2-プロローグ
目に見えていらいらし始めた私を、ミリアはおろおろと眺めている。
「落ち着いてリナリス、あなたさっきから椅子がガタガタいってるわよ」
「なにを言っているのですかミリアは。私は別に何も気にしてませんよ」
そう言ってるうちに、また新しく見知らぬ生徒がひょこりと教室を覗き込み、私の顔をまじまじとみると、何も言わずに外へ出て行った。
「おいお前たち! 私に話があるなら聞きますよ! こそこそ人の顔を覗いていくのはやめてもらいましょうか!」
ついに我慢の限界がきた私は、ガタリと音をたてて席を立ち上がりそう声を荒げる。
遠巻きに見ていた他のクラスメイトも、そんな私の姿を見て一斉に視線を逸らした。
「なんなんですかあなた達は! あまり私をおちょくるようなら、渾身の上級魔法が教室内を襲いますよ!」
「あなたにそんな魔力ないでしょ。仕方ないじゃない、万年ビリッケツのあなたがクレア相手にあそこまで健闘しちゃったものだから、みんなどう接していいのかわからないのよ、ほらあなた、ぼっちだったし」
ぼっちにぼっちと言われるほど腹の立つ事はないなとミリアの言葉を聞いて思う。
「その万年ビリッケツっていいかたやめてもらえますか万年二位さん」
「ふふん、残念だったわね。クレアが卒業したから、今は私が一位よ!」
「それはよかったですねお下がり一位さん」
私の挑発にミリアは顔を真っ赤にしてつかみかかってくる。
ミリアの言う通り、私との決闘の後さっさと手続きをすませてクレアは学校を卒業した。
今は駆け出し冒険者としてあの暴力的な魔力を振るっているらしい。
「まぁこの際ミリアがお下がり一位だろうがぼっちだろうがそんなことはどうでもいいのです! 私への接しかたがわからないというのも良いでしょう! ですが! まるで珍しい生き物をみるかのように他のクラスの人まで私を観察しに来るのはなんなんですか!」
「そりゃまぁ、あんな魔法見せられたら興味も湧くわよね……」
クレアとの決闘以降、いままで誰からも見向きもされていなかった私は、学校中で奇異の視線にさらされていた。
「まったく、私は見世物じゃないんですよ。話を聞きに来るなら魔法の仕組みぐらいいつでも教えるというのに」
どうせ教えたところでできないだろうし。
「あの、それなら是非教えて欲しいんだけど」
私とミリアの話を聞いていたのか、前の席に座っている女の子がこちらへ振り向いた。
「あなたは、確かローレンですっけ? すいません私クラスの子の名前ちゃんと覚えてないんですよ」
「ぼっちだからね」
さきほどの事を根に持っていたのか、余計な茶々をいれてくるミリアを無視する。
「あってるよ、私はローレン。それでさ、こないだの魔法、何やったか教えて欲しいんだけど。まさか、あのクレアがあんなに追い詰められる何て思ってもみなくてさ」
「別に、大した事はしてませんよ。ローレンはなんでもいいので魔法を出してそのままにできますか?」
私の質問にできるよ? と答え、ローレンは手のひらに水球を生み出した。
「フラグメント」
そこに私の魔力の断片を打ち込み、制御権を乗っ取る。
「と、まぁこんな風に私は人の魔力を勝手に使えるのです。もっとも、制約だらけでろくに機能しませんけど」
いまだって、乗っ取るのに10秒くらい掛かった。
実戦ではこれだけ時間がかかってしまっては話にならない。
「ちょっと待って、今私の中で常識が音をたてて壊れていってるんだけど。え、そんなことできるの?」
わかるよその気持ちとばかりに、隣でしきりにミリアが頷いている。
他の話を盗み聞きしていた生徒たちも、みな驚きの表情を浮かべていた。
「できますね。といっても、これは精霊の眼で魔力の流れを観れるからできる芸当です。普通の人にはもちろんできませんよ」
魔力の流れが見えるからこそ、どこに干渉すれば制御できるのかがわかる。
この魔法は完全にこの眼を持つ私専用だろう。
「リナリスさんって、実はすごい人だったんだね……」
「ほう、あなたは見る目がありますね、是非友達になりましょうか」
友達という言葉に、隣でミリアがなぜかびくっとする。
「もちろん、よろしくリナリスさん」
そう言って私とローレンが握手を交わしているのを、捨てられた子犬のような目でミリアが見ていた。