逆転の一手。
任務成功率百パーセント。
前に結愛が奏に、俺の成績として誇ったものだが、特務分室では基本中の基本。特殊性が高く、どんな状況でも失敗が許されない部署だから。
じゃあ、どうやって優劣をつけるか。
達成した任務の難度か、確保した犯罪者の数か。それらでも測れるだろうが。
俺は、下された任務を如何に迅速に完遂するか、だと思う。
その点において、あの二人は、班目さんと柿本さんのコンビは、ずば抜けている。
だから、今も俺達が逃げられているのは、ある意味で奇跡だ。
最初の襲撃で俺達を抑えられなかったのが、既におかしいのだ。
知り合い故に手を抜くような人達ではない。そんな人に、構成員確保任務。仕事仲間を敵とみなす任務。マル秘が下されるはずがない。
「そっちから来るとはね。柿本の予想通りだけど、最高に都合が悪い。逃げてくれれば良かったのに」
「おかしなこと言いますね。班目さん」
「まぁ、仕方ないか、こうなってしまったら。一応、命令を受けている身だ。わかっているよね。史郎少年」
「俺たち如き、一回目の襲撃で仕留めきれたはずだ」
「こうなってしまったから暴露してしまうと、わざと逃がしたかと言われたら、否定できない」
「……どういうことだ?」
「さぁ?」
班目さんの姿がブレる。俺の右手も同時に動く。
「くっ」
……避けられたか。
「へぇ。銃が使えないって聞いてたけど、代わりにそれか。正直危なかった」
屋上の床に転がる、黒い投げナイフ。班目さんの着地する方の足を狙ったはずだが、流石の反射速度だ。
班目さんには、こんな一発芸、もう通用しないだろう。
「でもまぁ、ねぇ、柿本。接近戦、いけるでしょ」
「あぁ、やっと本気出す気になったか。それなら、とことん付き合うとしようか。班目」
それは、さっきまで感じられなかった気配。
そして、想定していた中でも、最悪の状況だ。
私は一人、非常階段を足音忍ばせて上がっていく。
ここは今、先輩と班目さんが向き合っているところ見られる場所。
下手に一緒に行くより、一対一の方が良い。先輩はそう言った。
班目さんと柿本さんは、基本的にそれぞれ単独行動で、同じ獲物を狙っていて、結果的に協力してしまっているという、変なコンビ。
班目さんの戦闘力は、実戦急襲室でも上位に食い込むほど。
それでも、特務分室にいるのは、本人が言うに、チームプレイが苦手だから。
そして柿本さんは、後方支援。
情報機器の扱いは、私の方が上。狙撃も、多分。でも、柿本さんは、強い。
柿本さんの強さは、状況判断能力にある。班目さんの動きや判断について行けるのは、そこにある。それを活かすために、常に俯瞰して状況を見られるようにしている。
だから、柿本さんがあのビルを、どこからか狙っていると踏んで、不意打ちで仕留めるべく、こうして来たわけだが。
「……いない」
いないならいないで、ここから先輩のアシストをするだけだけど。
そう思いながら双眼鏡を覗く。
「……最悪の予想の方が当たってしまいましたか」
二対一。しかも、一番やりたくない二人と。
基本的に仕掛けてくるのは班目さん。
班目さんの攻撃が途切れ、こちらから仕掛けるチャンスに、仕掛けてくるのは柿本さん。それを捌ききったタイミングで、再び班目さんが仕掛けてくる。
時間に直せば一分と三十秒の戦闘時間。
ただその九十秒で、俺の体力はかなり消耗した。
「二人がこうして並び立っている姿を、本部以外で見る日が来るとは」
「そっちはあたしたちのやり方を知り尽くしてくる。同時にあたしたちも、あんたたちのやり口を知り尽くしている。対策合戦になるのは読めていた。だからあたしたちは、常に二人でいた。いやー、窮屈だったぜ」
「某もやりにくい。接近戦は、趣味ではない。が、各個撃破狙ってくることは想定内だった」
「接近戦、ちゃんとできてるから安心しろって」
「できるできないと、好き嫌いはまた別の話である。して、萩野はどこに行ったのやら。九重がここで抑えている間に逃がしているとは考えないのかね」
「それは無いね。史郎少年ならそういうこと考えるだろうけど、結愛お嬢が絶対に受け入れない……大方、そこのビルからあたしたちを狙ってるところじゃないかな?」
「ふっ。なるほど、だからこその接近戦。流石の萩野も、この距離で格闘戦中の仲間を避けて撃つのは難しい」
「そして結愛お嬢では、あたしたちの戦いにはついてこれない。そもそも、あのビルからこっちに来る頃には、決着はついている」
完璧だ。
完璧すぎて、笑えて来る。
「俺たち如き相手するのに、あなた方が出てくるなんて、今更ながら驚きですよ」
「あたしは妥当だと思うけどね。他の奴ら送り込んでも、返り討ちにされるだろうね。結愛お嬢を捕える任務だけど、おまけであんたも連れてくるように言われている」
「へっ」
さて、と。これは、俺一人ではどうにもならないな。
班目さん達の言う通り、状況は劣勢も劣勢。絶望的。
だけど、詰んでいるわけでは無い。結愛なら、この状況をひっくり返せる。
俺は相棒を、信じるだけ。
「その余裕の笑み。相変わらずね。でもあたしは、それが今の時点では虚勢であると知っている。結果的に本物に変えているだけと知っている」
「どうだか。先輩方。俺達を舐めてもらっちゃ困りますよ」
結愛は言った。俺達は最高のコンビだと。
「さぁ、始めようか」
手は動く、足も動く。頭も働く。
つまり、まだまだいける。
ビルの向こう。柿本さんからの攻撃を警戒しているのか、結愛の姿は見えない。けれど。
あの形の良い唇が、ニヤリと笑った気がした。
そして、変化が起きる。
二人の服から煙が出て、次の瞬間、爆発した。
そんなことが起きれば、誰だって驚く。自分の身体が突然爆発したのだから。
『今です!』
結愛の声が、聞こえた気がした。迷わない。一気に距離を詰める。
驚き、一瞬の思考停止に陥っている二人。その隙で十分だ。
まずは班目さん。顎を打ち抜き、膝蹴りを鳩尾に。
「ぐぅっ!」
「あぁあああああ!」
もう一発。全力の右拳を放つ。胴体を抉る一撃。
「おのれ!」
柿本さんがすぐに俺に向かってくるが、体勢が崩れる。
重心が乗った方の足を狙った、結愛の狙撃。タイミングも完璧だ。俺が先に班目さんを潰すとわかっていたからこその一撃。
「くっ、萩野か。……見事」
側頭部に大振りの蹴り。これくらいの隙が無ければ、この二人には通用しない。
さて。
手早く拘束した二人を見下ろす。
何をしてくれたんだ、うちの相棒は。って、服燃えてるじゃん。やばっ。




