史郎君の仕事のことを、知らないことになっている以上、私は黙っていなければならない。二人の今やっている危険な任務のことを、悟られてはいけない。
だから、私は志保さんと楽しくショッピングしなければならない。
ファミレスでは、私の秘めている感情は見抜かれた。
今度は、上手くやろう。あの時より、隠さなきゃいけないことの重要性は上がっている。
「何見る?」
「決めてなかったの?」
「うん。気晴らし。何見たい?」
「じゃあ……浴衣、かな」
「……あーっ、花火大会のためかな。懐かしいなぁ、花火大会」
ポンと志保さんは手を打った。
恥ずかしいが、その通りである。話が早い。
去年、志保さんが史郎君と二人で、見に行っているのは知っている。
誘う時のメッセージを添削したのは、私だから。
正直、添削するも何も、既に付き合っている関係なら、『花火大会行かない?』で済ませられたと思うけど。それを提案したら、適当過ぎると拒否された。
じゃあ、今はどうだろう。
私と史郎君、志保さんと史郎君は、どんな関係なのだろう。
たったの一度、花火大会に行くのに、どれだけ言葉を尽くさなきゃいけないのだろう。
なんて、史郎君なら、「花火大会行こう」と言えば、めんどくさがりながらも来てくれる気がする。
「奏ちゃんってさー」
「何?」
「スタイル良いよね。プールでも思ったけど」
「きゅ、急に、何」
胸元に視線が向いているのに気づいて腕が勝手に持ち上がる。
目の前に立つ志保さん。スラっと伸びた足を惜しげもなく晒して、出るところは程よく出て、引っ込むところはしっかり引っ込む。夏の薄着でそれはしっかりと際立っていて。
「理想体型している人に褒められても……」
史郎君が惹かれるわけだ。
私の知り合いの中でも一番の美人から、売り場に目を向ける。
ずらりと並んだ色とりどり、デザインも様々な浴衣。志保さんは私と浴衣をちらちらと見比べている。
丈が短いものや、オーソドックスなもの。選り取り見取り。
「良いなぁ。中学の頃は、そこまで目立ってなかったから。衝撃が凄い」
「まだその話するんだ……というか、高校デビューとか言いたいの?」
「やはは。史郎も傾くわけだ」
傾く? 傾いて、いるのかな。
史郎君が、少しだけわからなくなる。
そんなあっさり傾くようなら、私は何年も何を迷っていたというのだ。
うーん。……いや。やめておこう。
思考を放棄して浴衣に目を向ける。
どれにしよう。
「史郎が気に入りそうなものって考えれば良いから、選ぶの楽かも」
「う、うん」
見透かされてる……。私の選ぶ基準、話しが早い。
「史郎は、多分……あー。ごめん、やっぱり難しいなぁ」
「そうなの?」
「正直、掴み切れてないや。史郎の好み」
元カノでもそうなのか。
私も、正直わからない。史郎君の女性の好み。女性にして欲しい服装。
小学生の頃も、特に女子に興味を向けていたわけじゃなくて。恐らく、志保さんが初めてのはずだから。
自称、世界で一番、九重史郎を知っている女であるところの私。
でも、史郎君のこと、知らないこと、その一つ。きっと、もっとあるだろう。
「とりあえず、萩野ちゃんのは、これかなぁ」
「萩野さんの、買うの?」
「うん。連れて行くし。奏ちゃんの、迷うなぁ」
「自分のは?」
「もうあるよ。だから、奏ちゃんに集中できる」
「それなら、何で買い物に行こうと?」
志保さんがポケットに手を入れる。
「よし。盗聴器の電源、切れたね」
「えっ、良いの?」
「うん」
近くにいるボディーガードさんに、会話を聞かれたくないと。
志保さんの視線が、私の眼に、真っ直ぐに注がれる。
「知ってるでしょ。奏ちゃん。史郎と萩野ちゃんが、今何をしているか」
「あっ、えっ……」
飄々と、何を考えているかわからない、普段の志保さんとは違う。
芯の通った強さから放たれる、真っ直ぐな圧。
私は初めて、志保さんを怖いと思った。
その目から逃れたい。
思わず、膝をついてしまいたくなる。
何も、悪い事していないはずなのに。
「意地悪だったかな。ごめんごめん」
身体が、急に軽くなった。空気の温度が、元に戻った。気がついたら浅くなっていた呼吸が、戻った。
「さて。選んでしまおう」
何事も無かったかのように、楽し気に私に浴衣を向ける。
きょろきょろと、何かを見比べて。
「これかな。奏ちゃんは」
「何で?」
「奏ちゃんに似合うから。水色かピンクで迷ってたけど。水色だね。奏ちゃんは」
「……そうかい。それで良いかも」
「あっ、史郎っぽい。今の。奏ちゃん、フードコート空いているか、見て来てもらって良い? お腹空いちゃった」
「う、うん」
そのまま、選んだ二つを持っていく。私と、萩野さんの。
断る気が起きなかった。従わなければならない、そんな気がしてしまったんだ。
普通、レジに向かうべきは私のはずなのに。
でも、了解してしまった以上、行かないわけにはいくまい。
二階から見る限り、フードコートの席は満席で、お店も列ができている。
これはしばらく空きそうにない。
どうしたものか……。
頭の中にショッピングセンターの地図を広げて悩む。
「やはは。凄いね」
紙袋を手にぶら下げ、会計を済ませた志保さんが、同じ景色に目を向ける。
「あっ、お金」
「レシート捨てちゃったからわからないや」
「えっ、でも」
「良いよ。その反応見れただけ満足」
「そ、そういうわけには……」
「奏ちゃん。誕生日っていつ?」
「えっ……何で急に?」
懐かしそうに、志保さんは、私の後ろに目を向ける。
その目に釣られて見ると、専門店が立ち並ぶフロアで、服屋さんで。
「ごめん。知ってる。八月十四日。花火大会の日でしょ」
「えっ、なんで……」
「信じられる? 私の元カレ。デート中に他の女へのプレゼント買うんだよ」
「それは……信じ、られない、ね。ふふっ」
去年、志保さんと二人で花火大会、見に行ったのは、知っている。
史郎が、私に誕生日プレゼントを買ってきたから。
『去年、用意できなかったから。今年は、ちゃんと用意した。結局、ショッピングセンターで見たからさ』
花火大会が終わって、起きててと連絡が来たから、待っていたら、夜、持って来てくれた。
『彼女いる男が何してるの?』
『別に良いだろ。奏には、世話になっているから……三つ編み撫でて……何を怒ってるのさ?』
『怒ってない。……嬉しいの! 大事に使うね』
彼が買ってきたのは麦わら帽子。大事に使っている。
それから少しウインドウショッピングと洒落込んで、空いて来た頃に昼食を食べて、そのまま帰ることにした。
志保さんの家の車に揺られ、なんて言うけど、流石高級車。揺れが殆ど無い。動き出したことが一瞬わからなかったくらいだ。
誕生日……それまでに、帰って来てくれるだろうか。
任務達成率百パーセント。でも、あの二人だって、私たちと同じ人間で、子どもで。
年下で、少し生意気だけど、可愛くて、賢いクラスメイト。
少し手がかかるけど、優しくて、頼りがいがあって、大好きな、幼馴染。
連絡は無い。私の方から、連絡もできない。
「奏ちゃん? なんで、泣いてるの?」
「えっ?」
慌てて目を拭った。
拭ったのに、また溢れてくる。
「ご、ごめん。急に」
抑えが効かなくなって。ハンカチで顔を覆って。
「大丈夫。大丈夫だよ。私で良ければ、ここにいるから。……うん、大丈夫。そのまま家に向かってください」
志保さんが、優しく抱き寄せてくれる。
繊細で、少し乱暴にしただけで壊れしまいそうな身体が、この時は何よりも温かくて、何によりも優しかった。
「大丈夫。大丈夫だから。悪いことには、きっとならないから」
根拠が無いのはわかっている。志保さんが、私が何で泣いているのかわからないのは、わかっている。
でも、優しい言葉が、沁みていく。
「うっ。うぅ。史郎君の、ばかぁ……」
「そうだねぇ。史郎、酷いよねぇ」
頭を撫でてくれる手が、心地良い。
結局、家に着くまで泣き通した。
「あのー、奏ちゃん? そろそろ良いかな?」
「……ぷぃっ」
壁と向き合って座る奏ちゃんを覗き込んだら、少しだけ頬を赤くして、顔を逸らしてしまう。
家に着いた頃に、少し落ち着いた奏ちゃんを連れて、自分の部屋へ行ってからというもの。さっきから、目を合わせてくれない。
お茶でもしようかと思ったけど、どうやら、椅子よりも、部屋の隅の絨毯の上が気に入ったらしい、そこで丸まって動こうとしなかった。
野良猫を拾って来たら、最初はこうなるのだろうか。というイメージそのままだ。
なんか可愛い。
「何を怒っているのさ?」
「ちょっと、恥ずかしい。人前で泣いたの、久しぶり過ぎて」
「別に、気を張らなくって良いのに。ほら、早くいつも通りになってよ。もうすぐ妹さん達来ちゃうよ、今迎えに行ってもらってるから」
「うぅ。色々ありがとうございます」
立ち上がってペコリと頭を下げて。ようやく、向かい側に座ってくれた。
「私が迎えに行ったわけじゃ無いけど、良いよ。別に。これくらい、させてよ」
「でも……」
「君は、私が所謂お金持ちだと知っても、何も変わらなかった。だから、これくらい、させて欲しいなって」
「そんなことで? 普通じゃん」
「そんなことで、普通なことができない人ばかりだよ。意外と」
人を疑うことを知らなかった頃の私を思い出して、口元に苦笑いが浮かんだのを感じた。
「花火大会。行こうね」
「う、うん」
その日の夜は、花音ちゃんと音葉ちゃん交えて一緒に寝た。
次の日の朝、史郎から連絡が来た奏ちゃんの見せた顔は、本当に嬉しそうなものだった。
両親に会って、それから帰ってくる。それが嘘だと、流石にわかる。
萩野ちゃんがお盆休みで帰るというのも、嘘だとわかる。
史郎君と萩野ちゃんが、別の任務に行っていることくらい、察しがつく。
それを、奏ちゃんが知っていることくらい、わかる。
綺麗な涙だ。そう思ったんだ。
本気で、あの二人を心配しているんだって。
だから、私は、奏ちゃんのことが、また一つ、好きになったんだ。
だから私はもう、意地悪に問い詰めたりするのは、やめようと思ったんだ。
素直に守られよう。史郎に、あの時のこと。あの、勉強合宿の時のこと、ちゃんと謝ろうと思ったんだ。




