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作者: 関嶋

ガー、ガシン。

ガー、ガシン。

ガー、ガシン。


ベルトコンベアが、白いスチロールの器をどんどんと運んでくる。

上には加工された肉が乗っている。

私はそれに延々と「299」と書かれたシールを張っていく。


ここは300301号レーン。

配属時に、そう説明された。随分たくさんレーンがあるんだなあ、と思った。


朝の9時から、夕方の16時までのシフト。

たまに深夜出勤もある。その場合は翌日は昼過ぎからの出勤になる。

休暇は週1回だけ。


なかなかに過酷な仕事だとは思うが、職のないご時世だ。ワガママは言っていられない。

それに、やることは一つだけ。そう考えると、他の仕事よりも楽かもしれない。

そう考えるのも、何度目になるんだろう。


隣では、私がシールを貼る前にラップでその器をくるむ男性がいた。

名前は知らないけど、私よりも長く務めているので、"先輩"と呼んでいる。


「先輩」


「ん」


深くキャップをかぶった先輩は、こちらを一瞥もせずに短く返事をする。

その間手は止まらない。コンベアが停止するまでは、休憩ができないからだ。

誰が動かしているのかは知らないが、停止する時間にはばらつきがある。

ただ、一度止まると1時間は再稼働しないので、停止したら休憩、と言う認識で作業をしていた。

一応、こちらから停止することも出来るが、緊急時以外は使わないで、と言われている。


「この肉って、牛ですかね?」


「さあ」


先輩はそっけなく答えた。

この話題も、もう何度目かわからない。

前髪が長く、表情が読めない先輩は、黙々とラップでくるんでいく。


「形的に、鳥では無いと思うんですよね」


「そうだな」


「だから、豚か牛か、あーなんだっけ、う、う・・・馬?」


「どうだろうな」


「シカや熊かも!」


「確か、絶滅しただろう」


「ああ、そうかあ。じゃあ、もしかしたら、ええと、なんでしたっけ、あのワンって鳴く・・・犬!か、猫?だっけ?かもしれないですね」


「さあ、どうだろうな」


実に、不毛な会話だ。

でも、暇は辛い。ボーッとしてると、シールを貼り忘れたり、2枚張ったりしてしまう。

そうなると、減給だ。ただでさえ少ないお給料なのに、減らされては堪ったものではない。

しかし謎だ。運ばれてくる肉が、何の肉かもわからない。

配属当初から、「肉が流れてくるから、シールを張って下さい」と上の社員に言われたっきりで、他に説明も無かった。


「そう言えば」


と私は言う。ふと思い出した。


「最近、あの社員さん見ないですよね」


先輩は何も答えない。

一度会話が途切れると、彼は「先輩」を付けないと、自分に言われたと思わないらしい。

私は少しむっとして、強めに言った。


「見ないですよね、先輩」


「そうだな」


先輩の口調は変わらない。

面倒くさそう、というわけではなく、心底興味がなさそうだった。


「辞めちゃったんですかね」


「さあ」


「前は週一回は来ていたのに」


「立場が変わったんじゃないか」


「そうなのかなあ。出世できるんですねえ、ここ」


「出世だったらいいけどな」


「え、まさか左遷ですか?」


「どうだろうな。ここが左遷先みたいなもんだから、他があるのかはしらないが」


確かに。と思った。

誰にでも出来る仕事だ。

それにしても今、先輩いっぱい喋ったな。

なんだか嬉しかった。


と、会話をしているとベルトコンベアが止まった。

壁にくっついている時計を見ると、16時を指していた。


「あ、おしまいですね。じゃあ、お疲れ様です」


私は先輩の横を通る。

先輩は答えない。

私はムッとする。


「お疲れ様です、先輩」


わざわざ正面まできて、言ってやった。

先輩の切れ長の瞳が、前髪からちらりと映る。

この人、顔はいいんだけどなあ。


「ああ、おつかれ」


先輩の口調は変わらないが、私の肩をぽんと叩いて男性用更衣室へ向かっていった。

なんとなく、お日様の匂いがした。気がする。


それで満足した私も、足早に女子更衣室へと向かった。

更衣室で作業着を脱ぎ、シャワー室へ入る。

作業後は必ずシャワーを浴びる、というのがここのルールらしい。

ただ、水ではなく、ミストシャワーだ。たまには、ザーッと水を浴びたいものだ。

そんな感想を抱きつつ、身体の汚れを落として、私は帰路についた。



「先輩はいつからここにいるんでしたっけ」


「覚えてないな」


今日もまた、不毛な日々が始まる。

私の楽しみは、とにかく先輩に質問して、先輩という人を紐解いていくことしか無かった。

好きな食べ物とか、好みのタイプとか、過去の恋愛話とか!

聞きたいことはたくさんあった。

大抵、「覚えてないな」しか言わないんだけど。


「私が来る前からいたから、1年は経ってますよね?」


「そうだな」


「先輩って今いくつなんですか?」


「25を越えてから、数えてない」


「ええ、そんな人いるんだ・・・逆に、なんで25までは覚えてるんですか?」


「それが、覚えてないんだ」


「忘れっぽい先輩だなあ」


「すまんな」


全く悪びれた様子もなく、先輩な言った。

この先輩は、本当に何も覚えてないらしい。

名前は、知らなくてもいいと思ったので聞くことはなかった。

ここでは、先輩と後輩で通じるからだ。

なにせ、フロアに二人しかいないんだから。


「そういえば、先輩。私が来る前って誰がいたんですか?流石に覚えてますよね」


「覚えている。男だった」


「へえ、いくつくらいの?」


「わからない。多分、年上だったと思う」


「自分の年齢もわからないのに、年上だってわかるんですか?」


「だから、多分だ」


「なるほど」


ということは、多分先輩よりも老け顔だったんだな。

先輩の顔は髪の毛のせいでハッキリ見えないが、そんなに老けていない。

私の推理では、28歳くらいだと思う。


「どんな話をしたんですか?」


「さあ、忘れたな」


「またまた、一つくらい覚えてるでしょ?」


「・・・確か・・・女の話だった」


「女の!どんな話ですか!」


「過去に付き合った女とか、そういう話だ」


「えー!聞きたい聞きたい!」


「すまん、覚えていないんだ」


「うそだー!絶対覚えてるよ!そんなの忘れるはずないもん!記憶喪失ですか!」


「・・・いや、記憶喪失ではない。が」


先輩は、ゆっくり口を開いた。

珍しく、先輩から語り始めようとしていたのだ

私にとっては、大事件だ。

あの先輩が。自発的に。すごい、今日は赤飯を炊こう。


「付き合っていた、ということは覚えている。ただ、誰だったか、どういう人だったか、それが思い出せない」


「ええ、記憶障害ですか?」


「わからん。思い出そうとすると、モヤがかかるような感じになるんだ」


「ええー、大丈夫ですか、それ・・・。ちなみにその男の人は、どうなったんですか?」


「わからない。お前がくる前日までは、ラップ担当だった」


「え、じゃあ、先輩ってシール張ってたんですか?」


「ああ、そうだ。お前がきて、ラップの担当になった」


「へえ、そういうシステムなんだ。・・・どうしちゃったんですかね、その人」


「さあ」


先輩は短く返事をする。

まるで他人事だ。きっと人に興味がないんだろうと思う。


「それより」


と、先輩が続けた。なんだ、今日はやけに話してくれるなあ。嬉しい。


「先程から何個か取りこぼしているようだが」


「えっ?あっ!やば!まってまって!」


私はベルトコンベアにシールを貼り忘れていた。

慌てて張っていない器にペタと貼り付け、なんとか事なきを得る。


「あ、危なかった」


「気をつけろ。結構、給料引かれるぞ」


「え、先輩も取りこぼしていたことがあったんですか」


「ああ、最初の頃は、結構あった」


「うそ、意外。機械みたいに黙々とやるタイプだと思っていたのに」


「慣れだな」


「そっかあ」


そうして、また黙々と作業をする。

珍しいこともあったもんだ。こんなに話してくれるなんて。

やっぱり、毎日続けることが大切なんだな、と思った。


そして、今日も作業を終える。


「先輩、お疲れ様でした」


「ああ、おつかれ」


そう言って、私の脇を抜けて更衣室へ行く。

相変わらず、お日様みたいな匂いだった。


「先輩って、いい匂いしますよね」


思わず、そう口にしてしまった。


「匂い?」


先輩が立ち止まって振り返る。


「はい、なんか、お日様みたいな」


「・・・!そう、か。ありがとう」


先輩は少し驚いた様な顔をして、そのまま更衣室に向かった。

あんな顔もできるんだ。


っと、私も帰らないと。

そうして、ミストシャワーを浴びて、帰路についた。

今日は、美味しいものを食べよう。



あれから、1週間が経った。

色々と突っ込んだ質問もしてみたが、あの日依頼、先輩はまたそっけなくなってしまった。


「先輩、昨日は何食べました?」


「・・・」


「先輩?」


「・・・」


「先輩ってばー!」


「・・・ッ!あ、ああ。どうした」


先輩の様子が、以前よりもおかしくなっている。

先輩、と呼んでも、反応しないことが増えた。


「もう、さっきから呼んでるのに」


「すまん、なんだ」


「昨日は何食べましたかって」


「昨日?・・・さあ、忘れたな」


「もう、本当におじいちゃん化してますね。じゃあ今朝は?」


「今朝は・・・?思い出せない」


「え、本当にやばいですよ先輩」


「そう、だな・・・」


そう言って、先輩は作業に戻った。

様子がおかしい。体調が悪いのだろうか?

よく見れば、顔色が悪い気がする。


「先輩?大丈夫ですか?」


「・・・」


「先輩?」


「・・・だ、大丈夫だ・・・俺は、まだ・・・」


「先輩、本当に顔色悪いですよ」


「う・・・く・・・」


先輩は、先程からフラフラと揺れている。

手は震え、脂汗が出ている。どう見ても異常だ。


「先輩!?大丈夫ですか!?い、一回緊急停止しますね!」


そう言って私は緊急停止ボタンまで駆け寄る。

コレを押すと、一度コンベアが停止して、上の社員へと連絡が行く。

緊急時に使え、と言われているが、今がまさにだろう。


私がボタンをおそうとすると、先輩は過去に覚えのないくらい大きな声を上げる。


「押すな!!!!」


「え?」


ポチ。

私はボタンをすでに押していた。


大きな音を立てて稼働していたコンベアが、徐々に速度を落として、最後に停止した。

無機質な電子音声が、場内に響いた。


[300301号レーン、緊急停止が押されました。スタッフは速やかに確認をして下さい]


先輩は呆然と立ち尽くしていた。

頭を抑え、顔を苦しそうに歪めて。


私は先輩に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?今、人が来ますから!」


「う・・・」


駆け寄ると、不謹慎だけど、いい匂いがした。

お日様みたいな、温かい匂いだ。


「気持ち悪いんですか?ああ、なにか、飲み物でもあればいいんですけど・・・」


私は背中を擦りながら言った。


「いや・・・いい・・・。人が来る前に、聞きたいことがある・・・」


「なんですか?なんでも言って下さい!」


「お前、昨日、何食べた」


「え、なんで今そんなことを・・・」


「いいから」


「ええ?えっと、昨日は・・・あれ?なんだっけ・・・」


「・・・やはり、あれか・・・」


先輩は苦しそうな表情を浮かべながらも、どこか納得したような声を上げる。

ブルブル震える先輩を抱きしめて、私は人の到着を待つ。

はやくきて!先輩が、やばい!

私がハラハラしていると、先輩は耳元で囁いた。


「・・・シャワーは、控えたほうがいい・・・」


「え?なんで今そんなことを・・・」


「おい、大丈夫か!」


大きな声が室内に響いた。

顔をあげると、私達と違う格好をした作業員が入ってきた。

上の社員だ。


「す、すいません、先輩が具合悪そうで!」


「何?」


社員が先輩の顔を見ると、ハッとした顔をした。


「・・・!・・・わかった。後はこちらで対応する。今日は帰っていい」


「え?でも」


「問題ない。今日は帰れ。明日は8時40分出勤だ。いいな」


「わ、わかりました・・・」


「おい、立てるか」


「ああ、立てる・・・」


そう言って、先輩は上の社員に肩を担がれて、部屋を出ていこうとする。


「先輩、お大事にしてください・・・!」


私はその背中に声をかけた。

先輩は黙って、手を降った。

心配だが、此処にいてもやることがない。

私は少し悲しい気持ちを胸に、更衣室へ向かった。

シャワーを浴びようとするが、先程の先輩の言葉を思い出す。


――シャワーは控えろ


何故あんなことを言ったのか、分からない。

でも、妙にちらついて、頭から離れなかった。

結局、私はその日シャワーを浴びずに帰宅した。



翌日から、先輩は姿を見せなくなった。

代わりに、私より年下っぽい男の子が配属されてきた。

上の社員に確認すると、体調不良で療養になったらしい。

心配だが、どうやら無事のようだった。


良かった、と胸をなでおろした。

御見舞に行きたい、と告げると、場所がここから2日かかるところだという。

ずいぶん遠いところに言ってしまったようだ。

ここの休みは週一回。残念だけど、御見舞には行けない。

でも、無事なだけ何よりだ。きっとまた、ひょっこり職場に復帰するだろう。


その日から、私はラップ担当になった。

後輩くんは、シールを張っている。

昨日まで私が後輩だったのに、今日から先輩なんて、変な感じだ。


先輩の様に、黙々とラップを包む。

いつもとやっていたことが変わるだけで、なんだか新鮮な気持ちだった。

お肉は相変わらず何の肉かわからないけど、いつもより美味しそうに見えた。

これ、食べれないのかなあ。


「いつから働いているんですか?」


隣のレーンで、シールを貼る男の子が口を開いた。

私は黙々とラップで器をくるんだ。


「・・・先輩!」


「あ、ごめん。何?」


先輩と呼ばれて、私に話しかけている事に気づいた。

そうか、言われなれないから、気づかなかった。


「いつから此処で働いているんですかって、きいたんすけど」


「え、ああ。そうだなあ。・・・あれ、いつからだっけなあ。忘れちゃったよ」


「ええ、まだ若そうなのに、もうボケてるんすか?」


「ひどい!私まだ・・・あれ、今いくつだっけ・・・?」


「やっぱ、ボケてるじゃないっすか」


「うるさいなあ、どうでもいいよ、もう!女性に年を聞くのは失礼なんだよ!」


「サーセンしたー」


なんだかノリの軽い子だ。

先輩とは違う。私はもっと寡黙な人が好きだ。

そんなことを思いつつ後輩くんをちら見すると、ふと気づいた。


「あれ、シールの番号、変わったんだ」


「え?そうなんすか?」


「うん、だって、昨日まで299だったよ」


「そうなんすね。じゃあ、1個増えたんだ。これ、なんの数字なんすかね」


「さあ、しらないなあ」


「ええ、気になるなあ。・・・そう言えばここ、何レーンあるんすか?」


「え、わかんない。たくさんあるのは知ってるけど」


「たくさんあるんすよね、やっぱ。配属された時に、ここが301302号レーンだって聞いて、めちゃくちゃレーンがあるんだなーって思ったんですよ」


そこまで聞いて、私は気づいてしまった。

ふと、お日様の匂いが鼻をかすめたような気がした。

書き終わってから気づいたのですが、昔SSスレで酷似した設定の作品を見た様な気がしたので、二次創作カテに加えました。


あんまり構成練ってないので色々気になるところはあると思いますが、なんとなく察して読んで下さい。

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