友達。
この人と二人きりになるとは。
隣に立つ女の子の顔は、本当に綺麗だ。
未だに史郎君が気にしてしまうのは、わかる気がする。
思わず憧れて、嫉妬してしまうくらい。
朝倉志保さん。史郎君とはぐれてすぐ、目の前に現れた知り合いと一緒に行動するのは、当然の選択と言えよう。
「そんなに人の顔見て。何か付いてる?」
「な、何でもないよ」
そっちの性格できますか……。
この間までは親し気にニコニコしていたのに。
……史郎君と何かあったな。
「そう」
短く答えて、興味なさげに人の流れを眺め始める。
どうにか人混みから脱出したものの。どうしたものか。
史郎君からメッセージは来たが、特徴ある建物は見当たらない。
「少し移動した方が良いかも」
「……それは、史郎からの指示?」
「史郎君からの指示を実行するための提案」
「そう。どうしたら良い?」
「えっと、どこか、わかりやすい建物がある所に行きたい、かな?」
「そう……」
きょろきょろと辺りを見回し始める。
「あそこ、神社があるみたい。そこで良いかな」
「良いかも」
二人で再び、人混みに挑む。
人混みが好きな人なんて、そうそういないと思うけど、史郎君は特に人混みは嫌いだ。
休日に出かけるのを渋るのも、そこに理由がある。
「神社に向かいます。っと」
「史郎に送ったの?」
「うん」
「良いな」
「何が?」
「史郎に頼りにされている。久遠ちゃんも、萩野ちゃんも、史郎に頼りにされる」
「そ、そうかな?」
「うん。私だけ、頼られたことない。史郎にとって重要な場面で、頼られてない」
「えーっと?」
それを言うなら、私だって、朝倉さんが羨ましい。
未だに、彼の心の中に居座る、あなたが羨ましい。
史郎に気持ちを向けられ続けている、あなたが羨ましい。
人混みを突破、神社に続く階段を上っていく、
木々に囲まれた階段。人がいなくなり、喧騒は遠くなる。
「久遠ちゃんは知っているでしょ。史郎がどんな仕事をしているか」
「仕事? うちの高校、バイト駄目だよね」
「……とぼけなくて良いし。隠さなくて良い。私は気づいてる。史郎が萩野ちゃんと同じ立場であること。それを、久遠ちゃんが知っていること」
心臓がキュッと縮んだ。咄嗟に言葉が思いつかなくて、黙り込んでしまう。
「その沈黙は肯定かな、肯定だね。久遠ちゃん。久遠奏ちゃん」
「……どうしてそう思ったの?」
「簡単だよ。史郎が萩野ちゃんと息が合い過ぎていること。萩野ちゃんが私の護衛であること。久遠ちゃんに対して、史郎がかなり気を許していること」
「それだけ?」
「あとは文化祭の時、久遠ちゃん、効率悪かったよね、出し物決めるの。そして、史郎の提案をそのまま採用する形で決めてた」
「……決定的な物証、無いじゃん」
「それ、自白しているようなものだと思うけど」
「えっ。そんな……」
「ほら。鎌をかけただけなのに」
「あっ」
「やはは。残念。あの二人の前では、気づいてない振り、続けるけどさ。良かった、確信持てて。萩野ちゃん、全然吐いてくれないんだもん」
「……そりゃそうでしょ」
どうしよう……史郎君に怒られるかな。
……史郎君なら、どう判断するかな、この場合。
朝倉さんに、そのまま隠させることを、選びそうな気がする。
「……私も黙っとく。と言いたいけど、聞かれてるんじゃないの?」
「リアルタイムで盗み聞ける盗聴器って、使い勝手悪くてさ。百メートルから二百メートルが限度なんだよね。そんな距離だったら、萩野ちゃんならとっくに合流してる。それに今、そもそも盗聴器付けてないし」
「そうなんだ」
「ねぇ、そんなことより久遠ちゃん。もう一つ質問。何であの二人が、霧島君と奈良崎さん、くっつけようとしていると思う?」
「えっ……その必要がある、仕事で」
「そっか、そこまで教えられてないんだ」
「ん? 朝倉さんは、知ってるの?」
「大体は。でも、そこまでは教えられないかな。でもね、久遠ちゃん、私は羨ましい。これは私も……私の家が関わっていることなのに、私は何も言われず、久遠ちゃん……奏ちゃんが頼られた。羨ましい」
石の階段を一段一段。草の匂い、少し涼しい風が木々を揺らす。
少しだけ、ムカついた。
「結局、朝倉さんのためだったんだ」
「ん?」
もちろん。だからって、手を抜く気は無い。まだ何かやらなきゃいけないことがあるなら、手を貸すつもりだ。
「史郎君、だもんね」
「何が?」
「史郎君はきっと手を抜かないもん。私も手を抜けないよ」
朝倉さんは静かな目で私を見る。
「私も羨ましいよ。今の史郎君はきっと、結局は朝倉さんのためだもん」
「……そうかも。私がこんな立場だから」
手のひらに自分の爪が食い込んで、痛かった。
何が違ったのだろう。
私と朝倉さんは、何が違ったのだろう。
こんなに好きなんだから、少しくらい、応えてくれたって、良いじゃなか。
なんで、朝倉さんなのだろう。
「羨ましいよ。朝倉さんが」
だから私は、守られる朝倉さんとは違う。何て思ったけど。
私に、そんな力は無かった。こんな私を史郎君は、守ると言ってくれた。
「ん。ありがと。奏ちゃん」
「んん?」
「本音、聞けて嬉しい。私のことは志保って呼んで」
「えーっと」
「何を驚いてるの? 私、これでも奏ちゃんのこと、少し信じようって思ったのだけど」
澄んだ目が私を見つめた。
信じよう、か。
今の話で、何でそう思ったのかはわからない。
でも、それを素直に嬉しい、そう思う自分がいた。
史郎君の好きな人に、一歩近づけた気がしたから。
「……志保さん」
「まぁ、最初はそれで、良いかな」
そう呟くように言って、ずんずんと進んでいく。
私は、何で。
今更欲しくなったのだろうか、友達を。気が許せる人を。対等の関係でいられる人を。
胸の奥を、縫い針で突かれるようなちょっとした痛みが続いている。
史郎から、何も求められなかったことが、ショックだったのだろうか。
いや、ショックだった。
私と史郎は、対等では無かった。
私と、同じことを望む人がいる。
私に、本音をぶつけてくれる人がいる。
「志保さん」
呼ばれた声に、振り返らない。心にまで響く声。振り返りたくない。
多分、今振り返ったら、嬉しいのが、バレちゃうから。
「まぁ、最初はそれで、良いかな」
強がりを返して歩いていく。
羨ましい。
史郎君に頼られる奏ちゃんが、羨ましい。
そんな嫉妬を抱いたまま、友達出来るかな。私。
そもそも、友達になった、ってことで良いのかな。なんて思ってしまうんだ。
階段を上っていく。
その先。私は立ち止まって、奏ちゃんにも手で止まるよう合図する。
「しーっ」
そう言うと、唇に人差し指を立てて頷く。可愛いな、奏ちゃん。
何を見たか。霧島君と奈良崎さんがいた。ただそれだけ。
それは、史郎たちが今まさにどうにかしようとしていること。
「何ができるかな……」
二人はスマホの画面を見ながら何かを話している。
史郎はきっと、これ以上は何もできない。そう考えていると思う。
後ろの奏ちゃんもそうだ。きっと、萩野ちゃんも。
でも、私は思うんだ。
なんで史郎は、何もできないなんて思ったのか。
私に告白をした史郎が、なんで何もできない、なんて思うんだ。
見てて、史郎。
史郎が私にしてくれたことだよ。
中学二年の秋のこと。夕方の図書室。その奥で、史郎は真剣な目をしていた。
本棚の陰に誰かがいる。彼の幼馴染の久遠奏ちゃんだとすぐにわかった。彼を見守っているのだろう。彼女のことは、その当時、一方的に知っていた。
「正直に言う。回りくどい言葉なんて浮かばない。朝倉志保。俺は、君が好きだ」
この言葉を貰うのは、初めてではない。色んな人からもらったことがある。
「何で?」
だから、私は落ち着いて、そう返した。
「あー。これもまた正直に言おう。一緒にいて楽しくて、魅力的だから」
嘘じゃないのはわかった。そして、嬉しかった。
長々と理由を並べられるよりも、ずっと信じられて、嬉しかった。
私だけでは無かった、一緒に過ごした時間を、楽しいと思っていたのは。




