1-プロローグ
私には、特別な力がある。
本来人間には見ることができない魔力の流れを見れるという、それだけの力。
魔法使いにとっては喉から手が出るほど欲しい能力だが、普通に生きていく分にはなんの役にも立たない。
「リナリス、あなたまた実技試験落としたらしいわね」
ぼーっと窓の外を眺めていた私は、その耳障りな声の主に面倒臭そうに顔を向ける。
「そういうミリアはまた2位だったらしいですね。天才の引き立て役ご苦労様です」
試験のたびに成績の悪い私をおちょくってくるクラスメイトに、仕返しを込めて皮肉をいうと目に見えて顔が真っ赤になった。
「どうしましたミリア、顔が茹でたタコみたいになってますよ」
「どうしましたじゃないわよ! なんであなた成績最下位のくせにそんなに偉そうなの!?」
ここは魔法学校。魔法を学ぶ場所であるここでは、どれだけ魔法をうまく使えるかがそのまま同世代の子のヒエラルキーになっていたりもする。
だからもちろん、私のような落ちこぼれの扱いは想像に難くない。
「まぁ私偉いお家出身ですし、肩書きだけは偉いですから」
「知ってるわよ、あなた才能を見限られて実家から追い出されたって」
痛いところをつかれ、ぐぬぬと押し黙った。
私の実家は魔法使いの名家で、何人もの優秀な魔法使いを輩出している。
そのため、この学校のなかでも私の家名を知らないものはいない。
だがそんな家だからこそ、ほとんど魔力をもたない私への扱いは散々なものだった。
「いいんですよ、あの息苦しい家にいるよりも、一人で住んでいる今の方が気楽ですし」
「ふーん。まぁいいわ、今日こそその生意気な口を二度と叩けなくしてやるから覚悟しなさい」
「おっと、弱いものいじめですか? 言っておきますが私は執念深いので、手を出そうものなら向こう一年は靴の紐が切れる、雨の日に傘が盗まれる、出かけ際に鳥の糞が直撃する等の地味な恐怖に怯えることになりますよ」
「あなた本当に陰湿よね。というか最後のはどうやるのよ」
それにしてもこの優等生様は何の目的があって毎度毎度私に突っかかってくるのだろうか。
私のような魔法使いと呼んでいいのかすら怪しい奴を相手にしても、何も楽しくないと思うのだけれど。
よっぽど暇なのか、もしかして友達がいないのか。
私とミリアがくだらない言い争いをしていると、賑やかな騒ぎ声が教室に入ってくる。
どうやら一人の生徒を数人が囲んで、皆話しかけているらしい。
その様子を見て、ミリアは悔しそうにぎりっと歯をくいしばる。
そして、私もその光景を面白くなさそうに眺めていた。
「相変わらず人気者ですねクレアは」
ぶっちぎり学年1位、学校始まって以来の天才と謳われている私のかつての幼馴染。
そして、私が万年学年最下位なら、ミリアが万年第二位に甘んじている理由でもある。
「そりゃあね、彼女は特別だから」
特別、という言葉に私はチクリと胸が痛んだ気がした。
「私にかまっている暇があるなら、早くあの子をぶっとばしてきてくださいよ」
「無理に決まってるでしょう。彼女、先生達相手にも一歩も引かないくらい強いのよ?」
実際、クレアの力は規格外だ。
ミリアももちろん優秀なのだが、それでもクレアと比べると大きく霞んでしまう。
「まぁいいですけどね、もたもたしてると私が先にあの子を倒しちゃいますから」
「いい、リナリス? あなたはまず現実を見ることから始めなさい」
そんな忠告をしてくるミリアの言葉を、耳を塞いで無視し、再び私はぼーっと窓の外を眺め始める。
ミリアはしばらく何か言っていたが、私が一向に耳から手を離さないのをみてため息をついて自分の席へ戻っていった。
言われなくても、現実なんて自分自身が一番よくわかっている。
幼い頃は至高の魔法使いの再来だなんて言われたものだが、私の魔法使いとしての適性は皆無に等しい。
なにせ、保有してる魔力が少なすぎてろくに魔法も発動できないのだから。
ようやく初級魔法が使えるようにはなったが、数回使った程度で魔力切れを起こして動けなくなってしまう。
こんなもの、魔法使い志望ですらないそこらの一般人よりひどいレベルだ。
いくら精霊の眼なんていう破格の能力があろうとも、私にはそれを活かす術がない。
それでも、私には諦めきれない夢があった。
どこまでも幼稚で、あらゆる人に絶対叶わないと言われた、この世界で最強の魔法使いとなる夢。
そのためには、まず目の前の最大の強敵であるクレアを倒さなければいけない。
といっても現実は非情なもので、私はまだスライム一匹倒すのすら苦戦してるのだが。
「……なんですかね、あれは」
そんな現実の厳しさから逃げるように窓の外を眺めていた私は、空から伸びる白い光の柱を見てしまった。
教室にいる皆はだれも気にしていないので、どうやらあれは私にだけ見えているようだ。
「すみませんミリア、私体調が悪いので帰ります。というわけで先生に伝えておいてください」
「え、ちょっと大丈夫なの? っていうか体調悪い割には思いっきり走ってるじゃない!」
好奇心に負けた私は、ミリアに早退することだけ伝えると急いで学校を抜け出した。
私にしか見えなかったということは、あの柱は全ての魔力の塊。
おそらく、よほど大規模な魔法が発動されたのだろう。
私も魔法使いの端くれとして、そんなおもしろ……もとい興味深いものを見逃すわけにはいかない。
そう自分に言い訳を聞かせながら、私はいまだ天と地をつなぐ光の柱の根元を目指して、全速力で駆けていった。