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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私が幸せにします。

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水辺に咲く。

 告白をする時、今まで積み重ねてきた関係を、全て賭けなければいけない。何て理不尽が発生してしまう。

 多くの恋する男女は、恋人になるイニシエーションとして、今までの時間を全てぶん投げる覚悟を決めなければならないのが現状。

 俺は、奏との関係を、終わらせたくない。

 もし、奏の告白を断ってしまったら、関係、終わってしまうのだろうか。

 だったら、受け入れた方が、良いのだろうか。そんな中途半端な気持ちで、受け入れて良いのだろうか。

 今の俺に、恋人としての接し方はできるのだろうか。できなくても、多分奏は許してくれる。

 奏なら、とは思うけど。でも、絶対の関係なんて無い。と心が囁くんだ。


「史郎君。凄い考え事してるね」


 誰かが目の前に立った気配を察知して目を開けたら、奏が下から覗き込むように立っていた。


「待たせてごめんね」

「いや、良い。女子は準備に時間かかるんだろ。知ってる」

「ふふっ。それで、どうかな?」


 白のTシャツタイプのラッシュガードを着ているのだが、水着だと思うと、なんか、心臓がざわつく。

 何というか。普段見慣れた人なのに、凄い新鮮だ。

 Tシャツの下が水着なんて、普段着の中に下着を着ているのと、大して変わらないのに。

 上手く感想が浮かばない。奏を待っている間に行っていた熟考を引きずってしまっている。


「あー。似合ってるよ」

「……本心、だね。良かった」

「人の心をさらっと読まないでくれ」

「わかりやすいもん。史郎君。ねぇ、ラッシュガード、脱いだ方が良い?」

「んぐっ」


 と、とんでもないこと聞いてくるな……。

 あまり意識していないが、奏はスタイルが良い。

 今この関係で、それを解放されたら、中途半端な気持ちのまま、ころっと奏に、付き合おうとか言ってしまいそうだ。


「見たくないの?」

「聞くな」


 だが、奏にはもう見透かされているようで、にんまりと口が弧を描く。


「じゃあ、家に帰ったら見たい?」

「うぐっ」


 とんでもないこと聞いてくるな、この人。


「プールで他の男に見られるの、嫌とか? はっきり答えないのってそういうことなのかなーって」


 間違ってはいない。決して、間違ってはいないのだ。

 くそっ、奏のこのからかってくる感じ、慣れない。


「ちょんちょん。ちょいちょい」

「うひゃっ」


 背中を突然襲ったくすぐったい感触に飛び跳ねた。敵意を感じなかったから気づかなかった。


「やはは。面白い反応だね。史郎」

「し、志保。何で?」

「んー。萩野ちゃんから、史郎と奏ちゃんがプールに行くみたいだって聞いて、来ちゃった」 


 黒いビキニに白のパーカータイプのラッシュガード。堂々とした立ち姿。

 志保の持てる美を解放した姿と言えよう。


「あっ、史郎の黒パーカー。使ってくれたんだね」

「まぁな」


 付き合っている時、一緒に買った物だ。捨てるのも勿体ないし、着てみたら入ったから、使うことにした。

カップルは別れた時、思い出の品。プレゼント類とかも全て捨てることがあると聞くが。俺はそうしなかった。できなかった。

 目で探してみると、プールサイドのテントの下に、ピンクのワンビースタイプの水着を着た結愛が見えた。

 巨大な流れるプールを中心に、小さなプールが点在。ウォータースライダーは三種類。

 さらにリラックスゾーンとして、水着のまま入れるお風呂やサウナもあり、室内温水プールもある。

 そんな大きな施設の流れるプールは、人で埋め尽くされ、泳ぐことが可能なのか、疑わしいところであった。

 その光景を横目に、結愛の方へ。


「どういうつもりだ?」

「志保さんが宿題を頑張ったということで、ご褒美が欲しいということで」

「こんな人混みだぜ」

「護衛のしやすさを理由に家から出さないのも、怠けているだけなのでは、なんて思いまして」

「ふーん」

「なんですか?」

「いや、なんか、結愛らしくないけど、好きな考え方だなって」


 少なくとも、俺が組織にいた頃の結愛なら、連れてくることを考えすらしなかったと思う。


「……コホン。それに、先輩に会いたかったですし」

「俺と会う必要あるのか? お前」


 そう言うと、結愛はきょとんと首を傾げる。


「先輩は、私と会いたくないですか?」

「その聞き方はズルいな」


 会いたくないとか、言うわけないし、思うわけがないじゃないか。

 俺の、そのちょっとした戸惑いに、結愛は少しだけ口元を緩ませた。

 でも、少し、ほんの少し、調子が違う気がする。


「なんかあったのか? ……班目さん達に何か言われたとか?」

「何でそう思うのですか?」

「何となくだよ。回収した例の薬、届ける時に」


 あの任務に班目さん達が来ていたのなら、結愛が回収した薬を預けるとすれば、あの二人だ。

 あの二人は、俺と結愛の教育係でもあった。今は大っぴらに接触できないが、組織にいた頃は色々と教えてもらっていた。

 結愛が目を伏せる。えっと……。


「そういえばあれ、未完成品らしいぜ。効果が切れる度に飲ませる必要があるとか」


 慌てて話題を変える。次に顔を上げた結愛はいつも通り、どこか人懐っこさを感じさせる表情になっていた。


「あぁ……それって、本当に未完成なのですかね?」

「なんで?」

「少なくとも、効果がある間は、その人のことが魅力的に見えるのですよね?」

「そうなんじゃないか?」 

「なら、それが繰り返されれば、その人を魅力的に感じることが刷り込まれて、気がつけば、本当の気持ちになっている。ってあると思いませんか?」

「……その発想は無かったな。それが本当なら、倦怠期対策とか、浮気、不倫への対抗手段とかに使えそうだよな」

「そうですね。欲しがる人、多そうです」


 だとすれば、確かに、完璧な惚れ薬だ。最後には、薬が無くとも、その人に恋しているなら。

 しかし、やっぱり、どこかおかしい。

 なんか、こっちまで調子が狂うな。

 思い出すのは、まだバディを組んだ頃。任務の度に震えていた頃の結愛だ。


「しーろーうっ! ウォータースライダー行ってみない?」


 どんと腕に衝撃。妙にテンションの高い志保だ。


「腕に抱き着くな。腕に。暑苦しい」

「良いじゃん。ほら行こっ」


 そのままずるずると連行されていく。無闇に抵抗するものでもないと思うし。まぁ良いや。

 男が近くに居れば、変な奴も声をかけ辛いだろう。

 炎天下、目の前にそびえ立つ長い行列にげんなりしながら思う。

 やっぱり、夏のプールに遊びに来るものでは無いと。

 



 「はいっ、史郎。お弁当~」

「さ、サンキュ」


 プール側が設定した休憩時間に従い、テントの下。

差し出された弁当箱の中には色とりどりのサンドイッチがずらっと並んでいる。

 突発的なお出かけだったから昼食のことを、俺も奏も考えていなかった。適当に売店で買えば良いや程度の認識。

 けれど流石は夏休み。見事な行列だ。 

 元々俺達がいるのをわかっていたという志保と結愛は、四人分用意してきてくれた。ご相伴に預かる。


「……奏、どうかしたか?」

「? 何でもないよ」

「そうか」


 少しだけ、様子がおかしい気がした。

 ここに来るまでは、上機嫌だった気がする。

 いや、そんなの、決まっているじゃないか。俺は鈍感系主人公ではない。

 あんなに真っ直ぐな告白をされておいて。不機嫌になる理由に、少しも心当たりがないとか、それはもう考えるのを放棄しているとしか思えない。


「あー、奏。午後、どこ回る? サウナとか、行ってみるか?」

「史郎君、だよね?」

「なぜそこで本人確認が入る」

「えっ、だって……」


 もじもじと俯いてしまう。


「史郎君、そんな気の利いたこと、言えないもん」

「なんだと……ったく」


 立ち上がる。


「史郎、どっか行くの?」

「あぁ。ちょっと見て回ってみるよ」


 歩き出す。奏がついてきているのを確認して、屋内のサウナに。

 このくそ暑い中、わざわざサウナに入る物好きはいないみたいだ。

 サウナ、結構好きなんだけどな。運動した後とか、良いのに。

 探るような視線を感じる。

 息を一つ吐いて、正直になることにした。


「俺の記憶違いとか、勘違いとか、ドッキリでもない限り、俺に告って来ただろ」

「う、うん」

「なら、意識くらいする」

「……ふふっ。……大好き」

「……急に耳元で囁くな」

「照れてる照れてる」

「照れるよ」

「開き直っちゃって」


 すっかり機嫌を直した奏は、足をパタパタと動かして。


「史郎君ってさ」

「何?」

「例えば萩野さんのこと、どう思ってるの?」

「後輩」

「どういう後輩?」

「頼りになる後輩」

「ふーん。志保さんは?」

「……わからね」

「そっか……」


 質問の意図は何となくだがわかる。

 俺が誰に気持ちが傾いているか、だろう。

 考えてみる。

 奏と付き合ったら。きっと楽しい。確認するまでも無いこと。

 一緒にいることが日常で。その日常が、さらに楽しくなる。幸せになる。

 思い浮かべるだけで、眩しいくらいだ。じんわりと、胸が温かくなるんだ。


「史郎君?」

「あぁ、いや。何でもない……ちょっ」


 肩に触れた感触と重み。奏が、寄りかかっていた。


「あの、この暑い空間で?」

「駄目?」

「いや、駄目じゃ無いけど」

「なら良いじゃん。大好きだからくっつきたいの」


 たったの四文字で構成された言葉。 

 ただそれだけなのに、それだけ、なのに。


「ったく」


 俺からは何もできない。

 タガが一つ外れれば、この中途半端な気持ちのまま、走り始めてしまう。

 でも、確かめたい。

 俺はまた、恋ができるのか。

 まだ残っている、振られる感触。

 寒くて、痛くて。


「恋って何だろうな」

「史郎君も知っている筈だけど」

「もうわからない」

「そっか」

「何で、俺のこと、好きになったんだ?」

「理由なんて無いよ。気がついたら好きだった」

「実感した瞬間、あるはずだろ」

「きっかけを聞いてるとしたら、答えは『気がついたら』だし、そのままの意味に対して答えるなら、答えは、『いつも』、かな。ふとした時、やっぱり好きだなーってなる。他に質問は?」

「無い。俺の心臓を労わりたい」


 恋って、何だろう。

 俺は、こんなにも真っ直ぐに、恋していたのだろうか。 

 こんなにも全力で、気持ちをぶつけていただろうか。

 奏を泣かせるつもりなんて無い。でも、俺はできた人間ではない。

 好きになる努力をする。なんて奏は望んでいないだろう。お情けで告白OKしないで、とか言ってきそうだ。 

 どうしたら良いかわからないけど。ちゃんと生きる。それくらいしか思いつかなかった。



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