4.
久々に帰ってきた家も、やっぱり何も変わってはいなかった。
なんだかんだで気を遣ってくれたのか、単に面倒くさかったのか。
そのまま残ってた俺の部屋で寝転がって、ぼーっと天井を見る。
先生と別れて、何を馬鹿なことをって、響の家に行ってみたけれど。
『来てくれてありがとう。連絡するなって、本当にそればかり言われてたけど、響も喜ぶと思うから』
そんな、おばさんの言葉が全てだった。
きれいに飾り付けられた台の上で、写真の中の響は笑ってて。
けど、おばさんは頬がこけるくらいにやつれていて。
治療は大変だったけど、最期は全然苦しまなかったらしい。
いつもみたいに寝ぼけたまま、起きるのを忘れたんじゃないかって、そうおばさんは笑ってた。
つまり、なんだ。
俺が一緒にいたと思ってた響は、妄想かなんかだったのかな。
駅で降りて、誰か知り合いに出会って、響が死んだって聞いて。
信じたくなくて、それで、一緒にいると思い込んだ、とか。
こんこん。
「入るぞ?」
「返事の前に入ってくるなよ……」
首だけを親父のほうに向ける。
親父の言ってた大事な話っていうのも、やっぱり響のことだった。
それを聞いてすぐに部屋に戻ったから、心配して来てくれたんだろう。
「そういえばお前、向こうで酒は飲んでるのか?」
……いや、単に口実が欲しかっただけだな、これは。
起き上がって親父のくれた缶ビールの栓を開ける。
「響ちゃん、残念だったな」
「まあな」
「入院中もよくお見舞いに行ってたんだけど、お前には知らせるなってそればっかりでな。嫌われるようなことでもしたんだろ」
「してねえよ」
「帰ってくる頃には元気になって、お前のギターが聞きたいって。よく言ってたよ」
そう言って親父がビールをあおる。
ギターが聞きたい、か。
響に聞かせられるような演奏、できるかな。
あいつに胸張れるような、ちゃんとした生き方、できてたかな。
「ギターと言えばな、そこに新しく高校ができたんだけど」
「知ってる。うちの姉妹校で、そこの学祭に出たんだろ?」
「あれ、知ってたのか。誰に聞いたんだよ」
「誰って、ひび」
はっとする。
「親父、その学校って、できたの今年だよな? で、学祭はうちの高校と共同で」
「お、おう。どうした突然」
「学祭の時、犬いなかったか? でかくて真っ白な」
「おう、猫と一緒に入り口に繋がれてたぞ」
「商店街のよく行ってたケーキ屋のバイトのお姉さんさあ、結婚したんだって?」
「お前が出て行ってすぐくらいだな。近所でも話題になって……って、この辺の話、友達にでも聞いてたのか? えらい詳しいな」
そりゃそうだ。ここに来てすぐ、その話を聞いたんだから。
「今日の朝、ランニングしてたよな」
「会社でメタボって言われたからなって、それこそなんでお前が知ってるんだよ」
さっきは響のこと、妄想じゃないかなんて思ったけど。
俺の知るはずのないことを教えてくれたのは、誰でもない響なわけで。
響が俺の妄想なら、俺の知らないことを知ってるはずがないだろう。
つまり。
幽霊なのか妖怪なのか、なにかまあ、わからないけど。
いる。
響は、確かにどこかに、いる。
「親父! ギター貸してくれっ!」
「どうしたんだ、急に。楽器の貸し借りはしないって約束だったろ?」
「頼む!」
頭を下げる。
「……壊すなよ?」
「壊すか! ありがとう! あと俺ちょっと出てくるから!」
ぽかんとしてる親父をよそに、上着を着て、親父の部屋に向かう。
ギターをひったくって。靴を履いて。
待ってろよ、響。