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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
悪い子になるね。

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20/223

いってきます。

 その日の夜だった。


「史郎君、どうだった? 夕飯」

「あー。美味かったよ」


 奏がある程度、テスト前に話し合おうと言って夕飯と、過去の文化祭のパンフレットを持って家に来た。


「とりあえず、被らないようにはしたいよね」

「そうだな」

「どうしよっか」

「何もしないという選択肢は?」

「あるわけないじゃん」

「うーむ」


 当たり前ではあるし、我ながら馬鹿なことを言っていることは自覚している。。


「ん? 史郎君?」 


 奏がスマホを指さした瞬間、着信音が鳴り響く。

 ノータイムで掴み取り、すぐに応答する。

 それは、結愛が仕事用のスマホで連絡してくる時用の着信音だから。


「どうした?」

「先輩。先輩」


 涙声で呼んでくる結愛の声。


「先輩、ごめんなさい」


 涙声に紛れて聞こえる音は騒がしく、慌ただしい。


「何があった」

「ごめんなさい、志保さんが、志保さんが」

「落ち着け、何があった。話してみろ」


 聞こえる音からはどんな状況かあまり探れない。

 わかるのは、結愛が取り乱すような、ヤバい状況ということだけ。

 言葉を待つ。その時間が、やけに長く感じて。

 聞こえた言葉は、嘘であって欲しい、冗談であって欲しい。そう祈りたくなるようなものだった。


「ごめんなさい。志保さんが、連れ去られました」

「……場所を言え。すぐに行く」

「駅ビルの、隣の、ホテルです」


 スマホをポケットに突っ込む。

 ここからなら自転車を飛ばせば五分で着く。


「どこに行くの、史郎君」

「話している暇はない」

「でも、史郎君はもう」


「知らねぇよ。元カノか、好きな人か、友達か、よくわからない関係だけど、でも、ヤバいなら助けに行くしかねぇよ」


「ふぅん。朝倉さんに何かあったんだ」


 話しながら家を出て。自転車にまたがると、その後ろに奏が乗った。


「何してるんだ」

「私も連れて行ってよ」

「は?」

「史郎君と違って、私はちゃんと友達だから。史郎君と同じ、一般人だし、私」

「……チッ。じゃあこっちだ」


 自転車の隣に止められているのは、父親のバイク。


「あれ、史郎君、免許」

「ねぇよ。でも動かせる。無理矢理ついてくるとか言ってるんだから、目を瞑れ」


 軽快なエンジン音と共に走り出す。景色が後ろに流れていく。

 背中にしがみつく奏から、不安も緊張も感じられない。遠慮なくスピードを上げる。

 信号は都合良く全部青。急ぐのを許してくれる。

 それでも、遅く感じてしまうのは、やっぱり焦っているからだろう。

 ホテルの駐輪場にバイクを止めて入り口の前、結愛を見つける。


「あっ、先輩!」


 こちらにちらりと顔を向けて、でもキーボードの上で走る指は止まらない。


「状況は?」

「その、今、協議中です」

「協議中って、警察は?」

「その、あまり頼りたくないそうで」

「それは……」


 攫われたのは大企業のご令嬢で、自分たちが護衛していた相手で。

 広まったらとんでもないダメージを受けるから、内々に解決してしまいたいと。

 法律的にはブラック寄りのグレーゾーンな組織だ。ちょっとしたヘマで潰されかねない。


「ごめんなさい」


 結愛が開いていたパソコンを覗き込むが、当然発信機はロスト。イヤホンも外しているということは、盗聴器ももう機能していないのだろう。


「心当たりは?」


「今は、無いです……先輩、その、電話しておいてあれですけど、やっぱり、ここは私たちに任せて、先輩は、その、気にしないでください。それでは、そろそろ捜索部隊に合流しますので。失礼します」


 今日二回目、駆けていく結愛を見送る。


「なんだよ。結愛」


 なんか、無性に腹が立った。

 でも、だからと言って、結愛が協力を拒否した以上、俺にこれ以上、何ができるというのだ。

 ポンと肩に置かれた手。苛立ちに任せて払おうとして、でもそれは、奏の手だと気づいて。

 目が合った奏が、安心したような顔をしていて。


「史郎君、帰ろ」

「……ああ」


 その時は、素直に従った。

 それでも、胸のムカつきは、静かに煮え滾っている。

 お前にとって、俺は何なんだよ、結愛。

 あれだけ復帰して欲しいとか言っておいて。チャンスじゃないか。志保を利用して俺を引っ張り込めよ。

 先輩先輩言って無駄に構って来て、今更良い子ぶるなよ。





 奏が家に戻り、一人の家。

 そんな時に通知を知らせたスマホに飛びついて。メッセージアプリの通知で、霧島からの連絡だと知って、スマホをベッドに投げた。


「なんだよ、こんな時に」


 何が、『起きているか?』だよ。

 枕の上に落ちたスマホを持ち上げ、「もう寝るつもりだ」と返事してベッドに投げ直す。

 どうすれば良い。手が打てない。

 奪還作戦を確実に効果的に行うなら今日だ。

 それが一番、組織が受けるだろうダメージが少ない。

 そして、誘拐した側も一番警戒していない。


「くそっ」


 ちらりと浮かんだ策。今から、街中を探し回る。

 愚策だが、いや、策とも呼べないものだが、確実だ。

奪還作戦を決行するなら夜中。今から家を出れば、運が良ければ見つけられる可能性がある。

 手早く家を出る準備を整える。

 見つからなかったから仕方ない。何て言い訳を、明日する気は無い。

 絶対に見つけ出す。絶対にだ。

 スマホが震える。無視しようと思ったが、結愛の可能性もあるからと素早く取りだす。

 件名なし。送り主のアドレスにも心当たり無し。

 ただ、そこには、位置情報が貼り付けてあった。

 雑居ビルの住所。駅からも中心街からも離れたところに建っている。


「行くしか、無いよな」


 特に考えることなく、その結論に至った。

 どうせ、当てなんてなんて無いんだ。罠でも突っ込むしかない。




 「史郎君、行くの?」


 家を出ると、上から声が降ってきた。 

 見上げると、奏が窓から顔を覗かせている。月明かりに照らされて、急いでいる筈なのに、足は自然と止まった。


「ちょっと待っててね」


 その声から十秒と経たず、奏が出てくる。


「……連れて行かないぞ、今度は」

「うん。止めに来た」

「奏に俺を止められるのか?」

「逆に、史郎君に私をどかせるの? ここを通りたくば、私を倒していけと言われて」


 それは、俺に仕事から離れよう、そう思わせた時と同じ目をしていた。

 優しくて、澄んだ目だ。

 奏に、普通の日常を、普通の生き方を、教わったようなもので。

 でも、それでも。


「奏。俺に志保を見捨てろというのか?」

「史郎君が行かなくても解決する。私はそう思っている」

「なんだと」

「むしろ、ブランクがある史郎君に、何ができるの?」


 奏の言うことは、正しい。正論だ。

 突き崩すことが不可能な論陣だ。

 正しいだけではない。俺を想い、状況をちゃんと見ていて。分析していて。みんながちゃんと助かることも、考えている。

 でも。


「それでも、俺は行くよ」

「どうして?」


「後輩が泣いているんだ。好きな女の子がピンチなんだ。

 賢い振りして動かないことが正しいなら、そんな正しさはいらない。目を逸らして見捨てられるような俺なら、死んだ方がマシだ。

 奏は、そんな男とずっと一緒にいたいと、思えるか?」


「ふぅん」


 鼻を鳴らして、奏は手を振りかぶる。

 目を逸らさない。ここで目を逸らすわけにはいかない。今回は、動かされるわけには、いかない。

 迫ってくる手を避けない。俺は動かない。

 甲高い音が響いて。鋭い痛みが走る。……手加減無しかよ。


「これで許してあげる。史郎君、終わったら、寄ってね。心配かけて。もう」

「起きてる気かよ」

「勿論。明日土曜だし。たまには夜更かししようかなって……いってらっしゃい」


 奏は、嬉しそうに笑う。

 ……帰って来ないわけにはいかないな。早々に済ませなきゃ。


「いってきます」


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