夏はまだ続く。
階段の一番上、その直前で、すぐに身を隠した。
「好きです。付き合ってください」
そう聞こえたから。足音忍ばせておいて良かったと思う。
「ごめん。今、付き合うとか、そういうこと、考えられないんだ。君が悪いわけじゃなくて、僕の問題だから」
用意していた答えなのか、霧島は悩むことなく、そう答えた。
夜の神社、人気は無い。
暗闇の中、隣で息を潜める結愛の呼吸の音が微かに聞こえる。
志保達は、どこだろう。
……そうか、告白、できたのか。
「史郎」
「あぁ、いたんだ」
茂みの中から、志保と奏が出てきた。
「駄目だったね」
「みたいだな」
惚れ薬がいらなくなる状況を作る。やはり難易度、高かったみたいだ。
霧島のスマホに電話をかける。
「もしもし、神社着いたけど。境内?」
『あぁ』
「わかった。今行く」
これですぐに合流できるだろう。
作戦はほぼ振り出しか。
何より気まずい。自分の都合で無責任に、勝手にセッティングした。それが俺達のやったこと。恨まれても仕方ない。そう思う。
「……ありがとう。朝倉さん」
「どいたま」
ん? 志保に、お礼?
ちらりと志保を見ると、わかりやすくドヤ顔を見せた。
「久遠さんも」
「私は、何もしてないから」
夜中。私は一人、ホテルを抜け出して、組織の構成員として動く。
私が姿を見せると、後部座席の扉が自動で開き、中に入る。
「やぁ、結愛お嬢」
「班目さん、今回はありがとうございました。これが例の物です」
「了解。確かに預かった……ふーん。これが」
長身の、すらりとしたスタイルの女性。班目さん。中身を確かめ、興味深げにいくつかの小袋に入った粉薬を眺めて、鞄に仕舞う。
渡したのは例の惚れ薬。奈良崎さんが志保さんに、それを私が預かった。
「楽な仕事だったね。けれど、監視としての自覚が足りてない。とは思ったね。お嬢様にあっさり抜け出されて」
容赦のない人だ。相変わらず。ミスしたのは本当だから、反論も何もありはしないけど。
「史郎少年もだね。あの人混みを利用する、までは良かったけど、自分まで逸れてどうするのやら。結果的には上手くいったかもしれないけど。相変わらず、過程が滅茶苦茶だね、あんたたちは」
ちらりと助手席を見る。
長身の男性、柿本さんが、静かに腕を組んでいた。
この季節なのに。ニット帽を被り、サングラスをかけ、皮のジャケットを着こんでいる。
「あたしらが来て正解だったよ」
「そうですね」
「この任務に就いてから、ミスが続き過ぎじゃないか?」
「はい。気をつけます」
ポンと肩に手を置いて、降りるように合図。それに従う。
私が降りると、すぐに車は発進した。
「帰らなきゃ」
少し、予定より時間がオーバーしてる。急ごう。
任務は完了。一応の憂いは、これで無くなった。
合理的な私が囁く。このままで良いのかと。
「なぁ、志保。何をしたんだ?」
次の日の朝食の席。一人座る志保の目の前に座った。
奈良崎は薬を志保に返したらしい。既に結愛によってそれは組織に提出されている。
「史郎はさ、何で私に告白できたの?」
「んぐっ。それ、今聞くか?」
「良いから、聞かせて?」
「……直前まで、踏ん切りつかなかったけどさ。奏が見ててくれたんだよ」
図書室の奥。そこで俺は志保に告白した。
奏が、本を読むふりをして、見ていてくれた。できませんでした、なんて言えない状況だった。だから、言えた。
「小学生の女子とかよくあるよね。告白なのに、友達引き連れてきちゃう奴。あれだよ」
「つまりなんだ? 見てるぞ、って?」
「そう。奏ちゃんと一緒に、見てるぞーって」
「送ったんだ」
「うん。あとは、告白チャンスは、今だよって。多分、本当は私たちも出て行って、断り切れない空気を作るのが正解だったと思うけどさ。それは断られちゃった。やはは。あと、もう一つアドバイスした」
「何?」
「ストレートに。長々と理由を述べずに、気持ちを真っ直ぐにぶつけよう。って」
「なるほどな……ん? 奏ちゃん?」
「やははのは」
俺が知らない間に、何かがあったらしい。
まぁ良いけど。
霧島を何となく探してみると、奈良崎が丁度、霧島の目の前に座るところだった。
佐藤がそれを見守って、自分は友達のところに座る。
ここら辺に関しては、俺も結愛も、手を出せない部分。奏でも難しい。
ただ、やはり、関係を簡単に壊したいと思う人の方が少ないようで。
でも、何十人も、一つの建物で共同生活をして、関係がほとんど変わらない。何てことはそう無いだろう。傍から見ている俺達では気づかない変化が、良いにしろ悪いにしろ、きっとあるだろう。
夏休みはまだ終わらない。密に一緒に過ごす期間と同じく。強制的に疎遠になる期間もまた、人の関係に変化が起きる要素でもある。
夏休みはまだ終わらない。
あっという間なようで、カレンダーを見れば、やたらと長い休みは、終わらない。
雰囲気づくりなのか、暗い会議室。
特務分室室長、萩野は、部屋の中央に立つ二人に、淡々と告げる。
「班目、柿本。お前たちに新しい任務だ。この間の件から間は少ないが、お前たちが最も適任だと判断された。ここに呼ばれた意味、お前達ならわかるだろ」
ここは、裏警察のトップ。『ブレイン』のみが使える会議室。
「嫌な任務、だな」
苦々しい顔で、班目は呻く。
「あぁ。マル秘だ。ターゲットはこいつだ。おまけでこっちも。こちらの準備が整い次第開始、それまで待機だ。詳細は追って通達する」
投げ渡された二枚の写真を受け取り、一目見て。
「なるほどね。まぁ、あたしたちだな、これは。行くよ、柿本」
「お、おい。話は終わりだが、勝手に出て行くな」
室長の叫び虚しく。二人は会議室から出て行く。
「クックックッ。何でまぁ、特務の連中は、優秀な奴ほど言うこと聞かないのやら」
「ハハッ。違いない」
諜報捜査室。実戦急襲室の室長の二人が、呆れたように笑う。
「あんたたちのところのように、淡々と命令にだけ従うようじゃ、生き残れねぇからだよ」
二人が皮肉った性質を、萩野は、むしろ良い性質だと考えている。
いざという時、独断で大胆で確実な手を打つには、必要な性質だと。
「しかしまぁ、例の薬、面倒なことになりましたなぁ」
「効果を聞けば、試したくなるというのも、理解はできる」
「諜報捜査室が言うと冗談に聞こえないな。だが、良いのか、萩野。お前のところで一番優秀なペアだろ。二番手は長期の護衛だ」
「我々が目指すのは正義だ。妥協は許されない」
萩野がちらりと見たのは、先ほどから一言も発さない、九重総監。裏警察のボス。
「何か言うことは無いのかい?」
「無いな。任せる。萩野の言う通り、妥協は許さない。それだけだ」
そう言って、扉の向こうに消える。
「やれやれ。解散か」
その一言を合図に、各部署のトップは、それぞれの持ち場に帰って行った。




