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私の名前

作者: さわら



私のお腹の中で知らない誰かが歓喜の叫び声をあげる。


怖くなってお腹を押さえてうずくまる。


私の頭の中で何千何万もの感謝の言葉が響きわたる。


口を押さえて、悲鳴を押し殺す。


既にこの世にいない、どこかの、誰かの、全ての喜びの感情の、そのあふれ出た叫びで私の体中が埋め尽くされていく。


他人の剥き出しの感情で私の体と心が塗りつぶされていく。


涙が止まらなくて、ただ怖くて怖くて、必死に両手で自分の体を抱きしめて小さく震え続ける事しか出来ない。


そうして何十分か、あるいは何時間か経った頃、全ての魂が私の体を通り過ぎて儀式は終わりを告げる。


その後の、私の体の中身を全て持って行かれてしまったような、その空っぽの静寂の中で私はゆっくりと意識を失う。恐怖も絶望の感情もとっくに過ぎて、ただ疲れて、全てを諦めて意識を手放す。


さまよう魂をその身に受け入れ、天へと送り返す。それを聖女の御業と皆は呼ぶ。私は、死者の為の生け贄なんだと思う。


意識を完全に失うまでのその僅かの間、思い浮かべる。私が聖女に選ばれる前、平凡などこにでもいるような町娘の私を、誰よりも大切な人だと、好きだと言ってくれた、あの人の事を。



もう一度あの人の名前を呼びたい。もう一度、あの人に私の名前を呼んで欲しい。





何年か過ぎた頃から、さまよう魂が以前とは比べものにならない程増えてきた。


私には何が起きたのかを知る術は無い。それに今となっては、知りたいという感情も湧いてこない。


ただ繰り返し、魂を受け入れて送り出す以外に、私にすべき事もない。


そうしていつものように儀式を始める。


さまよっていた魂が群がり、救いを得た喜びの激情が私の体の中でいっせいに吐き出される。


まだ僅かに残っていた私の恐怖や悲しみの感情が幾千万の歓喜に踏みにじられ、すり潰されていく。


もはや私はうずくまる事もなく、涙も出ず、踏みにじられた自分の感情を眺めるかのようにぼんやりと俯いている。


その時、私の胸の辺りで、かすかに誰かを呼ぶ声が聞こえた。


意識していてもかき消されてしまいそうなその小さな声は、必死に誰かの名前を呼び続けていた。


小さなその声は、少しずつ遠ざかりながらも、何度も何度もその名を呼び続けている。


そうしてやがて、その声は私の体を通り過ぎていった。


私はそっと胸に手を当てる。あの声が、まだ心のどこかに残っているようで、それを確かめるように。


そうして呟く。あの人の名前を。


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[良い点] 漂うBadend臭 [一言] れ、恋愛ジャンルなのか……
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