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「なんで上位龍種なんて代物がこんなところに!!」
「わかんない、わかんないけどとりあえず今は逃げるわよ!」
一番黒龍に近い場所にいた私たちは、他の冒険者がいるところまで一目散に逃げる。
相変わらず気絶したままのユウマはミリアがずるずると魔法で引きずっていた。
『その程度では逃げきれんぞ? ファイアブレス』
「リナリス! 出番よ!」
「何言ってるんですか!? 無理に決まってるでしょう! あんなもの干渉するまえに黒焦げですよ!」
無茶を言ってくるミリアに罵声を浴びせながら、全速力で走る。
「くっ……! 日頃もっと運動しておけば……! なんか前にも同じ後悔した気がしますね……」
と、いよいよ迫ってきた炎に戦慄していると、私たちを炎から遮るように水の壁がそびえ立った。
どうやら町の防衛をしていた冒険者たちが黒龍相手に立ち向かう気らしい。
「さ、さすが冒険者の皆さんですね! それじゃあ私たちはこの隙に逃げましょう!」
「何言ってるの!? あれの狙いはどうみてもリナリスとそこの焦げてる人じゃない!」
ミリアの言う通り、後ろのデカブツは確実に私たちを標的にしているようで、さきほど倒した亜龍のようにどれだけ攻撃を浴びせられても全く気にしていない。
いや本当に全く気にする必要もないくらい効いてないのかもしれないが。
「……せめて、いま亜龍狩りにいってるこの町の本戦力が戻ってくるまで持ちこたえなくてはいけませんね」
倒せないまでも、時間を稼ぐことができればそのうち救援が来ることは期待できる。
「……いってぇ」
どうすればいいかと考えていると、ようやく目がさめたようでユウマが呻き声をあげた。
「ちょうどいいです、いつまでもそこで寝てないでたまには勇者として役に立ってきてください」
「ちょっとまて、いろいろ理解できないんだけどとりあえずあの黒いのは何?」
「あなたが勇者として遣わされた理由ですよ多分。というわけでなんとかしてきてください」
無理に決まってるだろ!? と叫ぶユウマを無視し、私は冒険者が放った魔法や、黒龍のブレスの残滓にせっせと魔力の断片を打ち込んでいく。
「あれはここで食い止めなければ、よくて私たちは食い殺され、最悪町は壊滅するでしょう。倒せるかはわかりませんが、やるだけやりますよ」
いつになく真剣な私の声に、ユウマは大きくため息をついて剣を構えた。
「でも真正面から言っても勝負にすらならなさそうだぞ」
目の前でゴミのようにふきとばされまくってる冒険者たちを眺めながら、ユウマはぼそりと呟く。
「あれへの攻撃は任せてください。私がなんとかしてみます。ユウマはとにかくあの龍の注意をひきつけて、なるべくブレスを使わせてください」
ユウマにフラグメントの本当の使い方はまだ教えていないが、いまはそれを話している余裕はない。
私を信じてくれるかが問題だったが、以外にもユウマは一言わかったと頷いて黒龍の方に駆け出していった。
「それで、私はどうすればいいの?」
ミリアも杖を構え、私たちと一緒に戦う気らしい。
「一応いっておきますが、あれの狙いは多分私とユウマです。ミリアだけなら逃げられるかもしれませんよ?」
「友達を見捨てるわけないでしょ。今更何言ってるの」
一瞬の間もなくそう返すミリアをみて、私はニヤリと笑みを浮かべる。
「いいでしょう。ミリアには一つお願いしたいことがあります。私たちであのデカブツをギャフンと言わせてやりますよ」
『今代の勇者は随分と未熟者のようだな。その程度ではかすり傷すらあたえられんぞ』
「うるせえ! こちとらまだチュートリアルレベルなんだよ! いきなりこんなラスボスみたいなのと戦わせやがって!」
黒龍の挑発に怒声をあげながらも、周囲の冒険者と協力してなんとかユウマは時間を稼ぎ続ける。
その間にひたすら私は魔力を自分の制御下へ置いていく。
すでにその量はクレアとの戦いで用いた魔力を超え、さらに膨大な量へと膨れ上がっている。
「さすが上位龍種の魔力。とんでもないですね」
断片を打ち込み続け、徐々に私の魔力が底をついてきたのか頭がすこしクラクラするが、最後の一欠片まで絞り出すように、気にせず魔力の断片を生成し続けた。
「いくぜ、極光斬!」
ユウマも隙を見つけては、なんか必殺技っぽい物を龍の、木の幹のように太い足へ打ち込んでいく。
『ちょこまかと……!』
さすがに何度もやられているうちに効いてきたようで、鬱陶しそうな声が響いた。
『手加減してやればいい気になりおって。すこしだけワシの本気をみせてやろう』
黒龍はその大きな翼を広げ、ぶわりと羽ばたきその巨体を中へと浮かす。
それだけで風は荒れ狂い、近くの冒険者を弾き飛ばした。
『ダークネスブレス』
その巨体と同じように、漆黒に染まったブレスが冒険者たちを襲う。
そしてその黒いブレスに飲まれた物たちはことごとく地に伏していった。
「こ、こんなの無理だ……!」
誰かが、ぼそりと絶望に染まった声で呟く。
「いいえ、そうとも限りませんよ?」
しかしその誰とも知らない呟きに、私は否定で返した。
『……ほう、荒削りとはいえすでにそこまでの魔力を制御できるのか』
荒らし尽くされた大地を、一歩一歩踏みしめながら黒龍の元へと歩いていく。
龍種に匹敵せんばかりの魔力を纏い、目の前の黒龍すら直撃すればただでは済まない魔法を紡ぎあげながら。
『さすがはあの女の子孫といったところか。よかろう、ワシがその力のいく末、見定めてやろう! ダークネスブレス!』
「マナバースト!」
空から降り注ぐ、全てを黒く塗り潰すようなブレスに、私の青く色づいた魔力が真正面からぶつかる。
その威力は拮抗し、バチバチと嫌な音を立てながら進退を繰り返していく。
「す、すげぇ……」
ちかくで倒れていたユウマが、感嘆の呟きを漏らした。
他の冒険者たちも同じように、信じられない物をみているような顔をしている。
『やるではないか! だが、まだ青いな』
そう言うとまるでニヤリと笑うかのように黒龍はその目を細めた。
ブレスの威力が増し、じわりじわりと私の魔法を押しのけていく。
「……一つ、いいことを教えてあげましょう」
だがその光景をみても私は焦らない。
「私はこの街では最弱の魔法使いとよばれています。そして、冒険者が出払ったこの街で、今現在最強の魔法使いは、他にいるんですよ?」
何をと言いたげな黒龍に、私は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「最弱の私なんかではなく、あなたが気にしなければいけないのは、最強の彼女のほうでしたね」
『……まさか!』
私のかき集めた膨大な魔力に眩まされ、いままで気がつくことのなかったもう一つの強大な力に黒龍は目を向けた。
黒龍のいる場所より更に上空、魔法で空高く舞い上がったミリアが、渾身の魔法を構えて佇んでいる。
「サンダー!」
まばゆい雷撃がブレスを放つ黒龍の頭を貫いた。
さすがにただでは済まなかったのか、苦悶の叫び声をあげ、ブレスを途切れさせてしまう。
同時に私の集めた魔力もつき、薄暗くなったそらに再び静寂が戻った。
『残念だったな小娘! もう少し魔力があれば、ワシを倒せたかもしれないのに』
「何を勘違いしてるんですか?」
勝利への確信を胸に、また一歩黒龍へと足を踏み出す。
「私の魔法は、まだ生きてますよ」
私の魔力の残滓がキラキラ舞い散り、まるで青く輝く雪のようだ。
「ちょうどいい舞台です。いまここで、あなた達全員に宣言しましょう」
誰もが私の一挙手一投足を見守る中、私は万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。
「私の名前はリナリス、いずれ最強の魔法使いになる者」
いま倒れ伏している物たちの中には、過去私の夢を笑った者も含まれているだろう。
そんな者達に言い聞かせるように声高らかに言い放ち、そして私の夢の結晶を見せつける。
「そしてこれが最強へと至る、その最初の一歩への祝砲です」
私の魔力の残滓が急激に膨れ上がった。
正真正銘、最後の一撃を楽しそうに私を見つめる黒龍へと解き放つ。
「マナダストエクスプロージョン」
薄暗い空に、青の大輪が咲き誇った。




