大晦日そして日の出。
「お、お招きいただき、あ、ありがとう、ございます」
そう言ったのは花音ちゃんだ。
「こちらこそ、招待に応じてくださりありがとうね。花音ちゃん。音葉ちゃん」
「ど、どうも」
志保がニコニコと笑って優雅にスカートの裾をつまみお辞儀。
朝の住宅街。既にトランクに荷物は詰められ、あとは人が乗るだけである。
「それじゃあ、乗って乗って。レッツゴー、だよ」
志保がそう言うと、車のドアが自動で開いた。
車に揺られて二時間。海沿いのホテルに到着。ここから一旦、奏と結愛とは別行動だ。
本格的に一緒に過ごすのは明日から。今日は、親戚御一同様との時間だ。
「俺は一緒に行っても良いのか?」
「彼氏なら良いでしょ」
「まだ俺、誰にも言っていないのだが」
「やはは。私も」
ということは、知っているのは、結愛だけか。
奏も、気づいた様子は無い。結愛が言うだろうか。言うとも言わないとも、考えられる。
できれば、ちゃんと言いたいと思う。
「まずは目の前のことだな」
部屋でスーツに着替える。志保は隣の部屋だ。
ふと、ネクタイを眺め思う。
これ、いる? 邪魔じゃね? と。
「……邪魔だな。無い方が良いや」
扉がノックされる。覗き窓から見て見ると、志保だ。白いドレスに着替えている。
「どうして?」
「史郎、遅いなーって」
「あぁ、悪い」
「ん? ネクタイは?」
「ここだ」
手に掲げて見せる。暗い蒼だ。
「やはは。結べなかいとか?」
「いや、結べるが」
「まぁ良いから貸してよ。どうせ史郎。これ、いらないだろとか、そんなこと考えていたんでしょ」
「よくおわかりで」
「ネクタイってね、上流階級の嗜みなんだって、欧米とかだと、ネクタイ付けているだけで、高級レストランに出入りできたり、ホテルのドアマンの対応が変わったりするんだって」
「こんな布がねー」
不思議なもんだ。機能性の欠片もない、これが。
志保がひょいひょいと巻いてくれる。
「苦しくない?」
「丁度良いよ」
「それはよかった。じゃ、行こうか」
志保がスッと右手を腰のあたりまで上げる。その手を柔らかく取る。
「エスコートお願いね」
「お任せを」
「やはは。騎士みたい」
「間違ってないな。お姫様」
「えーっと、そ、外側から使うんだっけ? 姉ちゃん」
「そうだよ」
コース料理のサラダ。個人的にはもう少し多めに盛り付けて欲しいが、まぁコースはまだ続く、全て食べ終わる頃には満腹感もあるだろう。
「花音姉さん、震えすぎ」
「だ、だってー」
「そう気張らなくても良いですよ。そこまで厳しいところではないみたいですし」
高級ホテルとは言うが、休暇を楽しむための場所だ。ドレスコードとかも、そこまで敷居は高くなさそうだ。
「そう言いながら、結愛ちゃん、テーブルマナー、慣れてるね」
「奏さんもできているじゃないですか」
私は、父さんにたまに連れて来てもらって、慣れた。
奏さんはまぁ、できていても違和感は無い。
ふと考えることは、志保さんのこと、本当に綺麗に食べる。
……志保さん。
本当、面倒なことになりましたね。
先輩、意地の見せ所ですよ。
つつがなく、パーティーは終わった。
新年まであと三時間ほど。
ホテルの一室。志保と奏、結愛。俺。
妹たちは別室で眠ってしまったらしい。
奏も、そろそろ眠ってしまいそうだ。
二十三時。奏も眠ってしまう。時間つぶしにやっていた人生ゲームもそろそろ終盤だ。
「上がりですね」
「あちゃー。結愛ちゃん強い」
結愛がゴールした。ここから二位でゴールしたとして、ゴール賞金、残りのマスで得られる可能性のある賞金を合わせても、逆転は無理か。
「うぅ」
「こういうゲームが弱いのは相変わらずだな、志保」
「やはは」
志保は困ったように笑う。
ポーカーとかブラックジャックは鬼のように強いのだが。
結愛は捨て札を見る。志保は、相手の表情を見る。
そして、やられると嫌なことを的確にしてくる。
二十四時。
志保は目を閉じ、俺と結愛が残る。
片付けを終えて、結愛が白湯を用意してくれた。マグカップ一つ、手で包むように持って、一口飲んで、そして、真剣な目を。本気の話をする時の目をする。
「先輩。……何が何でも。誰が敵になっても。絶対に、志保さんを守ってください」
「勿論、そうするつもりだ」
「なら。安心です。頼みますよ。先輩。誰が敵になっても、ですよ」
結愛も目を閉じる。
あけおめも無しか。
まぁ、別に良い。俺も年賀状を書くような奴じゃないし。
三人をベッドに運んで電気を消して。俺はソファーに横になる。
結愛の言葉を反芻しながら、考える。
大丈夫。俺は、志保を裏切らない。志保の信頼が正しいと、証明し続ける。
俺の、幸せのために。
午前六時半。
あと三十分もすれば日の出だ。
こんな時間からプールか。温水じゃなかったらショック死する奴が出そうだ。
「というか、親戚全員来るわけじゃないんだな」
「まぁね。おじいちゃんとかは自分の部屋から見るし。子どもたちは起きないし、実は、毎年私一人で見てたから、ちょっと寂しくて、恒例行事みたいな言い方したんだ」
そう。プールにいるのは、俺と志保と結愛と奏。
結愛と奏はまだ着替え中だ。
「やはは。行こうか」
「あぁ」
二人が来る前に、少しだけ、恋人らしい時間という奴を、過ごしたかった。
屋上プールは温水だ。そこまで深くない大きなプールが一つあり、その周りにビーチチェアーとか並んでいる。
「史郎、ほら、入ろうよ」
「ゆっくりな。飛び込むなよ」
「わかってるわかってる」
夏に見た黒いビキニ。屋内だからパーカーは羽織らず、本当に、最低限の装備という感じだ。
手を引かれる。優しく手を引かれる。
二人で浸かると、志保はひょいと抱き着いてくる。そのまま二人で水中に沈む。
水中で、俺はどうしてか。志保をそのまま抱きしめた。
そして、そのまま唇を合わせた。
そのまま数秒、息が続く限り、呼吸を共有する。
「やはは、初めて、史郎からしてくれた」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「……そうだな」
「おーい。お二人さーん。そろそろですよ」
結愛だ。ピンクのワンピースタイプ。こちらも夏に見たな。
しかし、そうだ。俺達はまだ、奏に話していない。
「フォローは私の仕事ですが。言い訳会には参加しませんよ」
「……悪いな」
「イェイイェイ」
俺達は、いつもの距離感になる。
まだ外は暗い。それでも、どうしてか、そこから日が昇るとわかった。俺と志保の目は、そちらに自然と向いた。
「お待たせー」
奏の声に振り返る。そして、思わず後ろにドボンと、水中に倒れる。
急浮上、現状を確認。俺の視覚が得た情報に間違いが無いのを確認。
「か、奏?」
「ん?」
奏が、何も羽織らず、水着だけで出てきた。いや、ラッシュガードも水着だが。
黒いビキニタイプ。は、破壊力が。大人しい印象とのズレが、俺の認識を狂わせる。
「やはは。奏ちゃん、珍しく大胆だね」
「い、良いじゃん。ここには知っている人しかいないんだし」
笑い合っていると、少しずつ外が明るくなっていくのに気づいた。
「日の出だな。普通に日の出だ」
「日の出ですね、何の変哲もない」
「やはは。その通り、ただの一月一日の日の出だね」
薄い橙色の光。黄金色と言った方が相応しいだろうか、そんな光が、照らしてくる。
「……何で三人の感想はそこまでドライなのかなぁ」
「私は毎年見てるし」
「俺と結愛は別に、この時間まで起きて活動していること、珍しくないし」
「この特別感溢れる日に惑わされないのは寂しいのか強いのか」
なんて言いながら、奏は足先から静かにプールに入る。
「あ、気持ち良いかも」
「奏ちゃんも少し泳ぐ?」
「うん」
「良いねぇ。結愛ちゃんもおいで」
「はい」
それからしばらく。朝食の時間ぎりぎりまで遊んだ。




