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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私が幸せにします。

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52/223

女子二人のショッピング。

 組織の人から逃げる史郎君達を、電話で見送った朝。

 私、久遠奏は、お小遣い握りしめ、ショッピングセンターに来ていた。


「やはは。久しぶりに来たなー」


 隣に、志保さんを連れて。

 混んでいると言えば混んでいるが、史郎君みたいにうんざりして回れ右するほどではない。

 上機嫌に志保さんは奥に進んでいく。

 私は今日、志保さんの家に妹共々お世話になることになっている。

 志保のお父さん……社長さんが言うに。念のための安全確保のためだと。

 安全確保のためだけど、ピリピリしていては、志保さんに怪しまれるから、志保さんが買い物行こうと言った時は、断らなかった。 


 多分、周辺にいるのだろう。史郎君たちの同僚の人。

 正直、今のあの二人の状況を思うと、こうしていることに対する罪悪感と焦燥感がある。

 でも、志保さんには説明できない。

表向きは、史郎君の仕事のことを、知らないことになっている以上、私は黙っていなければならない。二人の今やっている危険な任務のことを、悟られてはいけない。

だから、私は志保さんと楽しくショッピングしなければならない。

 ファミレスでは、私の秘めている感情は見抜かれた。

 今度は、上手くやろう。あの時より、隠さなきゃいけないことの重要性は上がっている。


「何見る?」

「決めてなかったの?」

「うん。気晴らし。何見たい?」

「じゃあ……浴衣、かな」

「……あーっ、花火大会のためかな。懐かしいなぁ、花火大会」


 ポンと志保さんは手を打った。

 恥ずかしいが、その通りである。話が早い。

 去年、志保さんが史郎君と二人で、見に行っているのは知っている。

 誘う時のメッセージを添削したのは、私だから。

 正直、添削するも何も、既に付き合っている関係なら、『花火大会行かない?』で済ませられたと思うけど。それを提案したら、適当過ぎると拒否された。

じゃあ、今はどうだろう。

 私と史郎君、志保さんと史郎君は、どんな関係なのだろう。

 たったの一度、花火大会に行くのに、どれだけ言葉を尽くさなきゃいけないのだろう。

 なんて、史郎君なら、「花火大会行こう」と言えば、めんどくさがりながらも来てくれる気がする。

 



 「奏ちゃんってさー」

「何?」

「スタイル良いよね。プールでも思ったけど」

「きゅ、急に、何」


 胸元に視線が向いているのに気づいて腕が勝手に持ち上がる。

 目の前に立つ志保さん。スラっと伸びた足を惜しげもなく晒して、出るところは程よく出て、引っ込むところはしっかり引っ込む。夏の薄着でそれはしっかりと際立っていて。


「理想体型している人に褒められても……」


 史郎君が惹かれるわけだ。

 私の知り合いの中でも一番の美人から、売り場に目を向ける。

 ずらりと並んだ色とりどり、デザインも様々な浴衣。志保さんは私と浴衣をちらちらと見比べている。

 丈が短いものや、オーソドックスなもの。選り取り見取り。


「良いなぁ。中学の頃は、そこまで目立ってなかったから。衝撃が凄い」

「まだその話するんだ……というか、高校デビューとか言いたいの?」

「やはは。史郎も傾くわけだ」


 傾く? 傾いて、いるのかな。

 史郎君が、少しだけわからなくなる。

 そんなあっさり傾くようなら、私は何年も何を迷っていたというのだ。

 うーん。……いや。やめておこう。

思考を放棄して浴衣に目を向ける。

 どれにしよう。


「史郎が気に入りそうなものって考えれば良いから、選ぶの楽かも」

「う、うん」 


 見透かされてる……。私の選ぶ基準、話しが早い。


「史郎は、多分……あー。ごめん、やっぱり難しいなぁ」

「そうなの?」

「正直、掴み切れてないや。史郎の好み」


 元カノでもそうなのか。

 私も、正直わからない。史郎君の女性の好み。女性にして欲しい服装。

 小学生の頃も、特に女子に興味を向けていたわけじゃなくて。恐らく、志保さんが初めてのはずだから。

 自称、世界で一番、九重史郎を知っている女であるところの私。

 でも、史郎君のこと、知らないこと、その一つ。きっと、もっとあるだろう。


「とりあえず、萩野ちゃんのは、これかなぁ」

「萩野さんの、買うの?」

「うん。連れて行くし。奏ちゃんの、迷うなぁ」

「自分のは?」

「もうあるよ。だから、奏ちゃんに集中できる」

「それなら、何で買い物に行こうと?」


 志保さんがポケットに手を入れる。


「よし。盗聴器の電源、切れたね」

「えっ、良いの?」

「うん」


 近くにいるボディーガードさんに、会話を聞かれたくないと。

 志保さんの視線が、私の眼に、真っ直ぐに注がれる。


「知ってるでしょ。奏ちゃん。史郎と萩野ちゃんが、今何をしているか」

「あっ、えっ……」


 飄々と、何を考えているかわからない、普段の志保さんとは違う。

 芯の通った強さから放たれる、真っ直ぐな圧。

 私は初めて、志保さんを怖いと思った。

 その目から逃れたい。

 思わず、膝をついてしまいたくなる。

 何も、悪い事していないはずなのに。


「意地悪だったかな。ごめんごめん」


 身体が、急に軽くなった。空気の温度が、元に戻った。気がついたら浅くなっていた呼吸が、戻った。


「さて。選んでしまおう」


 何事も無かったかのように、楽し気に私に浴衣を向ける。

 きょろきょろと、何かを見比べて。


「これかな。奏ちゃんは」

「何で?」

「奏ちゃんに似合うから。水色かピンクで迷ってたけど。水色だね。奏ちゃんは」

「……そうかい。それで良いかも」

「あっ、史郎っぽい。今の。奏ちゃん、フードコート空いているか、見て来てもらって良い? お腹空いちゃった」

「う、うん」


 そのまま、選んだ二つを持っていく。私と、萩野さんの。

 断る気が起きなかった。従わなければならない、そんな気がしてしまったんだ。

 普通、レジに向かうべきは私のはずなのに。

 でも、了解してしまった以上、行かないわけにはいくまい。

 二階から見る限り、フードコートの席は満席で、お店も列ができている。

 これはしばらく空きそうにない。

 どうしたものか……。

 頭の中にショッピングセンターの地図を広げて悩む。


「やはは。凄いね」


 紙袋を手にぶら下げ、会計を済ませた志保さんが、同じ景色に目を向ける。


「あっ、お金」

「レシート捨てちゃったからわからないや」

「えっ、でも」

「良いよ。その反応見れただけ満足」

「そ、そういうわけには……」

「奏ちゃん。誕生日っていつ?」

「えっ……何で急に?」


 懐かしそうに、志保さんは、私の後ろに目を向ける。

 その目に釣られて見ると、専門店が立ち並ぶフロアで、服屋さんで。


「ごめん。知ってる。八月十四日。花火大会の日でしょ」

「えっ、なんで……」

「信じられる? 私の元カレ。デート中に他の女へのプレゼント買うんだよ」

「それは……信じ、られない、ね。ふふっ」


 去年、志保さんと二人で花火大会、見に行ったのは、知っている。

 史郎が、私に誕生日プレゼントを買ってきたから。


『去年、用意できなかったから。今年は、ちゃんと用意した。結局、ショッピングセンターで見たからさ』


 花火大会が終わって、起きててと連絡が来たから、待っていたら、夜、持って来てくれた。


『彼女いる男が何してるの?』

『別に良いだろ。奏には、世話になっているから……三つ編み撫でて……何を怒ってるのさ?』

『怒ってない。……嬉しいの! 大事に使うね』


 彼が買ってきたのは麦わら帽子。大事に使っている。

 



 それから少しウインドウショッピングと洒落込んで、空いて来た頃に昼食を食べて、そのまま帰ることにした。

 志保さんの家の車に揺られ、なんて言うけど、流石高級車。揺れが殆ど無い。動き出したことが一瞬わからなかったくらいだ。

 誕生日……それまでに、帰って来てくれるだろうか。

 任務達成率百パーセント。でも、あの二人だって、私たちと同じ人間で、子どもで。

 年下で、少し生意気だけど、可愛くて、賢いクラスメイト。

 少し手がかかるけど、優しくて、頼りがいがあって、大好きな、幼馴染。

 連絡は無い。私の方から、連絡もできない。


「奏ちゃん? なんで、泣いてるの?」

「えっ?」


 慌てて目を拭った。

 拭ったのに、また溢れてくる。


「ご、ごめん。急に」


 抑えが効かなくなって。ハンカチで顔を覆って。


「大丈夫。大丈夫だよ。私で良ければ、ここにいるから。……うん、大丈夫。そのまま家に向かってください」


 志保さんが、優しく抱き寄せてくれる。

 繊細で、少し乱暴にしただけで壊れしまいそうな身体が、この時は何よりも温かくて、何によりも優しかった。


「大丈夫。大丈夫だから。悪いことには、きっとならないから」


 根拠が無いのはわかっている。志保さんが、私が何で泣いているのかわからないのは、わかっている。

 でも、優しい言葉が、沁みていく。


「うっ。うぅ。史郎君の、ばかぁ……」

「そうだねぇ。史郎、酷いよねぇ」


 頭を撫でてくれる手が、心地良い。

 結局、家に着くまで泣き通した。





 「あのー、奏ちゃん? そろそろ良いかな?」

「……ぷぃっ」


 壁と向き合って座る奏ちゃんを覗き込んだら、少しだけ頬を赤くして、顔を逸らしてしまう。

 家に着いた頃に、少し落ち着いた奏ちゃんを連れて、自分の部屋へ行ってからというもの。さっきから、目を合わせてくれない。

 お茶でもしようかと思ったけど、どうやら、椅子よりも、部屋の隅の絨毯の上が気に入ったらしい、そこで丸まって動こうとしなかった。

 野良猫を拾って来たら、最初はこうなるのだろうか。というイメージそのままだ。

 なんか可愛い。


「何を怒っているのさ?」

「ちょっと、恥ずかしい。人前で泣いたの、久しぶり過ぎて」

「別に、気を張らなくって良いのに。ほら、早くいつも通りになってよ。もうすぐ妹さん達来ちゃうよ、今迎えに行ってもらってるから」

「うぅ。色々ありがとうございます」


 立ち上がってペコリと頭を下げて。ようやく、向かい側に座ってくれた。


「私が迎えに行ったわけじゃ無いけど、良いよ。別に。これくらい、させてよ」

「でも……」

「君は、私が所謂お金持ちだと知っても、何も変わらなかった。だから、これくらい、させて欲しいなって」

「そんなことで? 普通じゃん」

「そんなことで、普通なことができない人ばかりだよ。意外と」


 人を疑うことを知らなかった頃の私を思い出して、口元に苦笑いが浮かんだのを感じた。


「花火大会。行こうね」

「う、うん」


 その日の夜は、花音ちゃんと音葉ちゃん交えて一緒に寝た。

 次の日の朝、史郎から連絡が来た奏ちゃんの見せた顔は、本当に嬉しそうなものだった。

 両親に会って、それから帰ってくる。それが嘘だと、流石にわかる。

 萩野ちゃんがお盆休みで帰るというのも、嘘だとわかる。

 史郎君と萩野ちゃんが、別の任務に行っていることくらい、察しがつく。

 それを、奏ちゃんが知っていることくらい、わかる。

 綺麗な涙だ。そう思ったんだ。

 本気で、あの二人を心配しているんだって。

 だから、私は、奏ちゃんのことが、また一つ、好きになったんだ。

 だから私はもう、意地悪に問い詰めたりするのは、やめようと思ったんだ。

 素直に守られよう。史郎に、あの時のこと。あの、勉強合宿の時のこと、ちゃんと謝ろうと思ったんだ。


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