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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
悪い子になるね。

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救出。

 私がこうなる時が来ることは、可能性があると何となく程度だが思っていた。

 資本主義社会において、お金があるというのは、それだけで悪感情を向ける理由としては十分なのだ。お金は命だから。お金は選択肢を増やせるから。


 それに、お父さんは作ってしまった。多分、世界中の大半の人が欲しがるものを。

 なるべく、普通でありたかったけど。どうにも上手くいかなかった。

 いや、普通になろうとしている時点で、普通じゃないって認めているようなものだけど。


「ははっ」


 笑い声は虚しく響いた。らしくないことを考えているのが面白い。

 コンクリートに囲まれた部屋の隅で、膝を抱えて座る。

 どうしよう。史郎とか、悲しむのかな、短期間で二回も悲しませて、申し訳ない。


「はぁ。青春っぽいことしたいとか、ちらりと考えてしまったのがマズかったのかなぁ」


 はぁ、死ぬのかな。それとも身代金で解放かな。

 でも、多分私を攫った人の目的は、あれだよね。

 父さん、渡すのかな。渡したら大変なことになるよね。多分死ぬんだろうなぁ。せめて綺麗なまま死にたいなぁ。

 遊ばれて汚されて死にたくはないなぁ。いっそ自分で死ぬかぁ。舌噛み切れば窒息するんだっけ。あーあ。痛いだろうなぁ。

 萩野ちゃん、大丈夫だったかな。

 目の前で拉致されたからね。

 パーティーが終わって退屈で、何となく外に出て、ホテルの外にいた萩野ちゃんと鉢合わせて、でも目の前でワゴン車が開いて。担ぎ込まれて。


「あーあ。失敗だったなぁ」


 仲良くなろうとか、するんじゃなかった。一人になる努力をまた始めれば、余計な被害を出さなくて済んだかもしれないのに。


「あーあ。やっぱ、中学時代だよなぁ。ミスったなぁ。変な希望、持っちゃったなぁ」


 でも、楽しかったなぁ。


「楽しかったなぁ」


 私は間違えた。

 でも、どうしたら良かったのかなぁ。

 だって私、告白された時、嬉しかったもん。

 だって私、彼と、仲良くなりたいと思ったもん。


「あーあ。馬鹿だなぁ、私」


 わからないな、本当。

 中一の頃、友達を家に招いた時、私に本当の友達はいなくなった。

 お金をせびられるようになり、一緒に遊んだ時も当たり前のように奢らされて、私は離れた。

 嫌われるように、頑張った。

 それから出会ったのが、史郎だった。


「でも、史郎に、家のこと、打ち明けられなかったな」


 中一の事件をきっかけに、私は、一般的な一軒家をもらった。そこで一人暮らしをすることにした。

 お手伝いさんが一日一回来て、三食作って掃除をして帰っていくから、特に困っていない。

 何回か、史郎もその家に招いた。


「振り返ると、やり残したこと、結構あるなぁ」


 都合の良いことは意外と起きない。

 不幸な奴は、どこまで行っても不幸だし。

 悪いことが起きると、とことん悪い方向に進むし。

 本当に欲しいものが手に入らない人は、いつまで経っても手に入らないし。手に入っても、結果的にすぐに失うし。

 不幸が積み重なったからって、その分を帳消しにするような、最高の出来事が起きるわけでもない。小さな幸せでちょろまかされる。


「本当、酷いなぁ」


 持たざる人は、そのままの方が幸せかもしれない。

 幸せを知らない人に、幸せを与えてはいけない。

 ちょっと幸せを垣間見ただけで、それが忘れられなくなる。

 また同じところに戻った時、落差を感じて苦しくなる。息苦しくなる。重苦しくなる。

 楽しかったこと、嬉しかったことを思い出して、ちらついて。当たり前だったことが、酷く理不尽に感じて。

 あんな幸せ、掴むんじゃなかった。

 結局のところ。

 私、後悔ばかりだ。

 やりたいこと、欲しいもの、いっぱいになってしまった。


「あーあ。どうしたら良かったんだろう」


 馬鹿だ、馬鹿過ぎる。涙が出そう。


「彼氏とは、上手く行っているのか?」


 父親に、そう言われた時、私は頷いた。


「……そうか」


 どこか、渋い顔で頷いた父親の顔は、今も覚えている。

 そうだ。娘の恋人だって、脅しに使えなくは無いんだ。

 父親が脅されているのは、知っていた。何回か、なるべく誰かと一緒にいるようにしなさいとは言われていた。


 私は一人を選んだ。

 史郎を守ろうとか、相談して、協力して乗り越えようとかじゃなくて、遠ざけようとした。史郎君は、私が危ない時は、絶対に助けてくれたのに。

 だけど、できるわけがない。相談したら、どうにかしようとする。

 ただの中学生に、何かできるわけ無いのに。史郎は、多分、どうにかしようとする。そんな、危うさのようなものが、彼にはある。

 それに、私は、史郎みたいに、誰かのために全力になれない。

 でも、駄目だった。史郎や、久遠ちゃん、萩野ちゃんに会うと、心が嬉しくなるんだ。会いたく、なるんだ。一人で、矛盾していた。


「だって、楽しかったんだもん……」


 独りよがりな自分へ返って来たものと考えると、しっくりくるな、この結末。

 足音が聞こえた。

 あー、せめて毅然としてよ。何言われるかわからないけど。どうせ碌なことではない。それだけだ、わかることなんて。


「見つけた。突入部隊頼んだ」


 聞き覚えのある声。 

 見上げる。

 黒服の男が、面舞踏会を思わせる半顔マスクをつけて立っていた。見るからに怪しい。

 んん? 待てよ。


「史郎?」

「……えっ?」


 何だ、違うのか。少し希望を持ってしまったではないか。

 あーあ。今度は何だろうか。


「結束バンドか。動くなよ……よし、切れた。さて、さっさと逃げようか」


 黒服の彼は、そう言った。




 さて、志保を見つけたのは良いが。ここからどうしたものか。

 パーティーで着てそのままであろう、白い薄手のドレスのまま、こちらを見上げる彼女を眺めながら考える。

 来た道を戻るかと一瞬考えたが、志保に天井裏は厳しいだろう。登れるかと言われたら、頑張れば引き上げられるけど。そこからが問題だ。


『先輩、人が来ます』

「おっ、それは丁度良いな」


 扉を破る手間が省ける。

 志保に後ろを向かせ、さらに手で目を塞ぐようにジェスチャー。


『三人です。接敵まで、5秒。3、2、1』


 扉が開いて入って来た3人を閃光が襲う。

 手癖で引き抜いたバトンタイプのスタンガンは俺の愛用武器の一つだった。

 三人の首に当てて、無力化を確認。増援が無いのも確認。


「それじゃ、ベルト借りるぜ。おっ、ハンカチも持ってるじゃん、ありがてぇ」


 ハンカチは口に詰めて、ベルトで手を拘束して。よしよし。鍵は頂戴してと。


「それじゃ、行こうか」

「あのさ、史郎」

「史郎って誰? 友達?」


 やっぱ声でわかるのかな……誤魔化しているが、また呼ばれた時、普通に返事してしまいそうで怖い。


「すいません。知り合いに似た雰囲気で」

「まぁ、誰でも良いけど。……ルート案内頼む」

『非常口の方が近いのでそちらに誘導します』

「はいよ。それじゃあ、お嬢さん、信用できないかもしれないけど、ここで待つのと、俺を信じるの、どっちが良い?」


 差し出した手を、志保は躊躇わずに握った。


「それじゃあ、エスコトートは任せてくれ」





 作戦は成功。

 誰にも見つからずに外に出て、結愛の誘導で逃走用の車に乗り込み、発進。

 結愛を回収し、車を指定のポイントに放置、そこからは徒歩で逃走。あとは上の仕事だ。

 今頃、実戦急襲室の連中が一人残らず取り押さえている筈だ。あちらは俺達と違って、戦闘特化のプロだ。


「あ、あの。ありがとうございます」

「あぁ、うん。でもまだ終わりじゃない。君を安全なところまで届けなければいけない」


 頭を下げる志保にコートを脱いで渡す。よく考えたら、夜の闇に白いドレスは目立つ。

 コートに大量に仕込んだ武器より隠密性だ。

 はぁ、やっぱり勘が鈍ってるな。すぐに気づけないとは。

 ルート検索、情報収集をする結愛。現場判断の俺。そういう分担だろうが。

 志保に歩くよう促す。思ったより動揺が見られないな。

 泣いた様子も無い。毅然としている。それでも、ショックはあるだろう。疲れも溜まっている筈だ。

 けれど、なるべく早く行かないと。最悪背負って歩こう。戦闘はできなくなるが、その時はその時だ。

 志保を取り返したとはいえ、今回の失態は大きい。

 結愛以外に、学校内で志保を守れる奴は組織にいない。年齢的に。送り込むなら生徒が理想。教師だと、四六時中に一緒にいられないから。


 とはいえ、今回の件で護衛の件を無かったことにされる可能性もある。

 夜の街を三人で歩く。なるべく目立たないように。

 明かりを避けて。闇に紛れるように。眠りについた街を歩いていく。

 最後まで気を抜けない。追手がいないとも限らない。

 仕事帰りに見える人も油断はできない。なるべく目撃者や証拠を残すのは良くないのだ。

 向かった先は志保の家。

 家は家でも、本当の家。豪邸の方である。来るのは初めてだ。

 同じ塀がしばらく続くなと思ったら、突然現れた高い門。そこから見える家は、横に広いが、縦も三階ある。


「あっ、そっか。鍵取られたんだった」


 そう呟いた志保がインターホンを鳴らすと、慌てたような声がスピーカから聞こえ、潜戸の鍵が開いた。

 彼女の荷物は、すぐに組織の人が取り返して持ってくるだろう。

 玄関の前で、組織時代の上司と、志保のお父さんらしき人がいるのが見えた。


「室長」


 結愛がそう声をかけると、背の高い男性が振り返る。見た目は二十代半ばだが、既に四十は越えているらしい。


「戻ったか。予想より早いな。……ほう」


 俺の姿を見て、興味深げに笑みを浮かべる。


「相変わらずの悪人面だな、室長」

「休職は終わりかな?」

「まさか。今回だけだ」

「そうか。君が出張ったなら納得の仕事の速さだな。ご覧の通り、娘さんを連れ戻しましたので、約束通り、教えてください」

「……わかりました」



 志保の父親らしき人は、どこか疲れた様子で頷いた。


「ただし、このことは、内密に」

「とのことだ。おい待ちなさい。どこに行く気だ」

「帰るところだ」


 仕事は済んだので、さっさと帰ろうとしたところ、呼び止められた。


「君も聞いて行きなさい。よろしいですか? 朝倉社長」

「……はい。そうですね、直接護衛を担当する人にも、知っておいて貰った方が良いでしょう」




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