夜を駆ける。
「ははははは! もう終わりだ」
放たれる銃弾の雨。あちこちで火花を散らす。
「あー。くくくっ。あははははは!」
奴はマシンガンを捨てて、走り出す。
「! マズい!」
「先輩!」
結愛も構えるが、一瞬早く、俺が引き金を引いた。
気づいた時には、遅かった。構えた銃が、さっき、奪ったものだと。
放った弾丸は、きっちりと、奴の心臓を、打ち抜いていた。
仄かに感じた、一瞬の殺気に、一気に目が覚めた。くそっ、こんな時にうたた寝とは。
「先輩? 大丈夫ですよ、私が……うわっ」
咄嗟に結愛の頭を掴んで伏せた。さっきまで首が合ったところを、何かが通り抜けた。確認する余裕は無い。
俺が走り出すと同時に、結愛も続く。射線を遮るものを探す。
「先輩」
涙声で呼ばれる。
足音の速度が落ちた。無理矢理手を引いてペースを取り戻させる。
「話は後だ。まずは逃げるぞ」
班目さんはどこだ。仕掛けてくるか。どこから来るか。既に手は警棒の柄にかけられている。
いや、班目さん相手なら、素手のほうが良いか、いや、迷う暇はない。
手が解かれる。結愛は立ち止まった。
「何してるんだ。早くしろ」
「もう良いです。私が行けば済むのですから。先輩まで、道連れになること……無いじゃないですか」
「お前、この前言ったこと、もう忘れたのかよ」
「頼れって言うのですか? こんな状況でまで、適用しないでくださいよ。先輩まで、何があるか、わからないじゃないですか」
「そんなの、お前とここまで逃げて来た時点で、覚悟している」
「先輩でも、流石に無理ですよ。こんな状況。何で、何で、私なんかのために。私、失敗ばかりで……」
「やかましい! 泣き言も愚痴も、この事態が片付いたらいくらでも、何でも聞いてやる! 何でも言うこと聞いてやる! だから今は来い。先輩命令だ」
ったく、なんて表情をするんだよ。勝手に一人で諦めんなよ。
そんな泣きそうな表情をさせたくて、俺はこうしているんじゃあないんだよ。
もう振りほどけないよう、強く握る。痛いと言われようが、知ったことではない。最初から言うこと聞かないのが悪いんだ。
「お前が、諦めても、俺は諦めない。相棒なら付き合いやがれ! 後輩なら付いて来やがれ」
とにかく走る。人の多いところまで。
駅前はまだ人で賑わっていた。
駅前だと警察がパトロールしていたから、バスが出るギリギリまで公園にいようと判断したことを、少しだけ後悔した。あれは、柿本さんのテーザーガンか。射程は十メートルくらいの筈。夜なら奇襲に使える距離だろう。
肩で息をしながら振り返る。結愛は、さっきより少しだけマシな表情で、リュックから取り出したタオルで汗を拭いていた。
「あの、先輩」
「ん?」
「本当、ですか?」
「何が?」
「この事態が片付いたら、何でも聞いてくれるって」
「言ったことは守る」
「何でも言うことを聞くって」
「俺に可能なことならな」
「……先輩」
少しだけ潤んだ目が見上げてくる。
「私、一回、先輩を見捨てたようなものなんですよ」
「だからどうした。お前があの時見捨てたと言うなら、俺だって、相棒を置いて逃げたようなものだ」
「でも! ……でも……」
俯いて、躊躇いがちに、見上げてきて、目が合って。
俺は一つ頷いた。
大丈夫だと伝えたくて。
「……信じろ。俺は誰が敵になっても、お前の味方だ。裏切らない。
危なかったら助けてやる。楽しい時は一緒に笑ってやる。間違えたらデコピンして一緒に正して、迷惑かけた人に、一緒に謝ってやる」
見捨てない人が。一緒にいる人が、ここにいると、伝えたくて。
俺に前を向かせてくれた人がいた。絶対に見捨てなかった人がいた。
あぁそうだ。その人のためにも、俺は負けるわけにはいかない。
少しだけ見つめ合って。唇の端を吊り上げ、結愛は笑う。
「吐いた唾、飲み込めませんよ」
「当たり前だ」
「さて、それなら、早速ですが。一つ言うこと、聞いてもらう権利、行使させていただきましょう。良いですか?」
「こんなところで使うのかよ。ったく、なんだよ?」
「こちらから仕掛けましょう」
「は?」
「追われるの、やっぱり疲れますね。素晴らしいご褒美がある私は、今やる気が満点です。なので、早々にこの事態を片付けたいと考えています」
「それで、逆に仕掛けると? 相手は班目さんと柿本さん。特務分室最恐にして最強のコンビだぞ」
「あちらが最恐にして最強コンビなら、私たちは最高のコンビですよ。先輩」
人差し指が右頬に添えられ、クイっと持ち上げ、右目を瞑る。
「いけるのか?」
「相棒、ですから。とことん付き合いますよ」
初任務のことは、今でも覚えている。
初任務は、夜中に、宝石店を襲撃する計画を突き止めたので、それを阻止して来いというものだった。
いきなり施設に侵入するような任務は下されない。
「あたしより前に出るなよ。後ろをしっかり警戒しろ」
「はい」
不思議と、緊張は無い。
むしろ、高揚感すらあった。
正義の味方になれる。正しさを執行できることに、酔っていた。
「……来ましたね」
「あぁ」
路上の陰に隠れていた俺達は、バールを持った二人の男の後ろに移動する。
班目さんが指を三本立てて、順番に下ろしていく。
一撃。指を全部おろして次の一瞬、一人がアスファルトに膝を付いた。俺も一瞬遅れて、もう一人の鳩尾に蹴りを叩き込み、顎を打ち抜いて地面に転がす。
「良い手際だ」
音も無く現れた柿本さんの端的な賞賛。
「ありがとうございます」
「さて、我々の仕事は終わりだ」
「はい」
「柿本、珍しく喋るじゃん、新人がそんなに可愛いのかー?」
「引っ付くな」
それからも、半年ほど二人のもとで仕事した。
この二人は、お互いがお互いを強く信頼しているのが、ひしひしと伝わって来た。
「柿本さー、つまんない男だけどさ、それでも、あいつと組むのが一番落ち着くんだ。そういう相棒、見つかると良いな。史郎少年」
「はい」
それから、俺は結愛と出会った。




