合理と感情。
「なぁ、霧島」
「何かな?」
朝食。
この合宿の朝食はバイキング形式で席は自由。
俺は霧島の前に座った。霧島の近くに座ろうとしていた面々が少し戸惑いながら、離れたところに座る。
俺のクラス内評価は、相変わらず微妙みたいだ。好都合だが。
「恋人とかいたことあるか」
「あるわけなかろう」
「あぁ、まぁ」
「なんだ? 恋愛相談は残念ながら一般論を独自解釈したものしか、返すことは出来ないぞ」
「ああ、そう。なぁ、告白されたら、どうしたら良いと思う?」
「告白、か」
顎に手を当て、何やら考え始める。
「されたのか?」
「まぁ」
嘘ではない。
霧島のニヤリとした顔が腹立つが。
「まぁ、君の場合は時間の問題だと思っていたが」
「うるさい。さっさと答えろ」
ジャムを塗ったパンを一口。勿体ぶるようにコーヒーを一口。
さらに、ベーコンエッグのベーコンを無駄に優雅にナイフとフォークで食べて。
コーンスープを一口。
「いや、溜めるにしてもなげぇよ」
「あまりに馬鹿げた質問でな」
「なんだと」
「そんなもの、決まっているだろ」
「おう、言ってみろよ」
「君が、その子のこと、好きかどうか。それだけだ」
「お前からそういう一般論ぶつけられると腹立つな」
「ふっ」
苛立ち混じりにご飯を明太子で掻き込む。
「君は和食派かい?」
「別に。たまたまだ」
有力な情報は引き出せないか。
これ以上問い詰めても、怪しまれるだけか……。いや、既に怪しまれている可能性もあるが。
賭けか。結局は。
「そういえばお前、今日夏祭り行くのか?」
「僕が? 夏祭り? 行くわけなかろう。部活の連中に誘われはしたが、優等生の仮面というのは便利なものでな、勉強すると言ったら、笑いながら解放してくれたよ」
「だろうな。お前は」
とことん難易度を跳ね上げていくな。お前。
「逆に聞くが、君は行くのかい? 護衛、難しいと思うが」
最後の部分だけ声をしっかり小さくしてくる、霧島の細かな気づかい。
「知らねぇよ」
うめぇ。朝食、うめぇ。昨日の夕食も美味かったなぁ。
志保もご満悦だったなぁ。
考えるべきことから目を逸らすのはここまで。
こうなったら。
「俺と行くのはどうだ?」
「ふむ……」
デザートのフルーツを。リンゴ、バナナ、と食べて。リンゴジュースを一口飲んで。
コーヒーの香りを確認して、一口飲んで目を閉じてじっくり味わって。
「良いだろう。行こう」
「無駄に溜めんなよ。人をイラつかせる達人か」
まぁ良い。ここまでは順調だ。誘えるのは、確信していた。
今現在、霧島は奈良崎に狙われていると認識している。
そのことを、俺と結愛が調べていることも、わかっている。
なら、俺から情報を引き出す機会を欲しがるのも、当然だろう。
「史郎。私はどうしたら良い?」
「いや、特に無いが」
むしろ志保が出てきたら、事態がややこしくなる気がする。
奈良崎とわだかまりがある以上。関わっていることすら、匂わせてはいけないだろう。
昼食終わりの、一時間の昼休み。先生方は昼寝を推奨している。
廊下の自販機の前のソファー。最近大体ここで過ごしているな。そこで結愛を待っていたら、志保が来た。
「史郎」
「ん?」
胸倉を掴まれ引き寄せられる。
予想外の行動に、予想以上の力の強さに、完全に反応が遅れた。
「な、なんだよ」
「史郎君。私たちは、何?」
「何、とは」
「ごめん、おかしな質問だった」
「あぁ」
志保から感じる圧力は、まさに昨日、感じたもので。
奈良崎はこれを至近距離で向けられていたのか。と、少しだけ同情した。
「私には、頭がある。手もある、足もある。全部やってもらわなきゃいけないほど弱くないし、全部任せてしまって何も思わないほど、心が無いわけじゃない」
「……そうだな」
「史郎君は、私にとてもよくしてくれた」
「それは……」
「でも、もっと私を、ちゃんと一人の人間として扱って欲しかった。
いつも私に気を使って、私の顔色窺って、私を優先してくれて。危ないところからすぐに遠ざけて。でもそれって、対等な関係なのかな?」
志保の手に、力が籠る。
「大人と子ども……下手したら、ペットと飼い主だよ」
目を、逸らしてしまった。
もう俺には、どうしたら良いかわからない。
情けない話だ。志保の腕を振りほどくことなんて、簡単だ。でも、迷っている。
静かな廊下。三日目ともなれば、みんな疲れたのだろう。ベッドで休んでいるのだろう。
結愛が、やけに遅い。
誰かが来てくれれば、こんな状況はすぐに崩れてしまう。でも、来ない。
「史郎」
静かな、澄んだ声だ。
答えを、出さなければならないのか。今。
「俺は……」
声が出ない。
また、俺は何も言えないままなのか。
何も変わっていない。何も成長していない。
「志保……」
「何?」
どうせ、気づかれてる。だったら言ってしまえ。そう思った。
任務のこと、霧島のこと、これから実行する作戦のこと。全部。
でも、それは駄目だとも思った。
気づかれていると、打ち明けてしまうは、違うのだから。
「史郎、私の言ってること、おかしいかな?」
そう言いながらも、掴んでいる手の力は、緩まらない。
志保は待っていた。待つ沈黙。そして、解放された。
椅子に戻った俺を、静かな目で見下ろして。
「史郎……ごめんね」
そう言って、立ち去る。
なんで謝るんだ。
謝るべきは俺なのに、何で、俺は何も言えないんだ。
「……史郎さん」
「遅かったじゃないか」
いや、遅かったんじゃないな。
見てたんだな。
それを指摘するほど、意地悪じゃ無いけどさ。
「どうしますか?」
「手筈通りに」
ほとんど話したこと無い二人を、自然に合流させるには、間に友達の友達を置くのが良い。定石じゃないか。多分。
これのどこに志保を組み込めるのか。
だから、俺は合理的で正しいことをした。
「それと、室長から、班目、柿本コンビを送ると連絡が。作戦も伝えました」
「あの二人か。心強いな」
特務分室最恐にして最強コンビだ。
目を閉じて、少しだけ頭を休める。
隣に結愛が座った気配がした。
「先輩」
「ん?」
「追いかけなくて、良かったのですか?」
「それ、今言うか?」
「先輩が、自分で行くのかどうかを見たかったので」
「なら、期待外れなところ見せちまったな」
「えぇ。でも、合理的です。私、合理的なこと大好きですから。トラブルの因子は、限りなくゼロになるまで排除するのが正しいです」
その答えに、少しだけ安堵する自分が、嫌いだ。
だから、続けてくれた結愛の言葉に、心を少しえぐられながらも、ありがたいと思った。
「一人の女の子として言うなら、史郎先輩は間違えています」
「俺は、どっちに従えば良いかな」
「私にはわかりません。先輩が決めることです」
ポンと突き放されてしまう。
「そりゃそうだ」
だから俺は悩む。一人の人間として。九重史郎として。
「私はあくまで、任務としてこの学校に通っています。先輩の前では、一人の女の子ですけど」
「そういうこと、気軽に言うなって」
そろそろ三十分経つ。最後の二コマが終われば、夕食。それからの自由時間は外出も許される。
今のところ天気は良好。祭りは予定通り開催されるだろう。
「はぁ。頑張ろう」
「後ろ向きなやる気ですね」
「無いよりマシだろ」
「かもしれません」
さて、と。
目の前のこと、一つ一つ、片付けて行こう。




