お連れ様がお待ちです
デパートで買い物をしている時だった。近くの天井にあるスピーカーから流れる音楽が途絶え、女性のアナウンスが聞こえてきた。
「お買い物中の藤堂さま、藤堂さま、お連れ様がお待ちです。1階サービスカウンターまでお越しください」
あれ、おかしいな。今日は一人で来たのに。連れなんているわけがない。なのに呼び出しがあるなんて。不思議に思いながらも、俺はサービスカウンターへと向かった。
「申し訳ございません。先ほど来られた方がどこかへ行ってしまって……」
デパート内の案内やアナウンスなどをするのであろう、カウンター内の女性は申し訳なさそうに言った。
「そうですか、でも今日は一人で来たんですが、何かの手違いでしょうかね」
「おかしいですね……」
とりあえず俺は詳細を尋ねてみることにした。
「あの、アナウンスをお願いしたのはどのような人だったんですか?」
「白いシャツ、黒いスーツを着た黒ネクタイの男性でした」
「そうですか……心当たりがありませんね」
「あの、とにかく申し訳ございません。何かの手違いだったようで」
そう謝りながらも不思議そうな顔をした女性に「いえ、いいんですよ」と言い、俺はデパートを出た。
それからだ。駅やデパート、ファミレスの店内などで、俺が「お連れ様がお待ちです」と言われ始めたのは。決まって呼び出すのは白いシャツ、黒いスーツ、黒いネクタイの男性。まるで喪服のような格好をした謎の人物が現れては消えていく。
俺はすっかり恐ろしくなり、極力出歩かないようになった。どこへ行っても奴は追ってくる。そしていつも俺を呼び出しては消えていくのだ。それでも駅だけは通勤のために必要なために向かう。その間もたびたびアナウンスがあるが、無視することにした。行っても無駄だとわかっているから。
そんな日々が3ヶ月も続いた頃、郵便受けに封筒が入っていた。中身を開けてみると出てきたのは、1枚の紙と有名な遊園地のチケットが2枚。紙には「抽選の結果、チケットが2枚当たりましたのでお届けいたします」の文字が。しかし、なんの抽選なのか知らないが、少なくとも遊園地のチケットに応募した覚えはない。
「ここでもまた“お連れ様”かよ……」
身に覚えのないチケットを不気味に思い、捨てようと思ったが、考え直した。
「せっかくだから気晴らしにでも行ってみるか……」
最近は家に引きこもりっぱなしだ。またあのアナウンスがあるかもしれないが、行ってみるのも悪くない。俺は友達を誘った。
次の日曜日、俺と友達は遊園地にいた。あちこちのアトラクションを周ると心も晴れてきた。友人も、
「最近めっきり会わないし、会っても暗い顔してたから心配したよ。でも、今日は楽しそうでよかった」
と言ってくれた。
そして何よりも、あのアナウンスがない。本当に“お連れ様”と一緒にいるからだろうか。それともたまたまないだけだろうか。いずれにせよ、この事実が俺の心を明るくしていた。来てよかった、と心から思った。
いくつかのアトラクションを周った俺たちは、ジェットコースターの近くにいた。たまたま目に入ったために近づいたが、少し遠くから見るよりもかなりでかい。友人などは
「俺、やめておくよ。休憩してるから」
と逃げ出したほどだ。
でも俺は乗ることにした。絶叫系アトラクションは大好物だ。
30分ほど列に並び、いよいよ自分の番が回ってきた時、ゲートそばに立つ係のお姉さんが言った。
「お連れ様とは隣の席に座られますか?」
なんだよ、ビビって逃げたけど、やっぱり乗るのか。からかうようにそう言おうとした俺は隣を見て固まった。俺の横に立つ男は友人なんかじゃない。白いシャツに黒いスーツ、黒ネクタイ。遊園地に似つかわしくない葬式帰りのような男だ。
なんで、お前が、ここに、いるんだよ。そう思ったが言葉が出ない。やっとの思いで声を出し、お姉さんに言った。
「いえ、違います。連れじゃないです。あと、俺、やっぱり乗らないんで!」
最後は叫ぶような口調でそう言い、ダッシュでジェットコースターから離れた。こいつのそばにいたくない、恐怖で必死だった。
走って逃げ、息が枯れて動悸が激しくなった頃、手近なベンチに座った。と、その時だった。悲鳴が聞こえ、次の瞬間地響きとドーンという大きな音が響き渡った。そして、また悲鳴が上がる。
音がした方を見ると、大破したコースターが少し目に入った。慌てて他の野次馬と共に近づくと、ぐちゃぐちゃになったコースターと、散らばって血を流した十数人の乗客がそこにはあった。
「大丈夫か!」
「救急車を呼べ!」
「応急手当てを!」
周りにいる人々が大声を挙げ、負傷した、あるいは既に事切れた乗客に近づくなか、俺は必死で黒いスーツの男を探した。あいつは? あいつはどこにいる? 死んだのか? それとも生きているのか?
だが、いくら探しても奴は見つからなかった。倒れた人々のなかに、白いシャツ、黒スーツに黒ネクタイの男なんていなかった。
なんでいないんだ……? 頭のなかで疑問が渦巻いた俺は救急車のサイレンが鳴り我に帰るまで、呆然と立ち尽くしていた。
翌日、新聞の一面を見た俺は、事故の原因がコースターの車輪の老朽化によるものだと知った。
そしてそれから何日経っても、俺があのアナウンスをふたたび聞くことはなかった。