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好奇心は妖精をも殺すとはよく言ったものだと、私は目の前の光景を見ながら現実逃避気味に考えていた。
調子に乗ってこんな所まで来たついさっきまでの自分を呪いたい。
眼前には、大量の魔力にあてられ興奮状態のヤバげなモンスター。
頼れるものは己の身と、隣で剣を抱きかかえて震えてる使えないモヤシ野郎。
後者はだめだ、間違いなく使い物にならない。
じゃあ己の身はどうだと考えるも、こんなか弱い私では女の子らしく悲鳴をあげるくらいしかできないだろう。
現状から考えると、これは非常にダメなやつだと思う。
そもそもどうしてこうなったのかというと。
徐々に細くなっていく光の柱を目指しながら、私は息も絶え絶えに走り続けていた。
ある意味魔法使いの特徴でもある万年体力不足が、私にも例外なく発動しているため非常に足が重い。
ちょっとは運動したほうがいいかな……などとおもいつつなんとか柱の下までたどりついた。
「おぉ……これはすごいですね」
もう光の柱は収まりかけていて、周囲には魔力の残滓が満ち溢れている。
その神々しさすら感じる光景をぽけーっとながめているとついに光は消え、その中には冴えない一人の青年が立っていた。
「あの、あなたがこの魔法を発動させたのですか?」
すこし虚ろな目をしている青年に、大丈夫かこの人と思いかけたが、興味の方が勝ったので声をかけてみる。
「……はっ!? ここは……あの女神様がいっていた異世界、か?」
その青年はまだ私を認識していないようで、辺りを見回し信じられないといった顔をしていた。
そしてその呟きを聞いた私は全力でその人から距離を取る。
「ちょ、ちょっとそこの君。聞きたいことがあるんだけど」
ようやく私の存在に気がついたのか、背をむけてさっさと帰ろうとする私に声をかけてきた。
「いえ、お構いなく」
しかし私にその聞きたいこととやらを答える義理はない。
面倒ごとに巻き込まれる前に帰るに越したことはないと、無視して歩みを進める。
「ま、待ってくれ! 頼む! 俺、今この世界に来たばかりで本当に右も左もわからないんだ!」
慌てておいかけてきたその男は、後ろから私の腕をつかむと頼むよと懇願してきた。
「やめてください! なんですかこの世界って、別の世界から来たとでもいうんですか!? なら次にあなたが言う言葉を当ててあげましょう。『俺は、女神様に頼まれてこの世界を救いに来た勇者だ』とかなんとか言う気でしょう!」
私がそういうと、なんでわかったと言わないばかりに青年が驚きの表情を浮かべる。
「確かに、この街には勇者の降臨伝説が伝わっています。ですが、そうぽんぽんぽんぽん勇者が召喚されてたまるかって話ですよ。私の知る限りでも自称勇者は今月三人目!残念ですが勇者詐欺をしたいなら他の街をおすすめします!」
そう言って腕を振り払うが、尚も男は諦めず私にすがり付いてきた。
「待て、待って、待ってくださいお願いします! 詐欺じゃない、本当だから、本当に女神様に頼まれたんだよ!」
このしつこい野郎に私直々に魔法をぶちこんでやろうかと思って詠唱を口にしようとしたが、そこでふと思い出す。
そういえばさっきの柱、それこそ異世界からの召喚魔法ならあの規模の魔力も納得いくといえば納得いく。
まさかと思って、改めて冷静に青年の様子を伺ってみる。
この辺ではあまりみない奇抜な格好、ただ生地はいいものをつかってそうだ。
そして、腰にはどうにも不釣り合いな精巧な装飾が施された剣を携えている。
なるほど、ここだけみると確かに異世界からきた勇者っぽい。
しかし、だ。
そこらの商人よりもひょろそうな体。
虫一匹殺したこともなさそうな幼さの残る顔に、その立ち振る舞いからも強者のような風格は微塵も感じられない。
「うん、やっぱりありえませんね。一瞬でももしかしてなんて思った自分が恥ずかしい」
「わかった、じゃあ信じてくれなくてもいい! でもせめて街までは連れて行ってくれ!」
その頼みに、私は露骨に嫌そうな顔をする。
勇者を騙る輩なんて大体ロクでもなく、性質が悪いのだと勝手に人様の家に入って勇者だからと盗みに入るようなのまでいるらしい。
あんまり街にいれたくないなぁと思っていたが、ついに土下座まで始めたので仕方なく連れて行くことにした。
「わかりましたわかりました、街までの案内はしてあげますから顔をあげてください」
本当か! といって青年が顔をあげて明るい表情を浮かべる、が、すぐにその顔が凍りついた。
「どうしました、私の顔になにか……」
そこまで言いかけたところで、男の視線が私の背後に注がれていることに気がつく。
一体なにがと思って振り返ると、正気を失ったようなモンスターの視線とばっちり目があった。
「……じゃ、私はこれで」
なにも見なかったことにして足早にそこから立ち去ろうとするが、一人では行かせないとばかりに青年は私の足をつかむ。
「ちょっとふざけないでください! あなた勇者なんでしょう!? あれくらい一人でどうにかしたらどうなんですか!」
「さっきも言った通り俺まだこの世界にきたばっかりなんだよ! 戦い方なんて知らないんだ!」
やっぱり似非勇者じゃないですか! と叫ぼうとした私だったが、すぐ横を通り過ぎていった熱に気を取られてその口をつぐんだ。
みるとモンスターの口からは炎のようなものがあふれていて、そこから放たれたらしい熱線が私のすぐ横を通って地面に大きな焦げ目を作っていた。
「「あああああああ!!!」」
シャレにならない状況に、私と先ほどまで足元に座っていた青年は一目散に逃げ始める。
「ちょっと、逃げてないであれの足止めをしてくださいよ! というか女子供おいて逃げ出すとか恥ずかしくないんですか!?」
「うるせえ! 俺がいた世界では男女平等が説かれてたんだ! 大体命の危険があるときにそんなこといってる余裕ないわ!」
「この外道似非勇者!」
お互いを罵りながら、後ろから追いかけてくるモンスターを振り切ろうと必死に走った。
しかし、万年体力不足の私が逃げ切れるはずもなく、ついにその場に座り込んでしまう。
「くっ……ここまでですか……」
もう体力は残っておらず、歩くのすら厳しそうだ。
きっと私はこのままここで食われる運命だったのだろうと、自嘲気味に笑みを浮かべて静かに目を瞑る。
「アホなことしてる場合か!」
だけど、自称勇者の青年はそんな私を見捨てることなく、覚悟を決めたのかモンスターの前に立ちはだかる。
不覚にもちょっとかっこいいと思ったが、モンスターの咆哮でひぃと情けない声をあげて尻餅をついたところを見て、一瞬の気の迷いを振り払った。
……そして、現在に至る。




