2-5
「うーん、やはり街の外に出れないと暇ですね」
途中買い食いした串肉を頬張りながら、隣を歩くミリアにぼやく。
「最近はずっと外で一緒に修行してたからね、確かに私も少し退屈かも」
また諌められるかと思ったが、ミリアからは思わぬ返答が返ってきた。
「私は普段ひたすら魔法の練習をしてるので、こういう時二人で暇を潰せる場所ってしらないのですよね」
私がうーんとうなっていると、ちょっと嬉しそうにミリアが声をかけてくる。
「ちゃんと一緒にできることを考えてくれてるのね。それなら、ちょっと私に考えがあるんだけど」
「ほほう、ではミリアに任せましょうか」
その答えに、ミリアはうん! と頷いて私の手を引いていった。
「……で、ここは何ですか」
目の前には普通の民家が一つ。
とても何か遊んだりするような場所には見えない。
「えっと、私の家……」
ちょっと顔を赤くして私から目線をそらすミリアをみて、大体彼女が何を考えているのかがわかった。
「ははーん、初めて友達と一緒に帰ったから、このままついでに友達を自分の家に呼ぶのも経験してみたかったと、そういうことですか」
「そうだけど! その通りだけど! 恥ずかしいからわざわざ声に出して言わないで!」
更に顔を赤くして叫ぶミリアを、まぁまぁと落ち着かせる。
「少し部屋の片付けをしてくるから、ちょっと待ってて」
「別に私はミリアの部屋がどんなに汚くても気にしませんよ?」
「リナリスが気にしなくても私が気にするのよ!」
そう言ってミリアはばたばたと家の中に入っていってしまう。
仕方ないのでミリアを待っている間、地面を這っている蟻の行列をぼけーっと眺めていると、ガチャリと再びドアが開く音が聞こえた。
ミリアが戻ってきたのかと顔を上げると、そこにはミリアの面影をもつ女性がたっていた。
「あらあら、本当にミリアは友達を連れてきたのね」
「ミリアのお母さんですか。初めまして、ミリアの友達のリナリスといいます」
そう言って挨拶をし、ミリアのお母さんと目を合わせる。
「あらその目、クレール様のところの?」
私の青く染まった目を見て、ミリアのお母さんは何かに気がついたように呟く。
「……はい、そうです」
私は悪い意味でそこそこ有名人なので、この街に住む魔法に携わるものは大体この目のことを知っている。
そしてほとんどの人はあまり私にいい印象をもっていなかった。
「あの子、ちゃんと自分の憧れの子と仲良くなれたのね。ちょっと意地っ張りな子だけど、仲良くしてあげてね?」
だけどミリアのお母さんはそんな素振りはみせず、私ににこやかに笑いかけてくる。
そんな姿をみて、さすがはミリアのお母さんだと私も毒気を抜かれてしまう。
「えぇもちろん。ミリアは堅実そうにみえてあれで危なっかしいですからね。私がちゃんと見ていてあげないと」
私がそういうと、ミリアのお母さんはあら頼もしいと微笑んだ。
「ちょ、ちょっとお母さん!? リナリスと何話してるの!?」
片付けを終えたらしいミリアが、大慌てで私とミリアのお母さんの間に割って入る。
「別に、ただ挨拶していただけよ?」
「そうですよ。ミリアは私に任せてくださいと宣言していただけです」
「任せないわよ! もう、準備できたからこっちきて!」
私はミリアにずるずると引きずられながら、彼女のお母さんにもう一度一礼した。
「ここがミリアの部屋ですか。思ったより可愛らしいんですね」
部屋の色調は淡いピンクで統一されていて、きちんと整理されている。
ベッドと机しかない私の部屋とはえらい違いだ。
「あ、あんまりじろじろみないでね? その、恥ずかしいから……」
なら連れて来なければいいのにと言いたくなるのをこらえ、私はさっきから気になっていたことをミリアに聞く。
「あの、先ほどミリアのお母さんから、私が憧れの人だと聞いたのですがそれは一体どういう意味なのですか」
「ちょっと待って! お母さんそんなことまで言ってたの!?」
ミリアは慌てふためき、その表紙に膝を机にぶつけてうずくまる。
「うぅ……痛い……」
「そんなに騒ぐからですよ。それで、どうなんですか?」
私が追及すると、ミリアは観念したようにはぁとため息をついて話し始めた。
「あなた、子供の頃はすごい有名人だったでしょ」
「まぁ自慢じゃないですが」
まだクレアが自分の力に目覚める前、私の欠陥が見つかる前は、至高の魔法使いの再来だとそれはそれはもてはやされたものだ。
「御伽噺の存在だった精霊の眼をもった伝説の魔法使いの子孫よ? 私だけじゃなく、みんなの憧れだったのよあなた」
「それが今ではこのザマですけどね」
本当よね、と頷いたミリアに近くにあったクッションを投げつける。
「まぁ私も例にもれず、あなたに憧れをもった一人だったってわけ。実際に学校であったリナリスは期待はずれもいいところだったけどね」
「くっ、言い返したいけど事実だから何も言えない!」
学年最下位が学年一位に何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないので、ぐっと押し黙った。
「残念ですね、今でも憧れてくれてるのかと思ったのに」
「今でも憧れてるわよ?」
冗談で言った言葉に、ミリアは真顔で返す。
「……自分で言っておいてなんですが、私に憧れる要素とかありますか?」
「何言ってるの。魔力がほとんどないなんてとんでもないハンデを抱えながら、あのクレアをあと一歩のところまで追い詰めたのよ? そこらの御伽噺よりはるかに刺激的だわ」
そう言われるとそうなのかもしれないが、面と向かって言われると少し恥ずかしい。
「……ちょっと、お願いだから赤くならないで」
どうやら顔に出ていたようで、ミリアにそう指摘される。
「ミリアが恥ずかしくなるようなことを言うからいけないのですよ」
「やめましょ! この話やめ!」
これ以上はお互い傷を増やすだけだと悟った私たちは、微妙に気まずい雰囲気の中、平穏な時間を過ごした。