43、お払い箱
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あれからしばらくすると、梅雨が開けて稲高に夏がやって来た。装いも薄着になり、プールの授業も始まった。
薄着すぎてさすがに男と偽るには無理がある。枝本さんにはいずれ女とバレていたかもしれない。
暇になった私は、珍しく共同キッチンでミルクプリンなんかを作ったりしていた。ミルクプリンってつまりは牛乳ゼリーだよね?次はコーヒーとか抹茶とか入れてみようかな?
「あれ?また一葉ちゃん?」
私がプリンを冷蔵庫へ入れようとしていると、知恵さんがキッチンにやって来た。
女子寮には料理ができるように、共同キッチンという名の小さな調理室がある。でも知恵さん以外の人が使うのを見た事が無い。
だから、私がここにいるのも珍しい事だった。
「暇になったので料理にチャレンジしてみました。これ、もしちゃんと固まったら味見してもらえませんか?」
「それはいいけど、どうして暇になったの?……あ、そっか。殲滅委員会無くなったんだよね」
そう、私が暇になった理由は、害虫殲滅委員会が無くなったから。
殲滅委員会が無くなれば、生徒会会議室の枝本さんについている必要も無い。それに、無くなったのは殲滅委員会だけじゃない。バドミントン部も無くなった。
今まで殲滅委員をやる代わりに、部の存続が認められていたらしい。
「生徒会長、教室で虫を見ても我慢してるらしいね~」
「そうなんですか……」
あれから枝本さんは、虫を見ても多少の我慢ができるようになり、教室で授業を受けていた。
「そういえば、一葉ちゃんは夏休みはどうするの?実家へ帰るんでしょ?」
もうすぐ夏休みに入る。お盆以外は寮にいていいらしいけど、お盆休みは寮母さんもお休みで不在だった。
「もし良かったら、私達と一緒にアルバイトしない?」
「アルバイト?」
「そう、私達今年もお盆の間だけ旅館で住み込みのバイトしようと思ってるの」
家へ帰りたくないワケありな先輩達は、寮にいられない1週間を近くの旅館で泊まり込みでアルバイトをする事で埋めていた。
「是非!一緒に連れて行ってください!」
私は即答でお願いした。できれば私も家に帰りたくない。
あの日、結局電車が無くなって道場の隣のお家に泊めてもらった。寮母さんへの連絡も遅くなってしまって、無断外泊となってしまった。
その事が親に報告が行き、母はカンカンだった。ただでさえこの学校にいる事に反対なのに、もう一度家に戻ったらそのまま転校させられかねない。この前なんか実家の近くの私立の女子校を進められた。
殲滅委員会が無くなって枝本さんの側にはいられ無くなったけど、稲高にいれば二度と会えないわけじゃない。
これで良かった。これが、自分が望んだ結果。
枝本さんには婚約者の存在が十分虫除けになっていて、効果の薄いただの虫除けの私はお払い箱になった。
私は弱い。弱くて無力。
多分、あの無断外泊が引き金になった。
私と枝本さんが次の日に揃って帰ると、月曜日に職員室に呼び出された。
職員室の会議室、テーブルを挟んでソファーを向かい合わせた場所で、私と枝本さんは並んで座った。そこまでは何となく想定内だった。
ただ、先生の後に紗菜さんが入って来て、先生の隣に座った。教師でもないのに、何故かそこに紗菜さんの姿があった。
紗菜さんはただ黙って先生の隣に座っていた。
先生はお説教をした後、他の先生に呼ばれて出て行った。
先生が出て行った後、枝本さんは紗菜さんに「どうしてお前がいるんだ?」と訊いた。
その質問を無視して、紗菜さんは落ち着いた声で枝本さんに言った。
「邦君、こんな事言いたく無いけど、彼女まだ16歳よ?成人した大人が未成年連れまわして何をしてるの?」
「……………………」
それについては枝本さんも返す言葉が無かった。
「違うんです!私が悪いんです!私が捕まったから……」
「あんたもよ!あんたのせいで邦君に全部責任がいく事わかってる?何もわかってないでしょ?また彼を停学にして退学でもさせたいの?」
「そうじゃ…………」
枝本さんは何も悪くない!悪くないのに!
「理事長だって何度も庇いきれない。邦君、ここを卒業しないつもり?」
「別に庇って欲しいなんて言ってない。お前には関係無い」
「そうです!枝本さんは何も関係なくて……」
すると、紗菜さんはその可愛らしい顔を歪ませて、ひどく険しい顔をした。
「黙りなさいよ!邦君が悪いわけが無いでしょ?だからこっちがムカついてるんでしょ?」
それは、全ての元凶が私かのような言い草だった。
「何度も邦君を巻き込んで……あんた、邦君の人生を潰す気?」
「それは違う!巻き込んだのは俺の方だ!だから全部俺が責任を取る!」
枝本さんはテーブルを叩いて紗菜さんを睨みつけた。
それが発端だった。それから枝本さんは変わった。
それからというもの、枝本さんは虫を見ても暴れ無くなった。ちゃんと教室にも通い、必然的に枝本さん対策の殲滅委員会は無くなった。
こんな風にして、枝本さんが虫嫌いを克服するとは思わなかった。
だからもう、虫除けは必要無くなった。




