3.
クラスの友達の誕生日プレゼントなんかを選びに、小学生のころから通ってた雑貨屋。
二人で小遣いを握り締めて、初めて好きなアーティストのCDを買いに行った音楽屋。
学校帰りによくお菓子を買い食いしてた駄菓子屋。
同じく、よく買い食いしてたコンビニ。
いろんなところをまわるけれど。
「うーん、ないねぇ!」
「全然探し物してる人の感じじゃないけどな、お前」
「そう? これでも色々探してるんだけどね。人生とかー、この世に生まれた意味とかー」
「はいはい」
商店街を抜けても、響の足は止まらなかった。
何かを探してる風じゃないけど、その割に明確な目的地はあるようで。
「かーちゃんは? 私につきあってくれてていいの?」
「夜には帰るって電話したし、逆に言うと夜までなら帰らなくていいだろ」
「もう、早く帰ってあげればいいのに」
「ん、じゃあここでさよならだな」
「もー、またそんな事言うー」
くるっと振り向いた瞬間、マフラーがふわりとたなびく。
それを見た瞬間、ぽっと脳裏に高校時代の響が浮かび上がった。
おきまりとは言っても、響は何種類かマフラーを持ってたはずだけど。
「それ、もしかしてあれか。学祭の時に付けてたマフラーか? 外だし、寒いからってぐるぐる巻きにしてたよな、それ」
「あ! さすがかーちゃん! よく覚えてる!」
「というか、コートもスカートもマフラーも、全部見覚えあるぞ……?」
「物持ちいいでしょ?」
「卒業したの何年前だよ……」
「じゃなくて、そう! かーちゃん今良い事言った! やっぱり覚えてるんだ、あの学祭のこと」
「まーな、忘れようがないし」
あの学祭。
響とは中学高校とずっと同じだけど、言ってるのは高校三年、最後の学園祭の事だろう。
あの学祭がなかったら、俺は普通に受験して、大学に行って。
……その方がよかったのかな。
「あのときはかーちゃんの本気を見たよね」
「お前の本気は見れなかったけどなー」
響の声に、あわてておちゃらけた返事をする。
「う……だからこそ今こうやって歩いてるんだよー」
「意味がわかんねえ……って、あれ、もしかしてお前」
「うん。次の目的地はね」
言われて、目の前にくるまで気づかなかったのもあほくさいけど。
「うちの高校か」
「そうでーす」
くるくると、アホみたいに回って、響が校門の前でポーズ。
いやまあ、今日は土曜だし、授業ももう終わってるんだろうけど。
「誰かに会いに来たとか? アポ取ってある?」
「ううん、かーちゃんと出会ったのがまず偶然だからね。一人じゃ来ようとは思わなかったし」
「入る?」
「入る」
「入れんの?」
「入れるよ。さあ! さあ!」
早く早く、とジェスチャーでせかす響。
「いやでも、最近ってセキュリティとか厳しいんじゃないんだっけ。入れるのかこれ」
「そこに守衛さんがいるから、一声かけていけばいいんじゃないかな」
「俺に隠れながら言われてもな」
「なんか守衛さんって怖くない?」
「いや全然」
「かーちゃんは感情がないんだね。ロボだね」
とかいう響を残しつつ、言われたとおりに守衛さんの詰め所へ。
「すいません、卒業生なんですけど。……ええと、ちょっと懐かしくなって」
「はいはい、こんにちわ。何か身分証みたいなものと、あと、卒業年度って覚えてます?」
そうきたか。
いやまあ、免許証持ってるし、年度も覚えてるけど。
年度を言うと守衛さんはパソコンをぺちぺち叩いて、すぐに顔を上げた。
「えーと、品川奏さん、ね。それじゃあこれを首から提げてもらえば」
と、首から提げるタイプのホルダーを一つ渡されて、それだけ。
セキュリティ厳しそうでゆるいなぁ。卒業生がなんか悪いことしようとか考えてたらどうするんだろ。
そんなことを考えながら、響のところに戻る。
「というか、俺だけでいいのかな」
「代表だけ付けてればいいんじゃないの? ごーごー!」
まあ、守衛さんも響がいるのには気づいてるはずだしいいのかな。
首からそれを提げて。
「誰かに会いに来たわけじゃないんだよな?」
「うん。けど懐かしいじゃない。かーちゃんは行きたいところってある?」
「うーん、いきなり言われてもなぁ」
部活は特にやってなかったし、会いたい先生もそんなにいないし。
「私はあるんだけどね、行きたいところ」
「ん、どこ?」
「さっき学祭の話したでしょ? 中庭だよ」
それだけ言って、ずんずんと歩いて行く。
今日たまたま俺に会ってここに来ることを決めたわりには、目移りもせず、しっかりとした足取りで。
学祭と、中庭。
俺にとっては、確かに意味のあるところだけど。
「どうしたのー?」
あまり気が進まない。
それでも、それを断って、響に何かを言われるのが嫌だ。
その気持ちだけで、ついていく。
「ふんふ~ん。ん~♪」
「ご機嫌だな」
「あれから歌、好きになったからね。前から好きだったけど、もっとだよ」
「あれから?」
「またまた、わかって言ってるくせに」
そうやって、着いた中庭は。
「……変わったなぁ」
俺たちがいたときはただ広い空間があるだけだったのに、草はきれいに刈り取られてて、花が植えてあったり、ベンチが置いてあったり。
「おお! きれいになってる!」
「まあ、な」
思い出の場所だから、変わって欲しくない。
そんな風には思ってなかったし、商店街も変わってなくてがっかりしたくらいなのに。
「あれ、あれだけ変化を求めてたかーちゃんなのに、お気に召さない?」
「いや、いいんじゃないか。休憩しやすそうだし。よっと」
その、新しく置かれたベンチに座る。
「響も歩きっぱなしだろ」
「ん? それはなに、私に隣に座って欲しいのかな?」
「なんか言ったか?」
「ううん、ぜんぜん」
響は座ろうとはしない。うわーとかひえーとか言いながら、くるくるちょこまか動いてる。
「よ! で! うひょう! だね!」
「止まって言え。うるさい」
「かーちゃんはどう? 元気で音楽、やれてる?」
この場所に来た以上、響はそう聞いてくるだろう。
十中八九そう思ってたから、用意してた答えを返せばいい。
「まあ、なんとか。色々難しいけどなー」
当たり障りのない、無難な。
「そっか! そっかそっか、それはよかった」
そんな答えを、響は正面から受け止めて、信じてくれる。
「やー、かーちゃんが音楽やるって飛び出したのは私のせいじゃない? だから責任感じててさ」
「いや、全然お前のせいじゃないから」
「またまた、ここで学祭の時に私とライブやったから、でしょ?」
「ライブって言えるような曲数じゃなかったけどな。誰かのせいで」
「誰かのおかげで二曲も成立したって言ってくれないかな」
「お前からの条件だったよな?」
「おわびにアイスおごったよね?」
まあ、よくある話で。
親父が趣味でギターをやってたのもあって、高校生になるころには俺もギターを触るようになっていた。
どんな馬鹿でも続けていれば、ある程度は弾けるようになる。
そうなると、次はやっぱり、どこかで披露したくなるわけで。
『で? 私が学祭で歌うの? なんで?』
『いやお前、歌だけは上手いだろ?』
『だけはって言ったね今。んー、じゃあ、わかった。そのかわり』
『そのかわり?』
『かーちゃんの本気を見せてよ。冗談じゃないって、やる気だってわかったら、私も本気出すから』
その、響の言った、本気の示し方って言うのが。
「あれが俺の初めて作った曲だったんだよなぁ」
「オリジナルの曲を作ってこい、って言ったら、かーちゃんも諦めると思ったんだけどね」
それも三曲。
楽譜をなぞって満足してただけの俺にはかなりの難題だった。
それでも、高校の時の俺はギターが、音楽が好きだった。
夏休み中必死で、受験勉強も忘れて、毎日ギターをかき鳴らして。なんとかメロディを完成させて。
「作詞は私がやるって言っちゃったんだよね。失敗したなぁ、あれ」
それを披露したときの響の驚いた顔は今でも覚えてる。
「まったく準備もなにもしてなかったんだよな、お前」
「何度も謝ったじゃんよー! 今更蒸し返さないで!」
本当に作ってくると思ってなかったのか、作詞なんてすぐできると思ってたのか。
とにかく、学祭までの一ヶ月、響も必死で頭をひねって。
「いやー、いい曲だったんだけどね、三曲めも。壮大なラブソングになるはずだったんだけどなぁ」
けど、間に合ったのは二曲だけだった。
その二曲を練習して、この中庭に作った小さなステージで、初めて人前で披露して。
「それで、かーちゃんは音楽を仕事にしよう! って決めたんだよね」
軽音部でもなんでもない俺たちが隅っこで演奏する、下手な音楽。
けど、そんな音楽でも、立ち止まって聞いてくれる人がいて、拍手をしてくれて。
ああ、音楽って素敵だなって。
そう思ったから。
「……まあ、そうなるのかな」
「うんうん、いいじゃん、夢を追いかけてる若者! 生きてるー! って感じ」
響は生き生きと、俺にそう言ってくれる。
けど。
実際はそんなにうまくいかなくて。
すぐに壁にぶちあたって。
やっと越えたと思ったら、またすぐに壁で。
その間に、どんどん周りに追い抜かれて。
何をしても「ありきたり」「変わらない」としか言われなくて。
自分一人でやり遂げるって大口を叩いてたのに、自分がなにをしているのかわからなくなって。
……そんなタイミングだったから、帰ってきてしまった。
自分でもわかってる。そういうことなんだろう。
顔を上げる。
「響」
「ん?」
「えーと、その」
うまく言葉にならない。
けど、響には聞いて欲しい気がする。
俺が言葉に詰まってる間も、響は笑って、こっちを見ていてくれる。
だから。
「あの、歌えなかった三曲目さ」
「あれ? 品川くん?」
割って入った声に、思わずそっちを見てしまう。
「やっぱり! 久しぶりだけど、どうしたの?」
三年の時の担任の先生だ。受験せずに東京に出るって言ったときに散々迷惑かけたなぁ、この人には。
「お久しぶりです」
話の腰を折られたけど仕方ない。立ち上がって頭を下げる。
「それはいいんだけど、何か用事? いえ、用事が無くても来てくれるのは嬉しいんだけどね」
「いえ、俺はたまたま帰ってきただけなんですけどね。駅で響……和泉と」
「和泉さん?」
急に先生の顔が曇る。
「そうね。あなたは彼女と仲がよかったから」
「はい?」
「辛かったでしょう? もしかして、お墓参りに帰ってきたのかな」
「墓参り?」
なんのことだろう。響の家族、誰か亡くなったりしたのかな。
「本当に、本当に残念。教え子のお葬式に出るなんて経験はもう、ね」
「……え?」
「知ってるって事は、もう話してもいいのよね。彼女、ずっと頑張ってたのよ? けど、あなたも向こうで頑張ってるはずだから、絶対に言わないでって。余計な心配をかけたくないし、すぐによくなるからって」
「なんの、話ですか?」
「和泉さんが亡くなった話、よね?」
亡くなった?
響が?
「いやそんな、冗談きついですよ。だってほらそこに」
振り向く。
誰もいない。
「……響?」
返事はない。
あれだけふんふん聞こえてた歌声も聞こえないし、くるくる回ってた赤いマフラーも全然視界に入ってこない。
「どうしたの?」
「いや、だって、さっきまで俺、響とここで」
いない。
響がいない。
「おい!? ちょっと待てよ! おい!」
「品川くん!? ちょっと、落ち着いて!」
どうせ冗談なんだろ?
親父に俺が帰ってくるって聞いて、先生とグルになって。
そのへんで隠れててさ、急に出て来て「びっくりしたー!?」って。
けど。
いない。
探しても。
探しても。
響が、いない。
「ごめんなさい、まだ知らなかったのね」
暴れる俺を無理矢理ベンチに座らせて、先生がそう言ってくる。
「どういうことなんですか?」
「和泉さんが病気だったのは知ってるのかしら」
「……いえ、全然」
「そう」
ふう、と先生が息を吐いて、空を見上げて。
「彼女ね、膵臓癌だったの」
「響が?」
「あなたたちが卒業して、一年くらいしてからかな。彼女から連絡があってね。ちょっと病気になって入院するけど、心配ないからって。それで、あなたには絶対に、自分が病気だなんて言うなって。あなたに連絡しそうな人みんなにそう言ってたみたい」
「なんで……」
「あなたは向こうで頑張ってるんだし、言ったら絶対心配するからって。それで、すぐによくなるから、黙ってればバレないからって。笑ってたわ」
そんな話は初めて聞いたし、信じられるはずがない。
けど、先生の言葉にはだんだん、涙が混じってきて。
「けど、膵臓癌って治療が難しいんですってね。それに、若いと進行が早いみたい。ちょうど一年前くらい……かな。うん、クリスマスの前だったわ」
そこで言葉を切る。
それ以上を言う必要はないからだろう。
「……けど、俺、本当に、さっきまで響と一緒だったんです。駅前で出会って、いろんな店回って」
「ごめんなさい。あなたが嘘をついてるとは思えないけど、それは本当にありえないの」
「でも!」
「……ごめんなさい」
嘘。
嘘だろ、そんなこと。
響が死んだ、なんて。