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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
悪い子になるね。

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18/223

夜道、二人。

 街灯に照らされた道。

 高校生になって歩くのは二回目。

 春休み、俺はこうして志保の隣を並んで歩くことができるとは、思っていなかった。

 二度と来ない時間だと、思っていた。


「史郎」

「ん?」

「ありがとね」

「あぁ。まぁ、折角志望校は入れて、早速躓かれたら、後味悪いからな」

「やはは。うん、後味、か」

「なんだよ」




 私が史郎と出会ったのは、中学二年生の秋、図書室で。

 図書室での出会い方なんて、限られている。

 彼のことは知っていた。彼と話しているのは、学年トップの成績を誇る、見た目からまんま委員長の彼女。

 久々に、一月ぶりに高校で会った彼女の変わりようはびっくりしたけど。見事な高校デビュー。本人に言ったら怒られそうだけど。


 当時の私は誰とも話さないような生活を送っていた。

 理由。それは中学一年の私はミスをしたから。そのツケを払っていた。

 迂闊にも友達を家に呼んでしまった。今住んでいる普通の一軒家じゃない方。

 某大企業の社長のご令嬢様としての家に。

 この話は置いておこう。迂闊だった私はここで殺してしまおう。

 さて、図書室に彼がよく来ているのも知っていた。

 中学一年の頃から、昼休み。ずっと入り浸っていたのは知っている。

 多分、彼も私を知っていたと思う。


 どこか、仲間意識を持っていた。校舎の隅にひっそりとあるこの部屋に、自分の居場所を見出している。そんな彼に。

 違いがあるとすれば、私はずっと一人で。

 彼には久遠奏ちゃんがいることだろう。

 ほんの偶然。そんな私たちを結びつけたのは、ありがちな偶然。

 一冊の本を同時に触れてしまったこと。


「あっ」

「どうぞ。これ読んだことあるから、読み返したくなっただけ」

「そ、そうなんだ」


 彼の優しい声。久しぶりに家族以外と会話した私は、少しだけ声が裏返った。


「それじゃ。それ、おすすめ。とても面白いよ」


 その時はそれだけ。

 本を手に取る。別に読みたいなと思ったわけじゃない。

 でも私は見逃してない。困った顔、少しがっかりした顔。

 読みたい本が無かった時の、本の虫の顔。

 それだけで、この本を読む優先順位は、跳ね上がるというものだ。

 



 「あ、あの」


 次の日、図書室で、読み終わった私は、その面白さからテンションが上がって、本棚の間をうろつく彼に声をかけた。


「ん? あぁ、読み終わったんだ」


 腕の中に抱えている本を一瞥して、彼はぼんやりとした目で私を見る。


「何?」

「どうだった?」

「えっ、あっ」


 人と会話するのが久しぶり過ぎて、言葉に詰まる。


「とても、面白かった」


 そんな捻りがない、芸もない感想。彼は満足気に頷く。


「だろ? 俺のお気に入りの一冊。人に薦めるならまずはこれだな」


 今薦めてもらえたら、文章がスッと入ってくるとか、伏線の回収のテンポが良いとか、色々語れるのだけど。


「えっと、あー、これ、読んでみて!」


 私はポケットから一冊の文庫本を取り出す。


「お礼。私も、これ、薦める」

「あぁ、ありがとう」


 それが、私と史郎の交流の始まり。

 それから私たちは昼休み、放課後を一緒に過ごすようになり、休日を一緒に過ごすようになり。一緒にいるのが当たり前になった

 でも、私は知らないことが沢山ある。彼について知らないことが、たくさんある。 

 彼の今までを知らない。彼の誕生日も知らない。彼の家も知らない。

 きっと、久遠ちゃんの方が私なんかより史郎を知っている。九重史郎を、知っている。

 自分の父親が作ったものが何をしでかしたのかを知って、逃げてしまった私よりも、知っている。

 


 「ここまでで良いよ」


 唐突に、志保は俺の目の前に、道を塞ぐように立った。


「いや、むしろここまで来て最後まで送らない方が気持ち悪いのだが」


 角を曲がってすぐ、そこに志保の家はある。ここで別れるのも納得だが、来た道を戻るだけの身としては、最後まで見届けておきたい。


「ん。そう? 嫌じゃない?」

「何を心配してるんだ、お前」


 わけがわからん。

 何も考えていないようで、余計なことを考えるな。志保は。

 十秒にも満たない沈黙は、塀の向こうの家の団欒の声で埋められる。

 街灯の下の志保は、静かに微笑んでいる。


「行くぞ」

「……ん。ありがと」

「急にしおらしいな」

「後味だよ。史郎」

「ん?」

「んー。でも違う。だからって、あー。わからない」

「? まぁ、ゆっくり話してみろ」


 急に頭を抱えて、悩み始める。その姿を見るのは、決して初めてではない。

 こういう時は、ゆっくり聞き出す。それだけだ。


「私、史郎と付き合うのは難しいとは思った」

「あ、あぁ」


 うぐっと胃袋から何かが逆流しそうになったが堪える。

 何を言うつもりなのだろう。

 何を言われるのだろう。

 心が構える。聞きたくないけど、聞かなきゃいけないと思ったから。


「折角、仲良くなれたから。初めて、上手にできたのに。

でも失敗しちゃったなぁ。事情、優先し過ぎた。結論を急ぎ過ぎた。もっと頑張ってみるべきだった。

だから失敗を取り戻そうとしたんだけど。終わらせたくない、って思ってしまったんだけど。

でもごめん。私、よくわかっていなかった。私、史郎に、嫌いって言ったような、ものだよね。なのに。距離感も狂っちゃって。やはは……」


「それ以上言うな」


 自分が思っている以上に冷たい声が出た。 


「それ以上、言うな」


 言い直しても、声の温度は戻らない。

 目を強く閉じて、落ち着こうとして、でも、上手くできない。

 呼吸すら、下手くそになってしまった。


 距離感が狂った。そうだ、志保の言葉はまさにその通りだ。俺達の今の状況を、端的に表している。

手を握ったり、腕に抱き着いたり、けれど、すぐに我に返ったように離れて。

志保も、まだ思い出から、抜け切れていない。

なのに、本来は二人で探すべきものを、一人で探させていた。

傷口を抉る思い出で終わらせない。そのための最善手は、きっと志保のやり方なんだ。


「あの、史郎。痛いよ」

「わ、悪い」


 志保の細い体を、肩を抑えて塀に押し付けて。

 俺は何をしているんだ。

 冷静な自分が、冷たい視線を向けてくる。

 潤んだ瞳が見上げてる。手の中に細く、頼りない体。でも、温かい。命の温もりが、確かにそこにある。

 月が雲に隠れて、街灯だけが、俺達を照らした。

ここにいるのは俺達だけ。目の前の塀の向こうの家すら、遠い世界のものに感じた。


「史郎?」

「あ、あぁ。ごめん」


 解放して、一歩、二歩、三歩。後ろに下がる。


「ごめん」

「ん。私も、ごめん」


 示し合わせたわけでもないが、同時に歩き出した。

 足音が、やけに大きく聞こえる。

 また月が、雲から現れた。

 立ち止まって、何か月ぶりだろう、志保の家を見上げる。明かりは点いていない。


「親は?」

「まだ帰ってないと思うよ。それじゃあ、また」

「あぁ。また、明日」


 家の中に入っていく姿を見送って、見えなくなっても、眺めてた。すぐに明かりが灯る。

 主が帰ってきた家が起動した。


「なぁ、結愛」

「はい。何でしょう」


 電柱の影からスッと現れる結愛に向き直る。


「志保って、一人暮らしか?」

「ご明察です。しかし、先輩も豪快ですね、あんなところで壁ドンとは」

「あぁ」


 ヒョイっと下から覗き込んでくる眼はからかうような表情だけど、気遣う感情を隠しきれていない。


「優しいな、結愛」

「急に褒めてどうしたのですか? 何も出ませんよ」


 本当に優しい。

 慕ってくれる。変わらずに。それが、どれだけありがたいことか。


「はぁ。先輩、私、よくわかりませんよ」

「何が?」

「なんで辛いのに一緒にいられるのですか?」


 ポンと結愛の頭に手を乗せた。

 俺たちはおかしいかもしれない。

 終わらせようとした志保の言葉を、何も言い返せず結局受け入れた俺。

 そんな俺達が、一緒にいる。


「結愛がわからないって思うのは、理解できる」


 でもそれでも。


「志保の気持ちも、わかるんだ」


 終わらせたくない。

 矛盾なんてしていない。

 恋人としての関係を解消することが、その人との関係を終わらせることに繋がる。そんな道理は無い。関係と関係を、反復横跳びして良い筈なんだ。

 ただそれを、心が許さないだけで。


「俺が、どうしたいか」


 そんなの、決まっている。

 決まっているけど。

 ただ、乗り越えられていないだけ。

 俺が、弱いだけなんだ。


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