#05
それから数日、世界は大混乱に陥った。それはそうだろう。結果的に、世界の半分が『ヒューム』と名乗る組織の手に落ちたのだから。もう半分の国や地域との境界線にはフェザーズの部隊が佇み、ネット接続もその境界で分断された。
ヒューム制圧下となったのは、中東以西のヨーロッパとアフリカ、そして、アメリカ東海岸と大西洋の一帯。逆に、アジアとオセアニア、アメリカ西海岸を含む南北アメリカの西半分が、旧国家群のままとなった。北アメリカの中部地帯は特にフェザーズ部隊が集結しており、旧来の軍隊と一触即発の様相を見せている。
『ヒューム領域の衛星回線も停止されたようだね。しばらくはこのままかな』
「そっかあ……大変なことになったなあ」
もしかすると、『ヒューム』による全世界制圧が成功していれば、より混乱はしなかったのかもしれない。特に、連邦国家を分断されたアメリカやロシアは。
「でも、だからといって、見て見ぬふりはできなかったよね、あの時は。それで、『AHC』からはなんて?」
『もちろん、今でも全面的な協力を求められているよ。僕の「中の人」の公表も含めてね』
「それはそれで嫌だなあ……」
旧国家群は『対ヒューム委員会』を中心とした国際組織を作り、ヒュームからの国土奪還を決議した。その拠点は……東京。まあ、制圧を未然に防いだ範囲を考えると、そうした方がいいのだろう。
それと、もうひとつ。
『「僕」がフェザーズの半分を無効化したのは明白だからね。AHC上層部だけでなく、世間一般にも』
「『ヒューム』側にもね。はあ……」
ハルトがフェザーズによる制圧の半分を阻止した経緯は、ネット上のアクセスログから明らかだった。だが、なぜかそこから先が不明である……ということになっている。
私は一連の事件の直後、ハルトをエージェント型の自律AIとして独立させた後、そのハルトと私を結びつける記録やアカウント情報を、ハルト自身に全て消去させた。ハルトがVTuberとして活動していた時期ならば、調べればすぐに私にたどり着いていただろう。だが、当時はそこまで追跡する人はいなかった。私の黒歴史隠蔽が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「ハルト本体とは、しばらくは非同期通信でメッセージをやりとりするとして……VTuber活動は廃業かなあ」
『どうかな? このまま「中の人がいるはず」と思い込ませておけば、AHCやヒューム、世間一般をミスリードさせ続けることができると思うけど』
「それはそうなんだけど、なーんかしっくりこないのよねえ……」
その理由のひとつは、ハルトの存在自身だ。私は最初、あの『微弱電流感応結晶体』を組み込んだVTuberシステムで、ハルトとしての動きやら何やらを作り出してデータを蓄積、それを元に、自律型AIとして完成させた。
―――まさか、そんな自律型の人工知能が、他にはこの世に存在していないなんて。
「『結晶体』を含めて、精神感応に関する技術は、元々がヒュームの母体である研究組織の成果だったなんてねえ。つまり、あの人は……」
私が中学生になる直前の、春休み。自宅近くの浜辺に倒れていたお婆さんを助けたことがあった。搬送された病院でしばらく療養していたのだけれども、記憶があいまいで自身の名前くらいしか言えず、そのまま老衰で数か月後に亡くなってしまった。持ち物には貴重品もあり、処分することで入院費用を賄ったが、残されたものもあり、それは私が引き取った。それが―――
「―――この『石』と、USBメモリ。メモリには、よくわからない数値データとテキストファイルが入っていて、そこに『微弱電流感応結晶体』って用語があったから、その石をそう呼んでいたんだけど……」
自室でハルトの端末インタフェースプログラムと会話をしながら思い巡らせていた私は、引き出しからその『石』を取り出す。
「……そういえば、この結晶体を持ちながらテキストファイルや数値データの中身を眺めていたら、その一部がなんとなくわかったような気がしたんだよね。でも、それって……」
あのお婆さん―――ヒューム・グランザイア―――あの人の意識みたいなものが、この結晶体に込められていたのだろうか。もしかすると、本人も意図していなかったことかもしれない。でも、そう考えれば、つじつまは合う。
特に、
「『理想の彼氏』を生み出すなんて、やっぱり私の意図したことじゃなかったんだーーー!! あのお婆さん、なんてこと妄想してたのよ!」
私は、これからの対応に苦慮していた。ヒューム・グランザイアから継承した技術を用いて『ヒューム』の野望を打ち砕くか、それとも、黒歴史として葬ってこのまますっとぼけるか―――
この回で第一章終了です。『設定まとめ』ののち、第二章となります