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彼女と私

彼女と地雷と逃亡と

作者: 高見 和香

 時々どこか遠くへ行ってしまいたくなることがある。

 高校生の頃、私はそういう気分になると淀川へ行った。

「行ってきます。」

 家族にそう言って、朝、制服を着て家を出る。

 そしてノロノロと自転車をこぐ。

 学校へ行くには、この角を左に曲がらなければならないのだが、今朝はその角で、右にハンドルをきってしまった。

 そして、自転車で淀川へ向かった。


 初めは偶然だった。なんとなく学校に行きたくなくて、右に曲がってみたのだ。

 そして、そのまま真っすぐに行くと、淀川に突き当たることを発見した。きつい上り坂を、立ちながら自転車をこぎ、堤防の上に出てみた。視界がぱあっと開けて嬉しくなった。

 それ以来ここが、私のサボりの場所となった。ここで何かをするわけではない。ただ次の橋を目指して自転車で走るだけだった。


 朝の河川敷は人の気配があまりなく、制服を着ている私には都合がよかった。ランニングをする人か、散歩をしている人とすれ違うくらいだった。

 淀川で悪さをするわけでもなく、ただただ自転車をこぎ続ける私のことは、誰が見たって通学途中の女子高生だった。


 学校というのはおかしな場所だ。そう、彼女は言った。

 高校2年のクラス替えで、初めて出会った私に、そう言ったのだ。同じことを思っていた私は、すぐに彼女と仲良くなった。

 教室には、いくつかの小さな国が、見えない国境で分かれており、それぞれの国民はそこでの共通言語を話す。お互い国交をする気はないらしく、無関心でいれば紛争が起こることはない。

 みんなそのことに多分気づいてる。そのことをきちんと言語化して考え始めると、不都合なことがあったり、自分の立ち位置を気にしたり、色々と面倒くさいので、気づかないフリをしているのだ。

 彼女が私と違うのは、国境がちゃんと見えていて、外交ができるということだ。

 そして、彼女は私の通訳者でもあった。

 私には国境が見えていない。いつもうっかり越えてしまってから気づく。そんな時は異国民だとバレないように透明になるのだが、一歩近づくと地雷を踏むことになるので、気をつけなければならない。


 私は家族の前でも透明になる。親が望む色に染まったフリをする。

 きっと私は、とてもいい子だ。

 両親や先生の言うことは、いつも正しい。反抗できるだけの正当な理由が私にあればよかったのに。時々、そういうことの全てから逃げ出したくなる。そして淀川へ行くのだ。

 街中で同じ場所で留まるには、制服は目立ちすぎる。呼び止められて「地雷から逃げている」なんて答えたら、生活指導室ではない別の場所へ連れていかれるだろう。そうなったら面倒だ。

 だから止まってはいけない。走り続けなければ。


 朝の太陽に照らされた水面は、きらきら光ってまぶしい。目を閉じてもまぶたの裏側にきらきらが残っている。

 水の流れていく穏やかな音と、耳元で乱暴にヒュルヒュルと鳴る風の音が、ひとつの音楽になり、私の心に色を与えてくれる。

 近くを走る高速道路の上に漂うのは、排気ガスだろうか。日光が反射するせいか、チカチカして美しい。

 長い時間ペダルをこいでいると、だんだん誰の足なのか分からなくなる。


 そろそろ学校へ行こうか。3限目には間に合うだろう。私は次の橋の下で、くるりと引き返した。

 彼女にも会いたくなってきた。

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