#01
第一章は短編版の分割です。
ちゅん、ちゅん
ブンッ―――
『カスミ、そろそろ起きる時間だよ』
「んっ……ハルト、あと、5分……」
『また、そんなこと言って……。昨日みたいに、クセ毛のまま登校するつもりかい?』
「……それは、いや……」
『ほら、カスミ、今日はいい天気だよ』
しゃっ
「んっ! ……まぶし」
がばっ
「ふあああ……。おはよ、ハルト」
『ああ、おはよう、カスミ。ほら、早く着替えて』
「んもう、ハルトって、小さい頃のお母さんみたい……」
『そう作ったのは君だろう? ほら、僕は向こうを向いてるから』
―――ブンッ
「別にいいんだけど……まあ、まじまじと見られてもイヤだけど」
そう言いつつ、パジャマを脱いで制服に着替えていく、私―――御子神霞。そして、先ほど私を起こしてくれたのは、VTuberのアバター、『ハルト』である。モニタとカメラ越しに語りかけてくるだけでなく、カーテンを含む部屋の各種電子機器も制御してくれる。
もっとも―――中の人は、存在しない。ハルトを動かしているのは、その造形と同じく、私が丹精込めて作り上げた人工知能プログラム、いわゆるAIである。
◇
最初は、その容姿……整った顔にサラサラの黒髪、スラッとした中肉中背のスタイルと、私の趣味をこれでもかとつぎ込んでモデリングしたものを、モーションキャプチャーとボイスチェンジャーを組み合わせて、私自身で動かしていた。
『ハルト』と名付けたそれは、正直言って、ほとんど自己満足のために創り出したものだ。だから、家族にも友達にも、ハルトを見せていない。というか、万が一にも知られたら……黒歴史確定である。一生、ネタにされ続けることは間違いない。末代までの恥、というやつである。
と、いうのも。
「みんなー、おっはよー!」
「おはよう、霞。今日も元気ねえ。朝はパン何枚?」
「今朝は卵かけご飯だったよ! 丼ぶり二杯!」
「食べ盛りの小学生男子じゃないんだから……。あ、それは小学生男子に失礼かな」
「なにをー。みこちんはぐりぐりの刑だー! ぐりぐり」
「やめてー」
というキャラなのである、この私は。学業成績は中の下、でも体育だけはバッチリ、部活は中学から高2の今もバスケまっしぐらの、典型的な体育会系女子でもある。短めの髪型と相まって、周囲には、いわゆるボーイッシュみたいな扱いである。
そんな私が、実は小さい頃からコンピュータに関心があり、その機械の中に『理想の彼氏』を実現することに邁進していたなんて……黒歴史以外の何者でもないではないか。表向きの私は、そんな内向き傾向の趣味の反動なのかもしれない。我ながら、残念過ぎる性格なのは自覚しているが、もう後戻りできないところまで来ている。
「もう、朝から教室でこんなことばかりしてたら、彼氏なんてできないよ。霞、かわいいのに」
「彼氏なんて要らないもーん。私は、元気に楽しく過ごせていたら、それでいいもーん」
現実の彼氏が要らないのは確かだ。私の理想を具現化した容姿と性格を備えたハルトがいれば、私は満足である。子孫を残す生命体として失格? そんなのは他の人にお任せである。
「よせよせ、田町。御子神に色気とか、期待するのも疲れるだけだぜ」
「成瀬くん、いきなり現れて、霞をバカにしないで! というか、色気とか変なこと言わないの!」
「そうだそうだー、みこちんのいうとおりだー」
「おい、当事者の御子神が他人事っぽいぞ?」
「それでもダメ!」
こんな感じで言い合ってるみこちんと成瀬くん……成瀬桃矢だが、実はお付き合いしている。ふたりとも私と同じクラスで、高1の頃から熱々のカップルとして校内でも有名である。ちょっとばかしワイルドな成瀬くんと、清楚な感じのみこちんは、もっぱら『美女と野獣』と評判である。
「そうだよ、成瀬。御子神さんだって女の子なんだから」
「井上、お前もそれ微妙に御子神をバカにしてないか?」
「そんなことないよ。僕は正直に言っただけだから」
「ありがとー、井上くん! でも、私はお付き合いはNOだよ!」
「ちえっ」
井上新太。イケメンで成績も良く、スポーツもひと通りできるという、如何にも女子にモテるタイプである。というか、実際にモテる。ワイルド系な成瀬と仲がいいのも、そっち系の女子にバカウケである。
ただ、とても軽い。ナンパ気質であるというのもあるが、身長体重も小柄で軽い。それが、ほとんどの女子にいろんな意味で人気があるのだが……私の趣味ではない。私は正統派なのである。ハルトのように。ハルトのように!
「じゃあさ、御子神さんは、どんなタイプの男の子が好きなの?」
「ハルトのように!」
「即答かよ。いや、井上も何回同じこと訊くんだよ」
「いやあ、そろそろ好みが変わっているかなあと」
「そんなことないもーん。あ、今日のお昼も、みんなでスマホ中継見ようね!」
「また俺たちも見せられるのかよ……」
元々VTuberとして私が動かしていた『ハルト』にAIを組み込んだのは、こういうこと……単独でライブができるようにするためでもある。はっきりと言及してはいないが、ハルトの中の人は、時間に余裕がある大学生か自宅警備員……という体である。間違っても、夜な夜なその造形を作り込んでいるJKなどではない。イメージは大切である。視聴者にはもちろん、私自身のためにも。