2-8
「ミリア!」
強力な魔法を使った余波でふらつく彼女に声をかける。
「なんとか、間に合ったようね」
亜龍に向けた杖を下ろしたミリアが、大丈夫だとこちらに手を向けた。
「まったく、亜龍と戦ったりしないって言ってたくせに」
「う……、いえ私もこんなことになっているのは予想外でしてね」
元はと言えば、そこで焦げてる奴が私をこんなところまで連れてきたのが悪い。
「はぁ、まぁいいわ! これ、約束の物ができたからもってきたわよ!」
そう言ってミリアが何かを私に投げつけた。
「……グローブ?」
それは、片方だけしかない黒い厚手のグローブ。
中には特殊な繊維が織り込まれているのかキラキラと光に反射して模様がうかびあがる。
「私が込められる限りの防護魔法を込めてあるわ。何の対策なしにさっきの亜龍のブレスを受けても一回くらいなら耐えられると思う! それをつかってあなたの干渉を使えば、魔法を防ぐくらいはできるでしょう!」
そう叫びながら、ミリアは再び魔法を練り上げていく。
どうやら背後から上級魔法を食らったにもかかわらず、亜龍はまだ息絶えていないようでその体をゆっくり起こそうとしていた。
「さすがミリア。いいもの作ってきたじゃないですか」
ニヤリと笑って私はそのグローブを手にはめる。
サイズはちょうどよく、窮屈にも感じないし振り回しても外れそうな様子はない。
「リナリス! くるわよ!」
ミリアの声につられ、亜龍を見るとその口には再び魔力が集結していた。
どうやらミリアを危険と認識し、狙いを変えたようだ。
「お前の相手は私です!」
だがみすみすミリアに攻撃させてなどやらない。
亜龍にもひるまず魔法の詠唱を続けるミリアの前に立ち、しっかりと目の前の
亜龍を見据える。
「ガアアァッ!」
咆哮とともに、魔力の塊であるブレスが私の前に飛来した。
それを真正面から、ミリアの作ったグローブで受け止める。
「うっ……あぁっ!」
グローブにこめられた防護魔法がブレスを防いでいるうちに、ゼロ距離での干渉を行う。
そのまま大きく威力をそぎ落とし、真正面からブレスを弾き飛ばした。
「トライデント!」
詠唱を終えたミリアが杖をふると同時に、光で作られた三本の槍が亜龍を串刺しにする。
「グガアアアァァァッ!」
それでもまだ倒れず、亜龍はこちらを威嚇するように咆哮してきた。
だが私は冷静にその大きく開かれた口を指差す。
「ライトニングスピア」
私の周囲には、ミリアの放った上級魔法、亜龍のブレス2発分の魔力が漂っている。
これだけあれば、こいつを倒すだけの魔法を作るには十分だ。
ズドン。
大きな地響きをたて、私の生み出した雷に口腔を貫かれた亜龍はついに地に伏す。
その光景を見届け、ほっと一息ついた私はミリアの方へとむきなおりグッと親指を立てた。
「やりましたねミリア、私たちの完全勝利です!」
「……うん!」
ミリアも嬉しそうに微笑み、お互い勝利を喜ぶ笑みを浮かべる。
どうやらもう一体の亜龍も討伐されたようで、正門付近にいた人たちがこちらへと駆け寄ってきた。
「これにて一件落着ですね」
黒焦げのユウマをどうにかしてあげようと彼の元へ歩き出そうとした瞬間、私の眼に恐ろしい光景が写り込む。
『これはこれは、とんでもない魔力に叩き起こされた腹いせにと来た町で、こんな面白いものを見れるとは』
頭の中に、声が響いた。
『勇者などという珍しいものをみれたばかりか、まさか再びその眼を見ることになろうとはな』
どうやら皆も頭の中で声が響いているようで、戸惑った表情をしている。
だが私には、これから何が起こるのか大体理解できていた。
「まずい、これは本当にまずいです。ミリア、逃げますよ!」
そう言って私が倒れた亜龍に背を向けた瞬間、まばゆい光がほとばしった。
膨れ上がっていく魔力に、眼でみずともその相手の強大さが伝わって来る。
私たちを急激に巨大な影が包み込み、世界を覆いつくさんとばかりにその黒々とした翼を広げた。
『どれ、ワシじきじきに貴様らの力を試してみよう。来るがよい、人の子よ』
意を決して振り向いた私の視界に移ったのは、すべてを覆い隠す黒色。
一瞬の間をおいて、それが巨大な龍の一部なのだと気がつく。
先ほどの亜龍とは比べ物にならない、真の黒龍がその巨体を持って太陽を覆い隠していた。