2.
てくてくと駅前の商店街を並んで歩く。
「んー、るるる~らららら~♪」
昔と変わらない。人目もはばからず、鼻歌を歌いながら進む響。
うん、超はずかしい。
「お前なぁ」
「ん~♪ え、なに、聞いてなかった」
「……いやまあ、いいけど」
相変わらずきれいな声だ、とか思ってしまった自分に腹が立つ。
十二月に入ったところなのに、商店街はいろんなところにクリスマスの飾りがついてて華やか。そういえば毎年こんなんだったっけ。
「このへんも全然変わってないよな。田舎の商店街なんてもうだめで、歯抜けになってると思ってた」
「そりゃそっちに比べたら田舎だろうけど、ここはそんなに田舎でもないよ?」
呆れた顔で見られる。はいはい、俺が悪かったよ。
「あ、でも。変わったことは色々あったよ」
「というと」
「ほら、二人でよく行ってたケーキ屋さんあったじゃない。アーケードの端の。モンブランがすっごい美味しいとこ!」
「ああ、バイトのお姉さんが強烈なとこな。まだいるのかな、あの人」
「いるもなにも、お店のパティシエさんと結婚したよ」
「マジで!」
「声が大きいよ、もう。そうだね、かーちゃん、あの人のこと好きだったもんね」
今度はにたぁ、と意地の悪い顔。いやいや、好きとかそんな。
いやでもなー、なんかショックだな……
「あとは……今年から近所に新しい高校もできたし、あとはね、えーと……」
「ほら、やっぱりそんなに変わってないんじゃないか」
「もう! 今考えてるんだから!」
「考えないとないんだろ?」
「うー、かーちゃんのいじわる。いいじゃん、変わらないままっていうのもさー」
変わらないまま。
その言葉が、なんだか胸にぐさっとくる。
「どうしたの?」
「ん、なんでもない。それより、どこ行こうとしてるんだよ」
「まずはー、本屋さん!」
「そこで落としたのか? けど一年前だろ、とっくに処分してるんじゃ」
「まあまあ、ほらほら、行くよ?」
「はいはい……」
こいつ、本当に落とし物なんてしてるのか……?
* * *
ガラスのドアを押して、店内に入る。
その瞬間、俺の開けたドアを強引にくぐるみたいにして、店内から人が出て来た。
隣には響がいたんだけど、まるで見えてないみたいにその人は俺の横を抜けていく。
それを響はありえないくらいオーバーにのけぞって避けようとして。
「わあっ!?」
当然のようにずっこけた。
どしん、と。音がしないのが不思議なくらいなしりもちをつく。
「……いや、今の人が悪いとは思うけど、お前もビビりすぎだろ。大丈夫か?」
「うう、今のは私わるくないよー。じゅうぜろで過失あの人だよー」
「はいはい。立てるか?」
手を差し出して。
……ぴんく。それもわりとふりふり。
まあ、響も見た目は女の子だし。彼女もいない身には刺激が辛いというか。
どうして女の子の足の付け根ってこうむっちりしててそそるんだろうというか。
「……見た?」
「見てない」
「見たでしょ?」
「いや全然。ほら、早く立てよ」
というか早く隠せ。頼むから。
「見たって言われた方が気が楽だし、かーちゃんになら別にいいのに」
「そうやって誘導しようとしてもダメです。見たって言った瞬間殴られてただろ、いつも」
「やっぱり見たんじゃない!」
「店先でこんなんやってたら迷惑だろ。ほら、立て立て」
「何色だった?」
「知らんがな」
「むー、かーちゃんのえっち。へんたい」
こっちをにらみながら、響は差し出した俺の手を取ろうとして。
その手を、ひっこめた。
「どうした? どっか痛いか?」
「ううん、大丈夫」
よいしょ、と言って一人で立つ。
「うん、どこも痛くない! 行くよ!」
「せっかくの人の厚意を……」
「ぱんつ見たくせに」
べー、と舌を出しながら、改めてドアをくぐる。
まったく、小学生かお前は。
店に入っても、響は店員さんに落とし物を聞いたりはしなかった。
「あ! いつのまに新刊出てたんだろ! うわー、三冊も出てる!」
「あれ、お前これ、発売日にいつも買ってたじゃん」
「最近忙しくてね、すっかり」
とか。
「そういえばかーちゃん、そういう音楽雑誌に載ったりとかしてないの?」
「どんな大物になったんだよ俺。というか、読みたいならお前も立ち読みしろ。俺のを無理に読もうとするな。超読みにくいから」
「えー、いいじゃない、面倒くさいし」
とか、そんな感じで、やっぱり落とし物とか探し物とか、そんな気配はまったくない。
で、もちろん何かを買ったりもせずに。
「そろそろ行こっか!」
店を出る。レディーファースト! とかのたまって、俺にドアを開けさせて。
「へへ、かーちゃんはやっぱり優しいね。東京に行ったら優しさを忘れるって言うけど」
「初めて聞いたぞそんなの」
そのまま、また商店街を歩く。
「次は?」
「んー、ええとね……あ、わんこだ」
ぴ、と響が前の方を指差した。
「おお、でっかい犬だなぁ」
まっしろで大きな犬がのしのし歩いて来ていた。
学校帰りなのかな、高校生のカップルがデートがてら散歩に連れてきてるみたいだ。
背の小さい女の子に、すらっと大きい男、さらにでっかい犬。
女の子は遠目にも可愛いし、男の方もイケメンだ。その分犬がすごいアホ面で、見事にバランスが取れている。
「高校生カップルかぁ、うらやましいね。あ、私たちもこうしてたらカップルに見えるかな?」
「冗談でもやめろ」
「またまた、うれしいくせに」
うるさいなこいつ。チョップしたろか。
「あの女の子、うちの制服だね。後輩かな」
「男のほうの制服は違うよな。この辺に他の高校あったっけ?」
「ほら、さっき言ったじゃん。山の上に出来たんだよ。うちの姉妹校だって」
「へー。いつのまにそんなことに」
「今年は合同で学園祭やってたよ? おじさんがバンド組んでライブするって言うから見に行ったんだけど、なかなか大規模でね。出番も最初で、なんかすごい盛り上げようとしてたよ」
なにやってんだあの親父は、本当に。
「会場も新しく出来た学校のほうだったから、すごくきれいだったし」
「うちの校舎ボロいもんな」
「建ってるのが不思議なくらいだったよね」
と、そんな事を言いながら、おさんぽカップルとすれ違う。
その瞬間、大人しく歩いてた犬が急ブレーキ。
「ばう!!!」
はっきりこっちを向いて、大きな声で吠えてきた。
「うおっ!?」
「あ! す、すいません!」
「ごめんなさい! 大丈夫ですか!? こら!」
慌てて二人が謝ってくる。
「え、ああ、大丈夫大丈夫。大きい犬だからびっくりしただけで」
「すみません! 普段は全然無駄吠えしないんですけど……」
「なんでかな、元々知らない人には吠えない犬なのに」
「それ、犬としてどうなんだ……?」
「とにかく、すみませんでした!」
ぺこぺこと俺に頭を下げる二人に、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「いやいや、吠えられただけだし気にしないで」
「びっくりしましたよね。もう! 散歩中はダメって言ったでしょ!」
め! と犬に向かって怒る、後輩の女の子。
怒られたのがわかったのか、響に向かってベロを出してた犬がしゅんとなる。
「まあまあ、そいつも吠えたの一回だけだし、悪気はなかったんだろ。あ、撫でていい?」
「はい! 噛みませんから、どうぞ!」
「ほら、響も。お前犬好きだろ?」
「ううん、私はいいよ」
「そうか? こんなふさふさなのに」
ぺしぺしと頭を撫でたり、アゴの下をもふもふしたり。一通り堪能する。
「うわ、気持ちいいな……ほんとに撫でなくていいのか? って、おい」
後ろにいた響が、いつの間にかもっと後ろ。
ドラッグストアの看板に隠れるみたいにしてこっちをうかがっていた。
「響?」
「あの、どうかされましたか?」
「いや、連れがいただろ? あいつも犬好きなはずなんだけど、なんか逃げちゃって」
「はあ……」
「とにかくありがとな! 堪能した!」
「いえ、こちらこそすいませんでした!」
ぺこ! と最後に折り目正しく頭を下げる二人。
体育会系の部活でもやってるのかな、お辞儀が鋭い気がする。
釣られて頭を下げた後で、響を追いかける。
「おい!」
「うーん、動物ってすごいなぁ。それかあの子が特別なのかな」
「響?」
「ごめんごめん、ちょっと考えごとしたくて」
「頭使うとハゲるぞ? お前はほら、特に」
「それ女の子にいう言葉!?」
「それにしてももったいないな。超もふもふだったのに、あの犬」
「というか、さっき学園祭の話したでしょ? あそこにあのわんこ、いたんだよね」
「学祭に? 犬が?」
「うん。入り口で招きわんこしてたよ。そのとき十分遊んできたから大丈夫」
「ふーん、飼い犬を連れてきたとかそんな感じなのかな」
「知らない人には吠えないって言ってたけど、あのわんこ、私のことを覚えてたのかもね」
「あんなアホっぽい顔だったのにお利口だったんだな……」
「まあ、また会えたら私ももふもふしようっと。それじゃかーちゃん、次行くよ!」
人目もはばからず、おー! と拳を振り上げて前に進む響。
「次って、どこ行くんだ?」
「えーと、次はね!」
振り返ることもなく、響はずんずんと進んでいった。