10話:双子の男の子誕生と旅行
やがて2003年となった。その頃には、太一の長女の百合は、立って歩くようになった。そして、4月2日に、奥さんの由美子さんが、気分が悪いと言い、産婦人科にかかると、妊娠したことがわかり、出産予定日が10月11日と知らされた。6月、7月、梅雨が明ける頃には、大きな、お腹を抱えて、汗びっしょりになった。昨年から、NTT千葉に勤務して通勤は10分と近くなった。
8月の検診で双子ではないかと産婦人科の先生が告げた。そのため、出産休暇を9月11日から申請した。そして、太一の母が、来てくれ、身の回りの面倒を見てくれるようになり、太一も9時から17時の勤務をお願いした。やがて、10月9日に産婦人科病院に入院して、11日に、双子の男の子、長男を太郎と次男を謙二と名付けた。弟の誕生に、長女の百合が、最初、戸惑っていたが可愛がって頭をなでた。
そして11月、12月と太一と太一の母の良江が、奥さんの由美子さんと、子供達の面倒を見て、炊事、洗濯、買い物を手伝った。やがて2004年となった。その後も太一と母の良江さんが子供3人の面倒を見続け、少しづずつ暖かくなった。4月となり、5月連休後の5月11日に、母の良江さんが自宅に帰り、子育てで、大変なときには、太一がコンビニを休んで家族の面倒を見た。
そして6月1日から、奥さんの由美子さんがNTTに復職し、自宅から近い、NTT千葉の事務所に通い始めた。家族が増えたので、クラウンを売って、9人乗りハイエースに乗換えた。そして土日には、太一夫妻が子供3人と両親と妹を乗せて8人で、秋にはマザー牧場、冬には鴨川、勝浦の温泉に出かけるようになった。太一は、子供が風邪を引けば、コンビニを休み家族本位で仕事を続けた。
そのうちに2005年となった。この頃には、長女は、近くの保育園に、預ける様になった。2005年になると、家族達7,8人で、アクアラインを利用して横浜に出かけるようになり、山下公園、横浜港、外人墓地、みなとみらい、元町、中華街と観光名所巡りを楽しんだ。奥さんの由美子さんが、橫浜の魅力に見せられて、みなとみらいのタワーマンションに住みたいわね言った。
その後、橫浜から横須賀、三浦半島、城ヶ島、油壺、鎌倉へ、ハイエースで出かける日々が増えた。そして、費用は、毎回、太一が支払っていた。鎌倉は、春の桜、新緑、海岸線の美しさなど、太一の母の良江さんが気に入って喜んでくれた。妹の多惠さんが、会社の同僚と仲良くなって、結婚して、実家を出て、実家では両親2人きりになった。
やがて2006年となり、この年もハイエースで、両親を連れて、茨城、橫浜、川崎、箱根、熱海と毎月の様にドライブに出かけた。しかし、今年初めて長男の太郎がインフルエンザにかかり謙二、百合に感染して、子供達が治り始めた頃に、母の由美子が感染して、5日間、会社を休むことになった。幸いなことに、太一は、感染せずに、家族の面倒を見ていた。
やがて、桜の頃になり、両親と鎌倉、橫浜の桜の名所を巡ってきた。その後、5、6月には、橫浜のバラの名所、海の見える丘公園、山下公園でバラを鑑賞して、多くの写真を撮ってきた。橫浜のホテルに1泊して、横浜中華街で昼食をとって、美味しいものを食べた。また、元町では女性達が、気に入った、洋服や茶碗、カップを選んで、数点、買い込んで来た。
しかし、夏場は、暑いので、7月中旬から9月中旬までは、出かけずに、自宅のエアコンの下で、ゆっくり過ごしていた。それにしても、最近の猛暑と豪雨、台風と気象がおかしくなっているのを太一は、肌で感じていた。10月、一度泊まってみたかった、山下公園の前のホテル・ニューグランドを予約して、両親と子供達の7人で、3部屋を予約して宿泊した。
泊まってみると、朝食のベーコンエッグの美味しさは、今迄、味わったことのない味で感激した。それも、海を見渡せる素晴らしい部屋での朝食は、また格別だった。女性達がホテルの庭でのアフタヌーン・ティーも、お願いと言われ、予約したが、初めて感じる、なんとも言えない気持ちの良さを楽しんだ。そして、千葉に、帰って来た。