5.
さっすが親父。ギターの手入れもチューニングも欠かしてないなぁ。
というかこれはあれだな、さっきまで弾いてた感じだな。近所迷惑考えろ。
ぺんぺんと音を鳴らして、チューニング不要なことを確認する。
商店街を通る人がちらちらと、不思議そうに俺を見ていくのがわかる。
そりゃまあ、こんな場所じゃストリートライブするやつなんていないだろうし。
帰ってきて、響と出会った駅前。ちょうど商店街の中心で。
俺はギターを担いで立っていた。
響、お前、俺のギターが聞きたいって言ってたんだろ?
だったらいくらでも、お前が嫌って言うまで弾き続けてやるから。
歌だってお前にはかなわないけど、それでも練習したんだぞ?
この三年の成果、情けないかもしれないけど、全部聞かせてやるから。
だから、頼む。
もう一回、俺の前に出て来てくれよ。
ふう、と深呼吸。吐く息が白い。
ええと、どうしようかな。まずは響が好きだった曲から……
曲を決めて、もう一度深呼吸。
絶対に響を見逃さないように、前を見て。
「おー! やるっぽい雰囲気! かーちゃんファイト! がんばれー!」
そんな声が聞こえてきたら、絶対に聞き逃さないから。
「いやー、地元に帰って凱旋ライブだね! これは聴き逃せないね!」
って。
「……はい?」
普通に聞こえたぞ、今。
「え? あれ? ストリートライブとかじゃないの? 今から商店街を熱狂の渦に巻き込んでやるぜイエー! モッシュ! ダイブ! 飛び交う生肉! みたいなそういう」
「……響?」
「うん」
めっちゃ目の前にいるんだけど、響。それもなんだ、超わくわくしてる感じの、きらっきらした目で。
「響だよな?」
「そうだよ?」
うん、響だな。その赤いマフラーに茶色いコートにあほづら。間違いない、響だ。
「ってお前なあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「わああああああああああああ!????????」
道を行く人がびっくりしてこっちに注目する。
ボイトレもしとくもんだなぁ。すごい声が出たぞ……
「おま、お前なあ!」
「わあ! ちょっとかーちゃん落ち着いて! 暴力反対! ノーモア!」
「いい! ちょっと来いお前! こっちこい!」
むんずと襟元に手を伸ばす。
「あ! それだめ!」
けど、俺のその手は、見事に響をすり抜けた。
「……つまりあれか、幽霊か」
「さすがかーちゃん、察しが早くて助かるね」
「死んだの?」
「いやー、私としてはいつもみたいに寝て、いつもみたいに起きるつもりだったんだけどね。なんか気がついたら」
「死ぬって超軽いのな。いいのかそれで」
「まあ、考えすぎても寿命縮まりそうだし」
「いやもう寿命ゼロだろ」
「そうだよ、寿命ゼロの幽霊って大変なんだよ? 物には触れないし、ほとんどの人には見えないし聞こえないし、たまに聞こえるか見えるかする人がいても相手してくれないし、幽霊になっても霊感がなかったら幽霊は見えないらしいから、基本ずっと一人だし」
「幽霊も霊感が必要なのか。すごいな」
「だからかーちゃんが私を見つけてくれて、声までかけてくれたんだもん、びっくりしちゃったね、ほんと」
「俺って霊感とかないんだけどな」
「あー、実は私に恋してて、愛の力とか?」
「それはない」
「早いよ」
うーん、これが幽霊か。
すり抜けてしまった手前納得するしかないけど、別に透けてないし、足あるし、普通に響だし、全然納得できん。
何より本人がこんなんだ。もっと悲壮感とかないのかよ。
「って、ほらほらかーちゃん、見なよ。なんだかみんなが注目してるよ?」
言われて通りのほうを見る。
思いっきり叫んだからかと思ったけど。
「たぶん私、かーちゃん以外には見えてないからね。一人でぶつぶつ言ってる変な人だよ。通報されるよ」
あー、だからなんか遠巻きに見られてるのな……
「ごめんね、さっきは急にいなくなってびっくりしたでしょ。けど、そういうことだから。先生には私が見えないし、話がこじれちゃうじゃん」
「いや、お前が消えたから思いっきりこじれたんだけどな、話」
「まあまあ! ほら、弾いてよ、ギター。そのために来たんでしょ?」
「うーん、でもなぁ」
というか、響を探すために来たんだから、ここで弾く必要はなくなったんだけども。
「聞きたいな、かーちゃんのギター」
そう言われたら、なあ。
「……下手でも笑うなよ?」
「下手だったら笑うよ、そりゃあ」
「お前なぁ。うっし、じゃあそこで聴いとけ!」
「うん!」
べん! と、景気づけに弦を弾く。
通りがかる人は、やっぱり不思議そうに見るだけで、誰も立ち止まろうとはしないけれど。
どんな場所でやるよりも、上手く演奏できる気がする。
「じゃあ、一曲目!」
「がんばれー!」
こんなに楽しそうな響の顔が、すぐそこに見えてるんだから。