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はなうた  作者: くろばね
1/7

1.

 電車がカーブにさしかかります。ご注意ください――

 イヤホン越しでも、はっきりとそんなアナウンスが頭に入ってくる。

 高校三年間、ほぼ毎日、一日二回ずつ聞いた声だ。耳が覚えてる。

 そんなことで実感するのもなんだけど。


 ……帰ってきたんだな。



 はなうた



 電車を降りて、改札を抜ける。

 三年ぶりの駅前は。


「変わってないなぁ」


 思わず声に出してしまうくらい、高校時代となにも変わっていなかった。

 改札を出てすぐ右手のコンビニとか、左手の和菓子屋とか、正面の魚屋とか。

 普通は一つくらい潰れてたり全部潰れたりして『変わったな……』とか言うもんじゃないのか、こういうのって。


 子どもの頃からよく来てた場所だけど、ここに来るのは三年ぶり。

 高校を卒業した後、大学に行かずに上京する。

 それを家族に反対されて、家出同然で家を飛び出して。

 当然、実家には寄りついてなかったけど、それでも帰ってきたのには理由があった。


『奏? お父さんがね、倒れたの』


 母親から、そんな連絡があったからだ。

 親父は俺の上京を唯一認めてくれた人で、専門学校の学費なんかもこっそり(当然ばれてるだろうけど)出してくれている。

 そんな親父が倒れたんなら、さすがに帰らないわけにはいかないだろう。

 どんな状態なのか、詳しいことは話してくれないし、切羽詰まって電話してくるくらいだ、相当悪いのかもしれない。

 と、ほんの5分前までは思ってたんだけど。


「あれ? かーちゃん?」

「かーちゃん言うな! お前のおかんじゃないし、せめてかーくんだろ!」


 いきなり飛んで来た聞きなじみのある声に、脊髄反射で返してしまう。

 ……いや、今の声って。


「響?」

「え?」


 目の前には、見知った顔。

 幼稚園から小中高校までの同級生。

 いわゆる幼なじみの女の子。

 和泉響が、そこに立っていた。


「……え?」


 それも超びっくりした顔で。


「声かけてきたのはお前だろ。なんだよその顔」


 げんこつでも入りそうなくらい、あんぐり大口を開けて、こっちをじーっと見る響。


「なんで?」

「あー、いや、その。いやでも、そんなにビビるか?」

「え? あ、うん。ごめんね」


 響は俺が出て行った事情も知ってるし、帰りたくない事情ももちろん知ってる。

 だからまあ、急に地元で出会ったら驚くのも当然だろう。

 ……いや、さすがにこれはビビりすぎだろうとは思うけど。

 こほん、と小さく咳払いをすると、響はにこっと笑って。


「帰ってきたんだ!」


 きれいに揃えた、ショートボブの黒髪が揺れる。

 首元には赤いマフラー。身長が小さいから、だぼっとした感じになるのをいつもからかってた、茶色のコート。チェックのスカートにストッキング。

 曰く、お気に入りコーディネート。

 その実、手抜きのおきまりセット。

 こいつもまったく変わってないな。


「どうしたの?」

「え?、あ、いやまあ、なんというか」


 じっと見てたのが恥ずかしくなって、目をそらす。


「あれだけ大口叩いて出て行ったんだもんね。やっぱ恥ずかしい?」

「じゃなくて、ほら」


 着信履歴の画面にした携帯を見せる。


「かーちゃんの、お父さん?」

「かーちゃんなのかとーちゃんなのかはっきり……じゃなくて、かーちゃん言うな」

「はいはい。奏のお父さん?」

「いや、親父が倒れたって母親から連絡があって、それで帰ってきたんだけど」

「あれ? 今朝もすれ違ったけど、元気にランニングしてたよ?」

「ランニングとか始めたのか、あの親父……」


 その親父から『あれは母さんがお前に帰ってきて欲しくてついた嘘だから。俺ピンピンしてる』って電話があった。それもついさっき。

 途中で帰られると困るから、逆算して着いた頃に連絡してきたんだろう。


「というわけで、なんかどうしていいかわからん」

「そりゃあ奏のお母さんも心配するよ。東京で音楽やるって出て行って、それから三年、ほとんど音信不通でしょ?」

「親父には時々連絡してたんだけどなぁ」


 と、連絡といえばだ。


「お前こそ一年くらいずっと音信不通だっただろ」

「え……あ、その、すいません」

「電話してもメールしても返事無し」

「反省してます。ええとね、色々やることがあって……」


 下を向いて、ばつが悪そうな顔をする。

 向こうに行ってからも、響とはわりと連絡を取り合っていた。

 ……んだけど、それも最初だけ。だんだん返事の間隔が延びていって。

 言ったとおり、ここ一年ちょっとはぱったり連絡が途絶えていた。

 正直なところ気になってはいたんだけど、俺の方にも余裕がなくて。

 でもまあ。


「元気そうだからいいや、許す」

「元気そう……うん、そうだね。元気。かーちゃんにも会えたし」

「だーかーらー!」


 けらけらと響が笑う。絶対わざと言ってるな、こいつ。


「で、響は? なにやってんの?」

「何してるって、人って人生においては果たして何を為そうとしているんだろうね」

「そんなこと聞いてないからな」

「かーちゃんは? 今から家に戻るの?」

「いやまあ、親父にも顔出せって言われたし、こうなったら一回帰るけどさぁ」


 顔を出せ、というか大事な話がある、とのことで。

 なんだろ、今更地元に帰ってこいとは言われないと思うんだけど。


「あー、帰りづらいんだ」

「……まあ」


 さすが幼なじみ。痛いところを突いてくる。

 幼なじみというか、響とはわりとその、なにかと一緒に行動してたというかなんというか。

 つきあってたわけじゃないけど、俺の認識では少なくとも友達以上ではあったというか。

 そんなわけなので、良く言えば遠慮がない。悪く言うなら容赦がない。

 お互いそれが普通だったし、三年のブランクがあっても、やっぱりそれは変わらなかった。


「よし!」


 ぶん! と響がこぶしを突き上げる。おお、このアホな仕草、やっぱり変わってないな。


「それじゃあ、私につきあってくれない? ええっとね、探し物、してるんだ」

「探し物? 何を?」

「え?」

「いや、探し物なんだろ? 何探してるんだよ、買い物か?」

「ううん、そうじゃなくて、落とし物? 忘れ物? みたいな感じなんだけどね。えーっと、ちょっと待って、考えるから」


 こいつ大丈夫か。

 響は腕組みしてうーんうーんとうなったあげく、謎のジェスチャーを交えて。


「こう、四角くて小さいの。それだと思う、うん」

「お前って前からなんかこう、そういう変なとこあったよな」

「もう! 何が変なの!」

「普通の人間は落としたものはきちんと把握してるぞ?」

「まあまあ、細かいことは気にしない。それじゃあ、移動しよっか。ここで騒いでると迷惑だし」


 言われて周りを見ると、確かにこう、みんなこっちを見てるような。


「一応ね、どこにあるかの心当たりはいくつかあるんだ。だから、そこを見てっていい?」

「落としたのはいつなんだよ。今日の朝?」

「うーんと、一年前くらい」

「警察行った方が早いな」

「まあまあ、ほら、いこー!」


 ずんずんと響は歩いて行く。

 何が何だかさっぱりわからないし、からかわれてるのかもしれない。

 それでも、やっぱり帰りづらいのと。


「……いやいやいや」


 もう一つ浮かんだ考えを打ち消す。

 俺と一緒にいたいから、理由をつけてつきあわせてる、とか。

 ないな、ないない。


「ほらかーちゃん! 急ぐよ!」

「せめてかーくんにしろ!」


 まあ、久々だしな。つきあってやるか。

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