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ゲーム実況に縛りプレイを求めるのはお前(妹)だけだ。  作者: 白姫真夜
0話「才能と無能」
3/11

0話【出会いと才能の交差】2/5

 とまあ、再び妹と刃。じゃなくてコントローラーを交える事となった訳だが。一分越しの俺が意気揚々から、意気消沈に変わっていたのは言うまでもない。


「...な...何故だ」


 ぷるぷると手を痙攣させる。初めから分かっている事でもここまで圧倒されると流石に気持ちも萎えていくというものだ。手も足もでないという言葉を生み出した先人の知恵を少しは疑うぞ。だって今状況だけを見れば、手も足もでないくらいに縛られてるのは...こいつの方なんだぞ...。

 

「にい。この【ID】というゲームの大きな特徴である攻撃値や防御値の大半を占めているのはキャラ毎の個々の数値じゃなくて、経験値をお金に変えて手にいれたアイテム。つまりこのゲームの強さはアイテムに依存していると言っても良い。

 ステージに幾つかに配置されたキャラを倒す事で得られるボーナスポイントでアイテム変換や、スキル振りしていくんだけど、実はアイテムの出現するパターンや理論値によってスポーンするキャラの場所は幾つか限定されている所がある。つまりどれだけゲームが下手な人でもパターンを頭に叩き込んでさえしまえば、対戦相手よりも先に自分のキャラを成長させる事が出来る」

「...次元がちげえよ...」


 正直言ってくくるが何をいっているのか大半を理解出来なかった。「にい。」の時点で俺の頭はオーバーヒートして思考停止の一途を辿っていたからだ。

 ...初めから聞く気がない?違う。断じて否。聞く気が無かったのではなく、聞く気力が無かっただけだ。聞く力も一種の才能であり、それを生まれながらにして持っているかどうかも個人差によるものだ。つまり俺はそれを生まれながらにして持ち合わせてはいなかった。ただそれだけの話である。

 どうーゆーあんだーすたんど?


「これくらいやろうと思えばにいでも二日でマスター出来る。攻略の術を理解する早道は、まずは相手の上手い所を盗む所から、下手な部分を排他して、それでいて上手なプレイを盗み取っていく。理科の実験でした、ろ紙で薬品を漉す様な感覚に似ている。にいがうまくなる為には私のプレイを真似して、自分のプレイスタイルに段々型はめていく事。...だと思う」

「...だと思うっ。て、...おいおい。ここまで饒舌に語っておいて最後だけ随分と信憑性に欠ける言い方をするじゃないか」

「...あくまで私の中での話」


 まあ、くくるが強引に言葉を濁す様な言い方をした理由は分かっているんけど。

 さっきの言葉の濁しを失言と踏んだのか、くくるは、流す様にして手早く次の対戦の準備を進める。


 ...まあ、昔から変わらないんだよな。こいつは。


 


 


 俺がくくると出会ったのは、俺が旧姓葛西から詩張に変わってすぐの話だ。


「...夕空ゆあです。...これから宜しくお願いします」


 そう、新しく親になる詩張夫妻に手軽な挨拶を済ませた後、自分の部屋と言われた場所にへと向かう。階段から二回に上がり、回れ左してすぐ先の部屋。木製の軽い扉をかちゃりと開き中を覗く。ベッドと本棚と勉強机。それ以外は特に何もない質素な作り。俺が持ち込むべきものは大体手荷物で済ませてしまっている。こじんまりと部屋に置かれた一つの段ボールくらいは目についたが、別にこれも無いならないでいっこうに構わない。


 葛西としての俺は。それくらいに何も無かった。


 簡単に荷物をまとめると、窓を開ける。綺麗な曇り一つない快晴。それが俺の心の中を反して揶揄しているのか、それとも俺のこれからを表した暗喩なのか。どちらでも構わない。俺が「夕空」である限り未来に希望なんて持てないのだから。大器晩成は結局の所才能をはなから持ち合わせていた奴が言う言葉なのであって、俺みたいな凡人が気軽に口にしてはいけない言葉だ。それくらい俺はわきまえている。


「そう言えば...」


 この詩張家には一人娘がいると言っていた。今は訳があって学校には行っていないらしいから、きっと今もこの家にいる筈だ。俺は部屋から出ると、そいつの部屋を探す。俺の隣に位置する部屋。そこに掛かれた立て札には「くくる」の文字が書かれていた。


「...ここか?」


 しかし違和感どころじゃない。何故ならその部屋の扉は厚い金属の様なもので出来ていて、明らかに他の部屋とは纏うオーラが違っていたからだ。防音部屋...。ピアノのレッスンとか、ヴァイオリンとか音楽の関係に趣を置いている贅沢な輩がよくそんな部屋を所望されるが、現物で見たのはこれが初めてだった。


「...とんだお嬢様じゃねえだろうな」


 高飛車な女の扱いとかは別段苦手ではないが、めんどくさい女程、話していて時間に無駄なものはない。俺は心を落ち着け、これから害虫と向き合う覚悟で扉をノックする。


「...」


 中からの返答は無し。先程と変わらない妙な静けさが廊下を覆う。俺は繰り返しノックをするが返事が返ってくる見込みは無かった。


「...あ、そっか」


 俺は重要な事を見落としていた。もしかしたら、そいつは俺を無視しているのでもなく、聞こえない振りをしているのでもなく。単にノックの音に気がついていないだけなのではないか。金属製の防音部屋となれば、外部からの無駄な音もシャットダウンされている可能性がある。俺のノックの音は中の人に届く事無く、完全に消滅されて、消えた。

 名探偵も後ずさりしてどぶに浸かってしまいそうな天才的な推理を頭のなかで ご披露してみせる。得意げに扉のドアノブをまわすと、俺は勢い良く扉を引いた。


「...おーい。いるのk...」

「...」


 まるで時間が一瞬だけさぼったのか。それとも俺の記憶が一瞬抜けていたのか。俺はその一瞬が目に焼き付いて離れなかった。


 静寂の中一人佇む一人の少女。空色の透き通る長い髪を背中におろし、きめ細かい繊細な肌は妖艶さを表している。幼げな顔に似つかわしい長いまつげ。服から割って見える胸はほどよくふくれている。それは妖精、いや天使の体現といってもいい。そんな美少女が下着姿に上着一枚というあられもない姿でご登場してくれたものだから。俺は目を奪われて、立ち尽くす他無かった。


「...」

「...あ。ええと...」


 これは非常にまずい状況である事を時間差で理解し、俺は慌てて取り繕うとする。確かに故意では無いにせよ、他所様の部屋を勝手に開け、それでいてそこいいた年頃の女の子のほぼ全裸を目撃してしまったのは...言い訳が出来ない程に犯罪的だ。なんとか言い訳を...何かいい感じにこの状況を...。


「...くくる...ちゃん?」


 なんか名前を聞いてしまった。違う。俺が言いたかった事はそんな事じゃ...!


「うん」


 ...うん。って...あれ。なんか予想と違う反応が...。こういう時ってだいたいお決まりで、「な!何よ急に人の家に上がって!変態!最低っ!」とか罵倒されるものだとばかり思っていたが...。


「...俺、今日からここにお世話になる夕空...。っていいます。よろしく...」

「...そう」


 この異常にも構わず自己紹介を通してみたがまさかの無関心...それともあまりにも急展開過ぎて彼女自身もついていけていないのだろうか。それにしてはあまりにも質素な返事だ。状況だけ見れば妹の部屋に押し掛けてむき出しの裸を見た変態義理兄なんだぞ...?

 くくるは乱れている服を正そうともせず、俺の顔を覗き込む。


「...お兄さん...になるの?」

「...え。ああ。一応な...」


 年は一応聞いている。中学一年生で、高校一年の俺とは三つ年が離れている。という事は言わずもがなこいつの兄にはなる訳で...だけどそれを今聞くもんなのか?


「...あの」

「...なに?」

「...怒ってないん...ですか?」

「...怒る.......なんで?」


 首をかしげられた。嘘だろ...こいつ。まさかこの異常事態に何も感じていないと言うのか...?それともそういう場数を越えすぎてこの状況も特に何も感じない様な、いわゆるビ...ビっ...。


「兄さんは、私の裸目当てで来たの?」

「...え」


 くくるは変わらずの無表情で俺に質問する。いやまあ...別にこの部屋に入るまでは、こいつがこんな姿だとは思わなかった。つまり俺は綺麗さっぱりの無実な訳で答えはNOだ。


「...違うけど」

「...そう。じゃあいい」

「...いい...え?」


 くくるはそう言うと、くるりと体を翻してタンスを開ける。中から部屋着かなにかを取り出すと、唯一下着を隠していた上着を脱ぎ出す。


「ちょっ!?え!お前なにしてんの!!?」

「...何って。この服はパジャマだから。普段着ている服に着替えるの」

「それは分かるけど!?なんで俺がいるのに平気でお着替えを続行しているんだって意味だ!」

「...私の裸目当てじゃないなら兄さんは別に何も思わないと思ったから」

「...思わないって...これでも思春期入った高校生だぞ!?そんな平然と着替えらても困るんだよ!!

「...へんなの。私の事興味ないって言ったのに」

「興味ないとかあるとかそういうのは別だろ!とにかく後ろ向いてるから!!早く着替えろよ!」


 俺は入ってきた扉とご対面して、静かにくくるの着替えを待つ。衣擦れ音が空気を挟んで俺の鼓膜に伝わってくる。なんだ...この変な気持ち。こんなの体に毒だろ...。大きく鼓動を打つ心臓を抑え、ぐっと息を飲んで待つ。


「...終わった」

「...はあ。...あのなあいくら俺が紳士なジェントルメンだとしてもだなあああああ!!??」


 全てを言い切るうちに反転してみれば。そこには先程にも増して全裸の度合いが上がったくくるの姿があった。てか全裸。長い髪が胸を直通しているのが幸いして大事な部分は隠されていたが、下は生まれたままの姿を晒している。俺は反射的に視界に入る前に手で目を覆っていた為、どうなっていたかは分からない。...ほんとにだ。


「おまえっ!!なんで服着てねえんだよ!!着替えろって言っただろうがっ!!」

「...別に兄さんに終わったとは一言も言っていない。自分に対して、下着を全て脱ぐのが終わったと言っただけ」

「紛らわしいんだよ!!てかなんで服を着替えるのに下着も一緒に脱いでるんだ!お前普段から下着つけない人種な訳!?」

「...一理ある」

「いっみ分かんねえよ!!てか!!いいから早く服を着ろ!!」


 驚いた。まさか...物心を持ち始めて、初の女の全裸を見る事になったのが義理の妹だなんて...。言えない。絶対に他の人には言えない。ましてや他の人からシスコン扱いされるなんて...そんな汚名をようようと受け入れてなるものか。


「...兄さん」


 兄さんって...順応早すぎだろ。そういうのって時間を開けてからだんだん名前呼びから変わっていくもんじゃないのか...?

 今も尚後ろで着替えを進めているくくる。俺は淡白に返事を返す。


「な、なんだよ」

「...兄さんは、なんでこの家に来たの?」

「...なんでって...」


 まあ、当然だよな。いきなり家に男が上がって、今日から俺がお前の兄だから。宜しく。なんて言われてすんなりと受け入れられる訳がない。それに見合う理由と説明が必要になるのは確かだ。


「...俺の葛西での両親。父さんは離婚で、母さんは病気で死んだんだよ」

 

 俺の母はかなりの病弱で、家引き蘢っては社会を風刺した様な、「人間と社会の共存」をテーマにしたグロテスクでヒステリックな絵画を描き続けていた。特別精神に異常があった訳ではなかったが、母は何故か好んでそういう絵を描き続け、周りからは批難と罵倒の嵐で飛び交っていた。当然それは家族にも飛び火してきた訳で、これまでは清純で正当なサラリーマンを通してきた父が、ある日を境に周りから嫌悪な目で見られる様になっていった。俺も近所から気味悪がられ、父と同様に何もしていなくても周りから浮いた存在になっていった。

 それから父は、そういうストレスと理不尽な現実に堪え兼ねて、暴力的になっていった。俺の体を蹴り飛ばして、服を掴んで壁に押し当てて。だけど、母にぶつけるべきその怒りの矛先はいつも俺で、鬱憤ばらしを、俺に対する暴力で解決するようになった。


「...でもまあ。結局最後は父さんも愛想尽かせて離婚して、母さんはその後すぐに病気でしんじまったよ。問題の引き取り手には悩まされていたけど、母さんと古くから交友のあったお前の家に引き取られて今に至るって訳だな」


 一通りの説明を済ませ、俺はしゃべるのを止める。この話はあまり好きじゃない。あの日の記憶は早急に消しさってしまいたいくらいに。あそこでの生活は地獄のような毎日だった。


「...もういいわ」


 このもういいわは。着替えを済ませたの合図のもういいわなのか。それともはたまた見当違いな。お話に対するまあいいわなのか。俺は決心して後ろを振り向く。そこには平然と着替えを済ませ、髪を靡かせたくくるの姿があった。

 だぼだぼな、大人用にしても少し大きめな上着をふとももの辺りにまで纏い、サイドに髪を束ねている。中学生とは思えない色気、艶かしさともいえるそれが。そこにはあった。


「...つまり」


 くくるは口を開く。俺は少女の答えに何を期待していると言うのだろうか。慰めの言葉...それとも同情か。励ましの言葉...。

 しかし次に発した言葉に、俺は戸惑いを隠さずにはいられなかった。




「つまり、母の才能に嫉妬した父が自分の無力さに堪え兼ねて、暴力でそれを補おうとしたってことでしょ」


 


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