炎天下の水辺。
「あのー、志保さん。すっごく機嫌が悪くないですか?」
萩野ちゃんが、妙なことを聞いてくる。
夏のプールに遊びに来て、機嫌が悪くなるって、そんなことがあるはずがない。
むしろ、機嫌が悪い。というか、調子が悪そうなのは萩野ちゃんの方だ。
「史郎さん達、どこに行ったのですかね」
「さぁ」
「ひぃっ」
「? どうかした? 萩野ちゃん」
「い、いえ」
顔を真っ青にして、ビーチボールを取り落とす。
具合でも悪いのだろう。
この暑さだ、多少体調を崩してもおかしくは無い。
しかし、本当に、史郎と奏ちゃん、どこに行ったのやら。
この人混みでは、探すのも苦労しそうだ。
「むぅ」
あぁ、本当だ、私は機嫌が悪いのかもしれない。
私が機嫌悪くするのはおかしい。
だって私は史郎を一度傷つけてしまったわけで。
奏ちゃんが史郎のことが好きで、史郎も奏ちゃんが好きなら。それを応援するならまだしも、邪魔立てする権利は無いわけで。
だから、今、私が、ここに来ているのがおかしいわけで。
私、周りの人、振り回してばかりだ。
嫌になる。周りの人を振り回して生きている自分に。
その優しさに、甘えることしかできない自分に。
私に優しくしないで、と言いたいのに。言えない。
優しくされても良いような人じゃないのに。
私は本当に、どうしようもない、地雷女だ。
「おっ、いたいた」
その声に振り返ると、史郎が、奏ちゃんを連れてこっちに来ていた。
「ビーチバレーか?」
「はい」
萩野ちゃんが、史郎に向けてボールを放つ。
「ほい!」
ボールは、私の方へ。
「……んっ!」
それを、奏ちゃんの方に。
「それ!」
そして、萩野ちゃんの方に戻っていく。
「もう一周!」
ボールのやり取りは、また続く。
あれ。
なんか、もやっとした部分が、スッキリした気がする。
照り付ける太陽は眩しさを増していく。
キラキラ光る水面、なんてものは人波に紛れて見えないが、代わりに遊んでいる子どもたちの眩しい笑顔が、照らしてくれる。
「ねぇ史郎」
「ん?」
すれ違う人が、ちらりと一瞬見てしまう、そんな美人は、ワクワクした顔で、時折時計を見やる。
流れるプールにおける遊びで、思いつくものの上位の方に恐らく食い込むであろう物の一つ、鬼ごっこ。
まぁ、こんな人混みの中でまともにできるかと言われると、首を捻るところだが、俺達は敢行した。
「……やはは、何でもない」
「なんだよ」
誤魔化すように笑う志保は、きょろきょろと辺りを見渡す。
鬼は俺と志保。残り二人は今逃げてるところだ。
あと一分で追跡開始。五分逃げ切ったら、子の勝ち。鬼ごっこで、逃げる側が「子」というのは、最近知った。
正直、俺が鬼になった時点で、勝負は見えているが。
「奏ちゃん、可愛いよね」
「今度は急にどうした」
「可愛いよね」
可愛いかと言われたら、そうだが。
意図が見えない。
からかっているだけ、だと思うが、どうにも腑に落ちない。
声から感じる雰囲気というのだろうか。それが違う気がする。
「萩野ちゃんも、可愛いよね。史郎の周り、可愛い女の子ばっかり。あっ、奏ちゃんの妹ちゃん達も」
「何が言いたい」
「だから、史郎の周り、可愛い女の子ばっかりって」
「まぁ」
志保も、美人だし。言わないけど。
しかし、結局、女子高生三人に囲まれる男子一人になっているな。別に良いけど。
「どれ、そろそろか」
「そうだね」
「さぁ、始めようか」
小柄な二人だ。見つけるのは苦労するだろうが、まぁ、いけるだろ。
「史郎、どこか中二病っぽいの、治って無いんだ」
「やかましい」
奏を見つけ、潜る。行くぞ。
足と足の間を素早くすり抜ける。
なるべく底を進んでいく。
よし、ここだな。急浮上!
「よっ」
「ちょっ、ちょっと待って、何で、何で!」
「大人しくしろ、御用だ」
奏の肩に手をかける。
むっ……。
『奏ちゃん、可愛いよね』
志保の言葉が、頭にちらついた。
というわけで、プールの上り口に連行。全員捕まるか、結愛が残り三分逃げ切るまで待機だ。
「どこから湧いたの」
「潜水して近づいただけだ」
「この人混みで?」
「できなくはない。積極的にやりたくはないが」
触れないように泳ぐのは難しいのだ。
「悔しい。というか、ズルい」
まぁ、奏、ちょくちょく体の向きを変えていたから、確認はしていたのだろう。
下から来るなんて、この状況では考えないはず。まぁ、だからやったのだが。
「それじゃあ、待ってろよ。すぐに捕まえてくるから」
「うん」
さて……あぁ、あそこか。志保が既に追いかけているな。
「こら、史郎君。潜水すればバレないからって、逆走禁止」
「……うっす」
考えたことが一瞬で見抜かれた。流石、奏だ。
「じゃーんけーん」
はい、また鬼です。
そろそろ、日差しも和らいできた。
流れるプールの良い所は、常に水が循環しているから、綺麗でぬるくない水が保たれることだ。プール、意外と遊べるものだな。
「史郎君、頑張ろうね」
「あぁ」
さて……。
「そういえばさ、志保さんのこと、ずっとちらちら見ているような……」
「何のことだ」
「綺麗だよねぇ、志保さん」
「まぁ」
「あっ、認めた」
事実だし。仕方がないだろ。
奏も綺麗だけどさ。
「萩野ちゃんのことも、チラチラ見てるよね」
「だったらどうした」
「可愛いよねぇ、萩野ちゃん。肌も綺麗だし。羨ましいなぁ」
と言っている奏も、負けず劣らずだと思うぞ。
言わないけど。
「史郎君、私のことも見てよ」
「……見てるよ」
「知ってる」
「おい!」
「ふふっ。さーて、そろそろ探そうかなー」
「ったく」
水に体を浸す。
さーてと。行きますかね。
「……またですか」
「またです」
「班目さんを思い出しますよ。本当」
「まぁ、参考にしてるからな」
水の中での体の使い方とか。直接習ったこともあった。
結愛はさっさと水から上がる。
「多分すぐ終わるでしょう」
「まぁな」
「あっ、逆走は駄目です」
「わかっているって」
さて、あとは志保か。
そして、三回目。
俺は、じゃんけんが弱い。
「……私たちなら、すぐに終わってしまいますね」
「だな」
「楽しいですか?」
「まぁ。お前は?」
結愛は、静かに、プールで遊ぶ人たちに目を向ける。
「楽しそうですね、皆さん」
「答えになってないぞ」
「先輩も。『まぁ』で答えたつもりになっているなら、少しばかりコミュニケーションに難ありと、人事に書かれそうです」
「言うじゃないか」
「まぁ」
「おい」
「えへへ」
顔を綻ばせ、結愛はツンツンと脇腹を突く。
「……鍛えられてますね。しっかりと。動きを見ていてもわかりましたが、二年で身体能力が鈍らないって、どうなのですかね」
「さぁ。鈍らないに越したことないだろ」
「それはそうなのですが。ところで先輩。今まさに逃走中の二人の水着、どちらが良いと思いますか?」
「お前も言うか!」
「理想と言っても過言ではない美を発揮する志保さん、大人しい雰囲気から滲み出る小悪魔な雰囲気と、予
想外のスタイルを発揮する奏さん」
夏の暑さで脳みそ溶けてるんじゃないか。
「じゃあお前は、幼さの中に感じる美とでも言うか?」
「お、幼い……そうですか、幼い、ですか。あーでも、美。美しい、ですか?」
「可愛らしいと綺麗を同時に表現できる言葉が浮かばなくてな」
「綺麗、ですか? 私」
「まぁ」
「その『まぁ』は、嬉しいですね」
「さいで」
結愛が、一歩だけ身を寄せた。
「あの、先輩」
「なんだ?」
「……なんでも、ありません」
「おいこら」
志保と同じパターンかよ。
言いたいけど、言いづらいことがある。そんな顔。
「すいません」
「いや、別に良いけどさ」
「……私、ちゃんと仕事、できてますか?」
「できてるだろ」
「……そう、ですか?」
「結果的に、ほら」
俺は、プールの横に膝を付き、今まさにそこを通り抜けようとした、無警戒なのか、からかいに来たのかわからないその子の肩に、ポンと手を置いた。
「はい、確保」
「ありゃま」
結愛に目を向ける。
小さく笑って、頷いた。
「そうですね」




