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はなうた  作者: くろばね
3/7

3.

 クラスの友達の誕生日プレゼントなんかを選びに、小学生のころから通ってた雑貨屋。

 二人で小遣いを握り締めて、初めて好きなアーティストのCDを買いに行った音楽屋。

 学校帰りによくお菓子を買い食いしてた駄菓子屋。

 同じく、よく買い食いしてたコンビニ。

 いろんなところをまわるけれど。


「うーん、ないねぇ!」

「全然探し物してる人の感じじゃないけどな、お前」

「そう? これでも色々探してるんだけどね。人生とかー、この世に生まれた意味とかー」

「はいはい」


 商店街を抜けても、響の足は止まらなかった。

 何かを探してる風じゃないけど、その割に明確な目的地はあるようで。


「かーちゃんは? 私につきあってくれてていいの?」

「夜には帰るって電話したし、逆に言うと夜までなら帰らなくていいだろ」

「もう、早く帰ってあげればいいのに」

「ん、じゃあここでさよならだな」

「もー、またそんな事言うー」


 くるっと振り向いた瞬間、マフラーがふわりとたなびく。

 それを見た瞬間、ぽっと脳裏に高校時代の響が浮かび上がった。

 おきまりとは言っても、響は何種類かマフラーを持ってたはずだけど。


「それ、もしかしてあれか。学祭の時に付けてたマフラーか? 外だし、寒いからってぐるぐる巻きにしてたよな、それ」

「あ! さすがかーちゃん! よく覚えてる!」

「というか、コートもスカートもマフラーも、全部見覚えあるぞ……?」

「物持ちいいでしょ?」

「卒業したの何年前だよ……」

「じゃなくて、そう! かーちゃん今良い事言った! やっぱり覚えてるんだ、あの学祭のこと」

「まーな、忘れようがないし」


 あの学祭。

 響とは中学高校とずっと同じだけど、言ってるのは高校三年、最後の学園祭の事だろう。

 あの学祭がなかったら、俺は普通に受験して、大学に行って。

 ……その方がよかったのかな。


「あのときはかーちゃんの本気を見たよね」

「お前の本気は見れなかったけどなー」


 響の声に、あわてておちゃらけた返事をする。


「う……だからこそ今こうやって歩いてるんだよー」

「意味がわかんねえ……って、あれ、もしかしてお前」

「うん。次の目的地はね」


 言われて、目の前にくるまで気づかなかったのもあほくさいけど。


「うちの高校か」

「そうでーす」


 くるくると、アホみたいに回って、響が校門の前でポーズ。

 いやまあ、今日は土曜だし、授業ももう終わってるんだろうけど。


「誰かに会いに来たとか? アポ取ってある?」

「ううん、かーちゃんと出会ったのがまず偶然だからね。一人じゃ来ようとは思わなかったし」

「入る?」

「入る」

「入れんの?」

「入れるよ。さあ! さあ!」


 早く早く、とジェスチャーでせかす響。


「いやでも、最近ってセキュリティとか厳しいんじゃないんだっけ。入れるのかこれ」

「そこに守衛さんがいるから、一声かけていけばいいんじゃないかな」

「俺に隠れながら言われてもな」

「なんか守衛さんって怖くない?」

「いや全然」

「かーちゃんは感情がないんだね。ロボだね」


 とかいう響を残しつつ、言われたとおりに守衛さんの詰め所へ。


「すいません、卒業生なんですけど。……ええと、ちょっと懐かしくなって」

「はいはい、こんにちわ。何か身分証みたいなものと、あと、卒業年度って覚えてます?」


 そうきたか。

 いやまあ、免許証持ってるし、年度も覚えてるけど。

 年度を言うと守衛さんはパソコンをぺちぺち叩いて、すぐに顔を上げた。


「えーと、品川奏さん、ね。それじゃあこれを首から提げてもらえば」


 と、首から提げるタイプのホルダーを一つ渡されて、それだけ。

 セキュリティ厳しそうでゆるいなぁ。卒業生がなんか悪いことしようとか考えてたらどうするんだろ。

 そんなことを考えながら、響のところに戻る。


「というか、俺だけでいいのかな」

「代表だけ付けてればいいんじゃないの? ごーごー!」


 まあ、守衛さんも響がいるのには気づいてるはずだしいいのかな。

 首からそれを提げて。


「誰かに会いに来たわけじゃないんだよな?」

「うん。けど懐かしいじゃない。かーちゃんは行きたいところってある?」

「うーん、いきなり言われてもなぁ」


 部活は特にやってなかったし、会いたい先生もそんなにいないし。


「私はあるんだけどね、行きたいところ」

「ん、どこ?」

「さっき学祭の話したでしょ? 中庭だよ」


 それだけ言って、ずんずんと歩いて行く。

 今日たまたま俺に会ってここに来ることを決めたわりには、目移りもせず、しっかりとした足取りで。

 学祭と、中庭。

 俺にとっては、確かに意味のあるところだけど。


「どうしたのー?」


 あまり気が進まない。

 それでも、それを断って、響に何かを言われるのが嫌だ。

 その気持ちだけで、ついていく。


「ふんふ~ん。ん~♪」

「ご機嫌だな」

「あれから歌、好きになったからね。前から好きだったけど、もっとだよ」

「あれから?」

「またまた、わかって言ってるくせに」


 そうやって、着いた中庭は。


「……変わったなぁ」


 俺たちがいたときはただ広い空間があるだけだったのに、草はきれいに刈り取られてて、花が植えてあったり、ベンチが置いてあったり。


「おお! きれいになってる!」

「まあ、な」


 思い出の場所だから、変わって欲しくない。

 そんな風には思ってなかったし、商店街も変わってなくてがっかりしたくらいなのに。


「あれ、あれだけ変化を求めてたかーちゃんなのに、お気に召さない?」

「いや、いいんじゃないか。休憩しやすそうだし。よっと」


 その、新しく置かれたベンチに座る。


「響も歩きっぱなしだろ」

「ん? それはなに、私に隣に座って欲しいのかな?」

「なんか言ったか?」

「ううん、ぜんぜん」


 響は座ろうとはしない。うわーとかひえーとか言いながら、くるくるちょこまか動いてる。


「よ! で! うひょう! だね!」

「止まって言え。うるさい」

「かーちゃんはどう? 元気で音楽、やれてる?」


 この場所に来た以上、響はそう聞いてくるだろう。

 十中八九そう思ってたから、用意してた答えを返せばいい。


「まあ、なんとか。色々難しいけどなー」


 当たり障りのない、無難な。


「そっか! そっかそっか、それはよかった」


 そんな答えを、響は正面から受け止めて、信じてくれる。


「やー、かーちゃんが音楽やるって飛び出したのは私のせいじゃない? だから責任感じててさ」

「いや、全然お前のせいじゃないから」

「またまた、ここで学祭の時に私とライブやったから、でしょ?」

「ライブって言えるような曲数じゃなかったけどな。誰かのせいで」

「誰かのおかげで二曲も成立したって言ってくれないかな」

「お前からの条件だったよな?」

「おわびにアイスおごったよね?」


 まあ、よくある話で。

 親父が趣味でギターをやってたのもあって、高校生になるころには俺もギターを触るようになっていた。

 どんな馬鹿でも続けていれば、ある程度は弾けるようになる。

 そうなると、次はやっぱり、どこかで披露したくなるわけで。



『で? 私が学祭で歌うの? なんで?』

『いやお前、歌だけは上手いだろ?』

『だけはって言ったね今。んー、じゃあ、わかった。そのかわり』

『そのかわり?』

『かーちゃんの本気を見せてよ。冗談じゃないって、やる気だってわかったら、私も本気出すから』



 その、響の言った、本気の示し方って言うのが。


「あれが俺の初めて作った曲だったんだよなぁ」

「オリジナルの曲を作ってこい、って言ったら、かーちゃんも諦めると思ったんだけどね」


 それも三曲。

 楽譜をなぞって満足してただけの俺にはかなりの難題だった。

 それでも、高校の時の俺はギターが、音楽が好きだった。

 夏休み中必死で、受験勉強も忘れて、毎日ギターをかき鳴らして。なんとかメロディを完成させて。


「作詞は私がやるって言っちゃったんだよね。失敗したなぁ、あれ」


 それを披露したときの響の驚いた顔は今でも覚えてる。


「まったく準備もなにもしてなかったんだよな、お前」

「何度も謝ったじゃんよー! 今更蒸し返さないで!」


 本当に作ってくると思ってなかったのか、作詞なんてすぐできると思ってたのか。

 とにかく、学祭までの一ヶ月、響も必死で頭をひねって。


「いやー、いい曲だったんだけどね、三曲めも。壮大なラブソングになるはずだったんだけどなぁ」


 けど、間に合ったのは二曲だけだった。

 その二曲を練習して、この中庭に作った小さなステージで、初めて人前で披露して。


「それで、かーちゃんは音楽を仕事にしよう! って決めたんだよね」


 軽音部でもなんでもない俺たちが隅っこで演奏する、下手な音楽。

 けど、そんな音楽でも、立ち止まって聞いてくれる人がいて、拍手をしてくれて。

 ああ、音楽って素敵だなって。

 そう思ったから。


「……まあ、そうなるのかな」

「うんうん、いいじゃん、夢を追いかけてる若者! 生きてるー! って感じ」


 響は生き生きと、俺にそう言ってくれる。

 けど。

 実際はそんなにうまくいかなくて。

 すぐに壁にぶちあたって。

 やっと越えたと思ったら、またすぐに壁で。

 その間に、どんどん周りに追い抜かれて。

 何をしても「ありきたり」「変わらない」としか言われなくて。

 自分一人でやり遂げるって大口を叩いてたのに、自分がなにをしているのかわからなくなって。

 ……そんなタイミングだったから、帰ってきてしまった。

 自分でもわかってる。そういうことなんだろう。

 顔を上げる。


「響」

「ん?」

「えーと、その」


 うまく言葉にならない。

 けど、響には聞いて欲しい気がする。

 俺が言葉に詰まってる間も、響は笑って、こっちを見ていてくれる。

 だから。


「あの、歌えなかった三曲目さ」


「あれ? 品川くん?」


 割って入った声に、思わずそっちを見てしまう。


「やっぱり! 久しぶりだけど、どうしたの?」


 三年の時の担任の先生だ。受験せずに東京に出るって言ったときに散々迷惑かけたなぁ、この人には。


「お久しぶりです」


 話の腰を折られたけど仕方ない。立ち上がって頭を下げる。


「それはいいんだけど、何か用事? いえ、用事が無くても来てくれるのは嬉しいんだけどね」

「いえ、俺はたまたま帰ってきただけなんですけどね。駅で響……和泉と」

「和泉さん?」


 急に先生の顔が曇る。


「そうね。あなたは彼女と仲がよかったから」

「はい?」

「辛かったでしょう? もしかして、お墓参りに帰ってきたのかな」

「墓参り?」


 なんのことだろう。響の家族、誰か亡くなったりしたのかな。


「本当に、本当に残念。教え子のお葬式に出るなんて経験はもう、ね」

「……え?」

「知ってるって事は、もう話してもいいのよね。彼女、ずっと頑張ってたのよ? けど、あなたも向こうで頑張ってるはずだから、絶対に言わないでって。余計な心配をかけたくないし、すぐによくなるからって」

「なんの、話ですか?」

「和泉さんが亡くなった話、よね?」


 亡くなった?

 響が?


「いやそんな、冗談きついですよ。だってほらそこに」


 振り向く。

 誰もいない。


「……響?」


 返事はない。

 あれだけふんふん聞こえてた歌声も聞こえないし、くるくる回ってた赤いマフラーも全然視界に入ってこない。


「どうしたの?」

「いや、だって、さっきまで俺、響とここで」


 いない。

 響がいない。


「おい!? ちょっと待てよ! おい!」

「品川くん!? ちょっと、落ち着いて!」


 どうせ冗談なんだろ?

 親父に俺が帰ってくるって聞いて、先生とグルになって。

 そのへんで隠れててさ、急に出て来て「びっくりしたー!?」って。

 けど。

 いない。

 探しても。

 探しても。

 響が、いない。


「ごめんなさい、まだ知らなかったのね」


 暴れる俺を無理矢理ベンチに座らせて、先生がそう言ってくる。


「どういうことなんですか?」

「和泉さんが病気だったのは知ってるのかしら」

「……いえ、全然」

「そう」

 ふう、と先生が息を吐いて、空を見上げて。

「彼女ね、膵臓癌だったの」

「響が?」

「あなたたちが卒業して、一年くらいしてからかな。彼女から連絡があってね。ちょっと病気になって入院するけど、心配ないからって。それで、あなたには絶対に、自分が病気だなんて言うなって。あなたに連絡しそうな人みんなにそう言ってたみたい」

「なんで……」

「あなたは向こうで頑張ってるんだし、言ったら絶対心配するからって。それで、すぐによくなるから、黙ってればバレないからって。笑ってたわ」


 そんな話は初めて聞いたし、信じられるはずがない。

 けど、先生の言葉にはだんだん、涙が混じってきて。


「けど、膵臓癌って治療が難しいんですってね。それに、若いと進行が早いみたい。ちょうど一年前くらい……かな。うん、クリスマスの前だったわ」


 そこで言葉を切る。

 それ以上を言う必要はないからだろう。


「……けど、俺、本当に、さっきまで響と一緒だったんです。駅前で出会って、いろんな店回って」

「ごめんなさい。あなたが嘘をついてるとは思えないけど、それは本当にありえないの」

「でも!」

「……ごめんなさい」


 嘘。

 嘘だろ、そんなこと。


 響が死んだ、なんて。

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