第6話 Referee
「世界会議・・・?」
アルトが開いた書簡の内容にルナはその言葉を繰り返した。
「そうだ。何年かに一度、三つの国の重役たちが一斉に集まる会議で俺たちは参加の義務が命じられている」
アルトはその書簡をハルに戻してソファーから立ちあがった。
それから使用人を呼ぶようにと伝えれば、ハルはそれに頷いて使用人を呼びに行く。
次々に飛ばされる指示に、ルナはその場に立ち尽くした。
この場に留まれと言われて何をすればいいのかわからない。
世界会議は自分にも関係があると言われたが、意味かわからなかった。
そんなルナの悩みを一蹴するかのようにアルトは何事もなく口を開いた。
「お前には俺の秘書として一緒に来てもらう」
―この人、今なんて言った!?
ルナは視線をアルトに向けた。赤い瞳が一気に冷たくなる。
元々、感情表現が乏しいルナは、珍しく不の感情を表した。
それを見てアルトは珍しいものを見たような顔をした。
「初めて見たな。お前がそんな表情をするところ」
「・・・そうでしょうか」
自分では判断がつかないのでそうなんだろうと思う。
いつも諦めていたルナにとって感情表現が苦手だ。
麻痺していた感情に火が灯ったのも一生懸命になったのも塔を飛び出してから。
そういえば、姉の前でも心配をさせないように心を静めて少しだけ笑顔を作るようにしていたのを思い出す。
「感情を出すのは別に悪いことじゃない。ここにいる間はリハビリだとでも思っていろ」
そう言われて戸惑う。感情のリハビリなんて。
戸惑うルナをお構いなしに、話が脱線したな、とアルトは話の続きを言う。
「何故お前を連れて行くかというと、俺が留守の間に刺客が来る可能性があるからだ」
アルトはルナに説明する。アルメールは皇帝主君の軍事国家だ。
その命を奪うためにありとあらゆるところから刺客が舞い込んでくる。
警備員が街を巡回していても、アルトを狙った襲撃がいつ来るか予測不可能。
皇帝陛下の命を狙う刺客が多く、昨日の刺客もその一人だ。
それからアルトは国民の安全と生活第一主義、特に貧困層救済中心の政治を行っている。
彼の行う政治に不満を持つ者もあり、その一つが上流階級の貴族だ。
貴族たちにとって国民は自分たちの生活のための贄としており、アルトの政治方針は彼らの邪魔でしかない。
貴族はそんな彼に向かって刺客を放っていた。
だが、ハルが護衛に就いているのとアルト自身も剣の腕が立つため問題はないのだが、二人がいない場合に刺客が来たらどうするか。
アルトたちは平気でも、兵士たちでは太刀打ちできない可能性がある。
その状態でルナを彼がいない城に一人置いておきたくない。
「そういうわけでお前も一緒に参加だ」
一応、お前を預かっているこちらとしては死なれたら困る。
そう言ってアルトはルナに拒否権を与えない。無茶苦茶だ。
もっともな話だが、お荷物にならないだろうか。
「それにハルとあいつの隊が護衛に就く。俺も剣の腕は立つから大丈夫だ」
ルナの心配を勘違いしながらアルトは問題ないと踏ん反り返る。
確かに一人、ここにいても仕方がないが気が重くなりそうだ。
「・・・わかりました」
渋々、頷いて諦める。拒否権などないのなら諦めるしかない。
諦めるのはこちらの専売特許だ。
丁度その時、ハルが使用人を連れてきたのか彼らが部屋に入ってきた。
女性の使用人が身体を測るためのメジャーを持っている。
ルナの食事を持ってきた女性だ。
「今からお前の制服を作る」
アルトがそう言えば、使用人が近づいてきた。
「世界会議には正装しなければならないからな。その恰好では駄目だ」
始めから決定事項のように言う彼にルナの視界が回る。
アルトはにやりと笑って後は任せたと、ハルと共に部屋を去った。
取り残されたルナは後ろをゆっくりと振り向いた。
「さあ、お嬢様。測りますね」
使用人がいい笑顔でルナに近づく。
「~~~~~~~~~!!!」
ルナは半泣きになりながら声にならない悲鳴を上げた。
「陛下は本当に彼女を連れて行くつもりなんですね」
部屋の外でハルは真面目に問いただした。
アルトにとってそれが至極当然のようにルナを連れて行くことに疑問すら思い浮かばないのだが、ハルはそうでもない。
「俺がいない間は“血の結界”が発動しない。それを見越して連れて行くんだ」
ルナが来た初日にこの城で起こった結界のことを指す。
皇帝の血を混ぜた結界術は最大の防護術で刺客の侵入を防ぐだけじゃない。
それどころか城全体がアルトの絶対聖域と化すのだ。
敵と認識された刺客たちは死ぬ寸前になり、最悪死に至る。
今まで数十人の刺客がこの城で命を落とした。そのためこの城は別名、死の城と言われている。
「お前は余程、ルナに死んでもらいたいようだ」
扉に凭れ掛かってちらりと視線をハルに向ける。
「私は陛下が心配なんです。彼女が陛下の刺客の可能性も否めません」
アルトは貴族からの刺客だけでなく、ミストリアからの刺客も向けられていた。
「証拠も集まらない状態で彼女を信頼に値することができない、か」
ルナの身元はすでに割れている。
昨日のうちにハルに身辺調査をしてもらったが、ルナのことについて何もわからなかった。
誰もルナのことを知らない。まるで元々いなかったような扱い。
ミストリアに至っては鎖国状態であったため入国不可能でもこれだけで十分証拠になる。
また、彼女本人から亡命理由を聞かされたこと、その時の態度で刺客でないこともフレイの書簡がなくてもわかっていた。
彼女にはそういうことをする勇気もない。生きることも諦めている。
辛うじて姉の約束が生きているという感じだ。
「だからと言ってこのまま放置は駄目だ。刺客の対策は存分にでもするさ」
相手の情報がわからない以上、今のところ現状維持が限界だ。
「これ以上、俺に盾突くのならお前でも容赦しない」
親友が間違っているのならそれを正すのが役目だとハルをも黙らせた。
「俺が間違っているならそれを正すのはお前の役目でもある。今は間違っていない」
アルトはルナに関することは間違っていないと考えていた。
「・・・・・・」
アルトの有無を言わせない態度にハルはとうとう反論の言葉を無くした。
これ以上何を言っても無駄と感じたのか、そのまま黙ってしまう。
だが、彼の表情は未だに納得していないようだった。
しばらくすると、重厚な扉が開いた。使用人が部屋から出て来る。
ルナの身体を測り終えたのだろう。
「終わりましたよ」
「どのくらいで出来そうだ?」
「二、三日かかります」
「そうか。頼んだ」
使用人の言葉に答えると、彼女は頭を下げてその場を立ち去った。
「お前も一週間後の世界会議の準備を進めておけ」
「わかりました」
ハルは頭を下げて自分の執務室に戻っていく。それを見ずにアルトは自室に戻った。
「・・・相当、消耗したんだな」
部屋の中にいたルナの様子にアルトは苦笑いしながら呟いた。
ルナは相当疲れていたのか絨毯の上に座り込んでいた。
初めて身体のサイズを測られたのである。服を脱がされ、下着だけにされた。
これが消耗せずにいられるか。
「もう、戻っていいですか?」
ルナはジロリと恨みがましくアルトを睨めば、彼は声を上げて笑った。
「ああ、もう戻っていい。明日も仕事を頼む」
そう言ってアルトは今日の分の給金を渡した。
ルナは頭を下げて客室に戻る。その時のすぐに散らかるという言葉の裏を無視した。
それから二日後。ルナの部屋に制服が運び込まれる。
完成された制服は品のいいロイヤルブルーの軍服ワンピースと黒の編み上げブーツだった。
ワンピースは金色の肩章と飾緒が付いており、ボタンは純金で出来ている。
アルトの軍服の型が使われているのかよく似ていた。
ネクタイはワインレッドで、シャツは襟と裾に金のラインが入ったフリルシャツ。
スカートは裾にレースがふんだんに使われており、中はパニエで膨らみを持たせてある。
胸には国章なのか満月に二本の刃が交わり、その上に国花なのか菊の花が刺繍されてあった。
タイツも用意されていてこちらは紫と灰色のダイヤ柄だ。
帽子にも国章が刺繍され、こちらにも飾緒が飾られていた。
世界会議当日―
アルトが部屋に尋ねてくるまでの間、ルナは制服に着替えて部屋のベッドに座って待機する。
形見のチョーカーはドレッサーでお留守番だ。
頭のカチューシャリボンはコサージュと共に外した。帽子を被る際に邪魔になる。
外の景色を見ていれば運がよかったのか雲一つない快晴だ。
ここにきて一週間経ったが、霧深いこの国では晴れの日が少ない。
この一週間で雨が降っていたのを初めて見たし、曇り空など天気が不安定なところを見てきた。
仕事も至って順調で食事を運びに来る女性とは世間話をするくらい打ち解けていた。
彼女は使用人を束ねるメイド長でアルトの部屋に唯一入れる信頼された人で、ルナの世話も彼が信頼に値するということで任されていることもこの一週間で知った。
ルナは一週間の出来事を思い出して、塔にいればこういうことはなかったと今なら思える。
そんな風に考えていれば、部屋のドアノブが回る音がした。
ノックもしないで入ってくる人間は一人しかいない。
「準備は終わっていたみたいだな」
アルトはノックもせずにずかずかと部屋に入ってくる。彼とハルもきちんと正装していた。
ハルは通常の軍服から少し華美なものを着用し、帽子も被っている。
おそらく隊を率いる彼の正式な服装なのだろう。
アルトに至ってはいつも開いている胸元が閉じられている。
きちんとシャツのボタンを閉めていつもはネクタイなしだというのにネクタイをしていた。
基本的な礼儀がないのかとアルトに白い目を向けた。
「ノックくらいしてください」
「着替えは終わっているだろう」
「それでも女性の部屋に入るぐらいはノックをしてください。もし、着替えの最中だったらどうするんですか」
「その時は普通に謝るな」
「謝る前にきちんとしたほうがよろしいのでは」
アルトとルナの言い合いに黙っていたハルは珍しく彼女の味方をした。
ハルはルナが口を開く前に、自分はノックをしたと伝える。
「女性の部屋をノックもせずに尋ねるのはマナー違反ですよ」
言っておくが、お前の味方ではないと余計な一言をルナに冷たく言うのはいつも通りだ。
「悪かった」
ハルの指摘でアルトは素直に謝ると、ルナに近づいた。
「お前、髪を纏めないのか?」
いきなり近づいてきたと思えば、ルナの髪に触れた。
「ええ、何か問題でも?」
髪を触られ、困惑するルナにアルトは溜息をついた。
ポケットから赤いバラの髪留めを出してドレッサーの上にあったブラシを取る。
「できるだけ別人にしたほうがいい。髪、弄ってもいいか?」
ルナは頷いて後ろを向いた。
アルトはまず、サイドの三つ編みを解いて後ろに二つ、三編みを作った。
それを髪留めで留めてブラシで巻きながらウェーブを作る。
「これなら帽子を被っても問題ないだろう」
簡単な纏め髪にしたアルトは人差し指をルナの瞳に向けた。
―えっ。
驚いた瞬間、アルトが何かを呟けば、目の前に光が起こった。
急な光にルナは思わず目を閉じた。一体何をしたの?
「鏡見てみろ」
アルトの言葉に従って目を開いて鏡を見れば、赤い瞳が綺麗なアメジスト色に変わっていた。
「瞳が・・・」
「お前に目の色を変える魔法を使った。今日一日持つはずだ」
「魔法、使えたんですか?」
ルナはその事実に驚いた。この男は本当に何者なのだろうか?
「俺は結構な読書家だぞ?魔導書くらい読んでいる」
それでも魔法が使えるなんて驚きだ。
そんなルナを尻目にアルトはそろそろ行くぞと言った。
移動は機関車に乗って帝都からハーメルンへ向かい、そこから馬車で向かう。
馬車の中は凄く重い空気に晒されていた。
馬車の横にはハルの部下である兵士が馬に乗って隣を歩いている。
緊張のあまり、ルナは一言も喋らなかった。
二人の只ならぬ雰囲気の中、言葉を出すのは不味い。
「そろそろお着きになります」
馬車を引いている兵士が見えてきたとルナたちに伝える。
神樹にはほかの国の馬車や人々が集まっていた。
ミストリア、ルーヴェイト、そしてアルメール。
人々が次々と神樹の中に入っていくのが見えた。
ハルとその部下たちは地面から出ている巨大な神樹の根の付近に馬車を止めてそこへ向かって歩いた。
魔獣と刺客に襲われないように警戒しながらハルが先頭に立つ。
夜と違って昼に出て来る可能性はとても低いが、何時でも出てきてもいいように腰に下げてある刀の柄を握っていた。
「ルナは俺の後ろにいろ。顔はできるだけ俯いて歩け」
ルナはアルトの指示に従って後ろを歩く。
転ばないように注意しながらできるだけ顔を下にした。
神樹に近づいていくと最初に来たときはなかった扉と階段が見えた。
周りには誰もいない。神樹の中に入っていく人を見たというのに。
巨大な幹の中心にはくり抜かれたように作られた白く重厚な扉あり、神聖さを物語っていた。
階段を上って近づけばその扉がゆっくりと開かれる。
目の前に広がる空間にルナは立ち竦んだ。
「大丈夫だ」
アルトはルナの手を握って前に進んだ。
安心させるように掴まれた手はルナの低い体温よりも高い。
違う温もりに心が徐々に落ち着いてくる。
前に進んでいけば、自分たち以外の足音が全く聞こえないことに気づいた。
後ろを振り返れば、一緒に来るはずの兵士が来ない。
「あいつらは階段の前で留守番だ。この先は俺たちにしか許されていない」
ルナの心を読み取ったのか、アルトは答えた。
中に入った空間はとても広い。神殿に続く廊下は果てがないようにみえる。
床と壁は純白で、材質は大理石のようだ。
でも、その色彩のせいか閉鎖的な空間に閉じ込められたような感じる。
「怖いか?」
先を歩いていたアルトは立ち止まって質問する。その質問に怖くないと横に小さく頭を振る。
進むしかない。でも、恐怖は感じない。
アルトが手を握ってくれているおかげでルナは平気だと思った。
「そうか」
ルナの態度にアルトは満足そうに微笑んだ。
やがて、先が見えない廊下から光が見えてきた。
洞窟を抜けたように一つの大きな部屋に到着すれば、巨大な円卓テーブルが鎮座している。
壁は当然白いが、大理石で出来ているのか硬い。
テーブルも同様でおそらくこの空間全てがそれで出来ているのだろう。
自分たちが通って来た場所以外にも通路が複数、それと同時に各国の重役たちが席に着いているのが見えた。
アルトとハルはそのまま進んでいき、彼は椅子に座って足を組んだ。
ハルがその後ろで待機をするのを見て、ルナもそれに倣う。
「どうやら俺たちが最後のようだ」
アルトは三国の重役たちを見て呟く。
「ルナ。あれが自分の父親なんだろう?」
アルトは自分たちにしか聞こえない声量でミストリア国王を視線で差した。
彼の視線を辿ったルナはミストリア国王が座っているところを見て恐怖に陥る。
ミストリア国王一行は自分たちから北西の位置にいた。
(あれが・・・自分の父親)
アルメールにいるときは何とも思わなかったのに・・・!
ミストリア国王は全体が白いアラビア服を着ており、貴金属を首と手首にかけてあった。
頭にはターバンがぐるぐると巻かれている。顔は厳格で疲れ切っているのか皺だらけだ。
銀色の瞳には何も見ていないのか感情がない。椅子に凭れて遠くを見ている。
右隣には正妻である女王が傍で待機していた。
こちらも宝石類を一切除いた、流れるような白いアラビアンドレスを着用していた。
ドレスには繊細な刺繍が施されており、顔にはベールを着けていて表情が伺えない。
銀の髪は巻かれて一纏めにされた後、ラベンダー色の飾り紐で括られていた。
ルナは自分の身体を抱きしめて震えを止めようとした。
初めて見る父親が自分を殺そうとする事実にようやく現実だと身体が反応する。
腕を回そうとするが、アルトに腕を取られた。
「大丈夫だ。向こうはお前に気づいていない。変装もしてあるし、魔力を極力抑える訓練もしただろう?」
アルトが安心させるようにルナを落ち着かせようと手を強く握った。
ルナは怯えを滲ませながらもゆっくりと頷く。
一週間前にアルトと一緒に魔力を抑える訓練をした。
ミストリアは魔法国家であるため、人の魔力に敏感に反応する。
国王レベルともなればルナが魔力を隠してもわかってしまうが、それでもばれる可能性を極力なくすためだ。
そのためルナの今の魔力は一般人が潜在的に眠っている小さなレベルにまで隠せるようになった。
「いいから深呼吸して落ち着け」
動機が激しくなり、息も荒くなってしまっているルナは指示通りにして心を落ち着かせた。
(無理もない。顔も知らない父親から狙われているんだ。怯えるのが普通だ)
スウッと目を細めたアルトはここまで怯えたのは生存本能から来るものだと推測する。
ようやくルナは落ち着いたのかフーッと息を吐いた。
それからもう一度国王を見れば、やはりこちらに気づいていないようだ。
そのとき、女王の隣に見知った顔を見つけた。
(あれは・・・姉様?)
女王の隣にはいつも自分の味方でいてくれた姉、シャムスがいた。
彼女はいつもの髪型を下ろして後ろの上部分をバレッタで留めていた。
だが、表情はとても冷たく感情がない。瞳にも生気が感じられず、人形のようだ。
人目からすれば女王と瓜二つなので気づかれないが、彼女の魔力を感知してわかった。
ただ違うのは瞳の色。女王の瞳は凍った青に対してシャムスは銀色だ。
女王の姿と国王の姿は見たことなかったため、シャムスが女王にそっくりだったとは知らなかったが、姉の様子がおかしいと気づいた。
(姉様の様子がおかしい・・・。なにかあったのかしら)
姉はいつも穏やかで優しく、朗らかな人だ。あんな姿を今まで一度も見たことがない。
けれど、それを聞ける立場でないことをルナは重々承知していたため、仕方なく姉から視線を外して瞼を伏せた。
そこで、もう一つの国のことも見ていなかったことに気づく。
ルナは北東の席のルーヴェイト共和国に視線を向けた。あそこの席にはたった二人しかいない。
彼らは赤く長いマントがついた銀の甲冑を着て、大剣を腰に下げている。
特にリーダーなのか、椅子に座っている男は身体つきがしっかりしていて大柄だ。
顔立ちも精悍で30代前半に見える。くすんだレンガのような茶髪は短髪でぼさぼさだ。
瞳は眠そうで彼は待ちくたびれたのか欠伸をしていた。
その隣に佇んでいる青年は彼よりも随分若かった。
顔立ちも少年と間違われても仕方ないだろう。
ハルと同年代に見えた彼の髪はオレンジ色で瞳はエメラルドグリーン。
髪は適当な長さに伸ばされているが前髪を斜めにそろえて左側に一房長めに垂れている。
彼は左目に視力が悪いのかモノクルをかけていた。生真面目な風貌は意志の強さを感じさせた。
「あれが・・・騎士団」
「そうだ。座っている男はルーヴェイト共和国騎士団長、シキだ」
ルナの小さな呟きを肯定したアルトはそのまま視線をシキに向けた。
「ああ見えて結構な策士だ。だが・・・」
アルトはいったん言葉を切ってシキの隣にいる青年に視線を移した。
「その横にいる奴の方がそいつよりも質が悪い。気をつけろ」
そう言われて、何が悪いのかよくわからなかった。
けれど、アルトの表情から相手が厄介だということだけはわかった。
―コツコツコツ。
ルナたちが通って来た別の通路から靴音が聞こえてくる。
その音で皆が一斉に静かになった。
「さあ、始めようか」
男が一人、会議室に入ってくる。どこか聞いたことのある声が聞こえた。
周りの緊張が高まり、ルナもそのプレッシャーに巻き込まれた。
皆は普通の態度なのに、この異様な感じは何だ。
「来たな」
アルトの一言にルナは円卓テーブルの先を見れば北の位置に男が立っていた。
どこか見覚えのある姿にルナは気づいた。
―フレイ。
現れたのはフレイだった。だが、どこか初めて会ったときと違って別人に見える。
彼の赤い髪は光に輝く金髪に変わっており、髪は短かったはずなのに今では腰までの長さになっていた。
それを白い紙紐で一纏めに括られている。
服装も最初に会ったときは深緑のパーカーに暗めのズボンを着ていたというのに今ではその欠片もない。
彼の服は丈の長い白のローブを着ており、金糸の刺繍が施されていた。
手には月と太陽を表す青い宝石など数種類の石がついた木の杖を持っている。
瞳は灰色だったのが、蝋燭に炎が灯ったような色の金だ。
フレイはルナの姿と視線に気づいたのか彼女にニコリと笑いかけた。
神樹の番人に相応しい恰好をしたフレイは三国一同に向かって発言した。
「本日の世界会議に参加してくれてありがとう」
彼がそう言ったとたん、この部屋の天井が開いた。その天井から夜空が覗く。
外は昼だが、疑似空間として夜にしているようだ。淡い月の光が部屋を照らす。
「今日、君たちに集まってもらったのはほかでもない。」
フレイは杖を突きだして円卓テーブルの中心に世界地図を映した。
ビジョン式の地図に映された国たちは立体映像となっている。
「ミストリア魔法国の鎖国問題についてそろそろ決着つけないと駄目だからね」
「馬鹿馬鹿しい!」
フレイの言葉を遮ったのは父であるミストリア国王だ。
全てが腹立たしいのか不機嫌になっている。
「自国を閉ざすのはわしの勝手だ。貴様たちに何の権利がある」
「お静かに。番人の話の最中です」
国王の言葉を遮ったのは騎士団員のオレンジ髪の青年だ。
「煩いぞ、若造が。この王に盾突く気か」
国王は鼻で笑う。挑発した態度で青年の失態を狙っているのが見えた。
「確かに若造なのは認めます。ですが、この会議では番人が上。お立場をわきまえてください」
正論を言う青年は努めて冷静に対応する。国王の挑発に乗らない。
その態度に国王は歯噛みして怒り心頭なのか顔を真っ赤にした。
「貴様・・・!!」
「まあまあ。落ち着かれよ、ミストリア国王」
そこで黙って見ていたシキは仲裁に入った。国王を宥めようとする。
シキは手を組んで身体を乗り上げた。
「ここは番人の手前、穏便に行きましょうよ。それに皇帝陛下もいる」
ちらりとアルトを見る視線とその言葉に国王は舌打ちした。
「オズ。真面目なのはお前のいいところだが、真に受けるな」
シキの咎める視線にオズと呼ばれた青年は苦い顔をして、すみませんでしたと謝る。
「申し訳ない。うちの部下が失礼した」
「食えぬ奴め。ここが戦闘禁止でなければ、わし自ら手を下していたところだ」
シキの食えない態度に国王はあっさり引いた。
どうやらこの神殿は戦闘禁止区域になっているらしい。
ということは武器を所持していても使えないことにルナは心の中で焦った。
「ハル、二人の攻防をどう見る」
そんなルナの心情をいざ知らず、黙って見ていたアルトは小声でハルに話しかける。
「やはり、敏感になっているようですね」
「そうか」
(なら、あの手を使うか)
二人がどういう話をしているのかさっぱり見当がつかない。
目の前に繰り広げられる二国よりも何か知っているかのように窺える。
ルナは心で焦りつつも、頭の隅で銅像になるのを心掛けた。
アルトは何かを考える素振りをしてフレイの言葉を待った。
「そろそろいいかな?」
黙っていたフレイは声を上げた。部屋の中がすぐにしんとする。
彼の一声で周囲のざわめきが消えた。
「ミストリア国王。あなたは昔と違って随分変わられたようだ」
フレイの表情が暗くなった。
憂いた彼の様子にルナは一体どういう意味なのか聞き耳を立てた。
そんなフレイの態度に国王は無視する。
「わしは何も変わっていない」
「そうですか。16年前まで外交をしていたあなたが変わっていないというのならそういうことでしょう」
特に追及せずに済ませようとするフレイに対し、ルナはあることに気づいた。
16年前は自分が生まれた年だ。もし、自分が生まれたせいで鎖国を始めたとしたら・・・。
考え込むルナをよそに国王は眉間に皺を寄せてそっぽ向いた。
「わしはこれからもどこの国に対しても外交はしない。特に黒を国色にしたアルメールとはな!」
「それは私の国を侮辱する行為とお見受けいたしますが」
アルトは聞き捨てならない国王の発言にピクリと反応した。
「あなたは私の国にある鉱石や宝石類を要求しておいて我々の国には一切輸出しない。不公平だとは思いませんか?」
「そちらもそうですか」
アルトの発言に賛同したのは騎士団長のシキだ。
「うちのところも薬草や果物類などの食物の輸出ばかりを要求してくる。見返りは無しだ」
ルーヴェイトも同じ状況なのかミストリアに不満を持っていた。
「ふん、若造どもが。こちらから何も渡すものは何もない」
頑なな国王の発言にアルトとシキは表に顔を出していないが、心の中では怒りで腹が煮えかえっていた。
「ミストリア魔法国には秘密が多いのです。だから鎖国は必要不可欠なのでご勘弁を」
聞く耳持たない国王の言葉を援護するかのように女王が発言した。
今まで黙っていた女王の発言により、場の空気が一気に変わる。
彼女は綺麗に笑ってフレイに会議の終了を促した。
「もう話すことはないでしょう。お開きにされませんか?」
余りにも馬鹿にした女王の言葉はフレイに響かなかった。
それどころか小さく笑って流した。
「君さあ。僕の立場をわかっていないね」
女王はフレイの微笑みにぞっとした。彼の声は笑っているが瞳が笑っていない。
「この世界のルールを君は知らないわけじゃないよね?」
「あの女。番人を怒らせましたね」
今まで傍観を決めていたハルが指摘する。
「馬鹿な女だ」
アルトはハルの指摘を納得した。この世界は番人がすべての役の中で一番上だ。
皇帝や国王、騎士団など番人に比べたら塵に等しい。
世界を見守り、管理する番人はあらゆる制限を受ける代わりにすべての国に干渉できる。
番人が動けば国家が動かなければならないというのは嘘じゃない。
ルナの亡命についてもアルメールの門番があっさりと通してくれたり、アルトの許可を得られたのも彼のおかげだ。
「まあ、君の一言も一理ある。時間も無いしね。でも、このままでは来てもらった意味がない」
けど、次はないと女王に最後通告を突きつけた。
女王はこの場で恥を掻かされたのか羞恥のあまり、顔が真っ赤になった。
フレイは地図を消して通常のサイズよりも一回り、二回り大きいチェス盤を用意した。
「君たちには今からゲームをしてもらう。ルールはわかっていると思うが、チェックメイトされたらそれで終了」
机の上に置かれた大きなチェス盤は通常、黒と白のチェス駒が用意されたものと違い、六角形で三つにわかれた陣地には黒と白以外に茶色の駒がある。
しかも、駒の数も通常の物より三倍の数だが、キングは通常通り一つだけだ。
「アルメール帝国とルーヴェイト共和国が求めているのは鎖国の廃止と外交の回復。加えてミストリア魔法国は資源の要求でよかったかな」
世界会議は国の問題点を指摘・解決するだけじゃなく、一つの顔合わせの場として設けている。
その解決方法として設けたのかこのチェスゲームだ。
争い事が禁止されているこの神樹の中で唯一認められている行為。
このチェスは参加不可避とされ、何が何でも参加しなければならない。
でも、その分見返りが多い。フレイは三国に確認を取る。三国はそれに同意。
それを見て彼はチェス盤の横に大きな砂時計を用意した。
かなり大きいそれは、星屑で出来た青い砂が入っている。
キラキラしていてとても綺麗だ。
「制限時間は砂が落ちるまで。始め!」
フレイが砂時計をひっくり返した。彼の合図でアルトたちの戦いが始まった。
彼らの指が駒を掴んで相手陣地に素早く進んでいく。
アルトのところは黒色なのか彼の指に挟まっている駒を見てルナは思う。
カッカッカッと駒を叩きつける音がチェス盤に響いてどれほど素早い動きで駒を動かしているのかルナの目ではわからなかった。
アルトはミストリアの白のクイーンを奪った。
「ちっ!若造が」
「残念ですね。やはり、この手の勝負は苦手ですか?」
国王はクイーンが奪われたことにより、悔しそうに舌打ちする。
アルトは国王を挑発しながらルーヴェイトの駒を奪いながら白の駒を同時に奪っていた。
アルトはこの手の勝負にとても強い。
「抜かせ!青臭いガキが!」
「おいおい、お二人さん。俺のことも忘れないでくださいよ」
シキも負けじとアルトの黒のナイトを奪う。
彼もアルトと国王と同等のレベルのようで余裕でついて行っている。
「こっちだって外交復活を賭けてんだ。負けられねえよ」
「それはこちらのセリフだ。若造」
国王が白のルークでシキのクイーンを奪う。
それをアルトが見逃すはずなく、攻撃に使ってきたルークを奪った。
「おい」
ずっと黙っていたハルはルナに話しかけた。
「・・・なんでしょうか」
「このゲームは時間がかかる。お前はここにいても仕方がないだけだ。しばらくの間、神殿の中を探索していろ」
「え、でも」
狼狽えるルナにハルは冷たかった。
「単刀直入に言ったほうがいいか?邪魔なんだよ」
「!!」
容赦がない一言で押し黙ったルナにとっとと消えろ、とハルは追い出した。
それを見ていたフレイは静かにその場から去って彼女を追いかけた。
追い出されたルナは廊下を当ても無く歩く。
先に馬車に戻って待機していようかと思ったが、自分は命を狙われている身である。
アルトの命令に逆らうのも気が重いので、地面に座って休憩しようとした。
実際には来た道を戻ろうとして迷子になったせいなのだが。
この神殿は壁や床が白いせいでどこも同じように見えたせいで現在地がわからなかった。
おまけにどこから入ってきているのか陽の光が床と壁を照らしているせいで明るく眩しい。
「部屋からそこまで離れていない気がするんだけど」
そう呟いてみて余計に落ち込む。抱えた膝の上に顔を埋めて溜息を吐いた。
仕方がない。自分が傍にいればアルトの勝負を邪魔にしてしまう。ハルの言葉は正論だった。
繊細なゲームなのは見ていてわかっていたので彼の言葉は間違っていない。
神経と頭を使うからいつも傍にいるハルと違って気が散るはずだから。
まあ、何を言われても仕方がない立場であることをよくわかっているけど。
―コツコツコツ。
「ん?」
しばらく時間が経っていたのか廊下の先から靴音がした。
顔を上げてみて音が聞こえたほうに視線を向けた。
「!!」
ルナは戦慄した。
視線の先に見えたのはアルトを殺しに来た暗殺者だった。ルナは身体を起こして立ち上がった。
アルトに危険を知らせなければ。
今はゲームの最中だ。この男に邪魔されてはいけない。
そう思って逃げようとしたが、見つかった。
「・・・見つけた。女王の娘」
―え?
男が発した言葉にルナの身体が硬直する。
「いくら瞳を隠していても、身体から溢れる魔力を隠していても、俺にはその身体に流れる忌々しい始祖の血が臭いで分かる」
男は徐々に近づいてくる。手に持つ十字型のナイフは光によって鈍い光を放っていた。
仮面によって瞳は見えないが、鋭い視線と殺気を浴びせられたルナは身体が動かない。
男の言っている意味がわからないが、自分を殺しに来たということだけはわかった。
―逃げなきゃ!
どうしてアルトの刺客が自分を殺そうとするのかわからないけど、とにかく逃げなければならない。
足を動かそうと身体に命令するが、やはり、恐怖で怯えているのかピクリとしない。
ルナは意を決して男を睨んだ。
「あなた。私に何の恨みが?」
「答える必要はない。お前はここで死ぬのだから」
機械のように任務を遂行しようとする男は刃を握りしめ、ルナに突っ込んできた。
ルナはポケットから小瓶を出して男に投げる。
小瓶が割れて液体が飛び散った瞬間、相手の時が止まった。
ルナが落としたのは時止めの薬だ。
効果は一分間の間、周囲に撒き散らした液体が相手の時を止める作用のある薬で会議が始まる直前にアルトに手渡されたものだ。
何かあったときのために使えと言われていたため、すぐさま使った。
これで時間が稼げると思ってルナは廊下を走る。
しかし。
「俺にはその類の薬は効かん」
男はすでにルナに追いついていた。薬が効いていないのか素早い動きで走っている。
「積んだな」
追い込まれてルナの手首を掴まれた。
そのまま壁に押し付けると、心臓に向かってナイフが振り下ろされる。
―もう、駄目だ。
もう後がないと瞳を閉じて諦めようとした。
ごめんなさいとアルトに心の中で謝罪する。
たった一週間だけだったが、よくしてもらえたことに感謝した。
生きてきた中で一番の幸運だったかもしれない。
「終わりだ」
そう呟いた男の声は一切感情がなかった。その時だった。
「そこまでだよ」
その声で男の動きが止まった。
絶体絶命のピンチにルナは声がする方へ目を開けた。
「番人・・・!!」
忌々しい男の声でフレイが助けに来てくれたことにルナは気づいた。
フレイが現れたことにより、ルナの緊張が幾分ましになる。
「この神樹では争い事は禁止だ。刃物を下げてもらおうか」
フレイの厳しい声音に男は彼を睨みつけた。
「お前には関係ない」
そう言って刃物をどけようとしない。
「ここでは僕がルールだ。これ以上その子を傷つけるなら“君の時間”を早めるよ。君だって残り時間を大事にしたいだろう」
「ちっ」
男はその言葉でルナの手首を離した。
それから彼女の背をフレイに向かって押し、ナイフをホルダーに収めた。
「大丈夫?」
抱き留めたフレイに自分の状態を聞かれてこくりと頷く。
フレイは男を睨んでそのまま彼を空間魔法で追い出した。
男の姿が消えたことにより、自分の身体から力が抜けて地面に崩れ落ちた。
「おやおや。やっぱり無理じゃないか」
フレイは先ほどの態度から初めて会った時の穏やかな態度に戻した。
「どうしよう。起き上がれない」
間一髪助かったおかげなのか身体が震えて力が入らない。
それほどまでにあの男の殺気は本物だった。
「大丈夫。深呼吸して心を落ち着かせて。そうすれば身体が起き上がる」
ルナはフレイの言うとおりにした。
深呼吸をし、呼吸で動機を抑えれば徐々に震えがとまってくる。
しばらくすると足腰に力が戻ってきたのでゆっくりと立ち上がった。
立ち上がった時に埃が付いているのでそれも払う。
「ありがとう。助かりました」
「それは何より」
フレイはルナの礼に微笑む。
「そろそろ戻ろうか。チェスもそろそろ終盤だ」
「待ってください。どうしてアルトの刺客が私に?それにあの男が言っていた始祖の血って何ですか?」
部屋に戻ろうとするフレイを引き留めたルナは次々と質問する。
しかし、フレイは困ったような顔をして人差し指でルナの唇に触れた。
「・・・それは君が調べるべきだ。僕が教えてしまえばそれは答えになるからね」
残念だけど教えられないと断られた。
「・・・・・・・はい」
「でも、一つだけヒントをあげよう。怖い思いをさせてしまったお詫びだ」
フレイは背をかがめてルナの耳に近づいて呟く。
―アルトの部屋に入って右から三番目の本棚にある本『月』の裏
そう言ってフレイは離れた。
「そこに君の知りたいことがわかるよ。それじゃあ戻ろうか」
フレイは会議室へと足を向けた。
一方、中々終わらないチェスにアルトは残り少ない砂を見て、考えていた手を使おうと国王に揺さぶりをかけた。
「ミストリア国王。少々お聞きしたいことが」
「なんだ」
「あなたの娘で私の元婚約者であるシャムス姫のほかにもう一人の娘がいる。その娘が監禁されて殺されそうになっていると噂がありましてね」
「へえ~そんなことが」
アルトの声にシキは反応した。
「もしそうなら国内で大スキャンダルになりますな。ミストリア国王」
「ふん。わしの娘はそこにいるだろう?」
アルトの揺さぶりに動揺しない国王は視線でシャムスを指した。
(やはり、尻尾を出さないか)
それを見越していたようにさらに続ける。
「もしそれが本当だとすればこちらも鎖国せざるを得ません」
実の娘を自分の目的のために殺すのには何か裏があると思っていた。
「残念だがわしには後ろにいる娘しかいないわ」
鼻で笑う国王に何か気になったのかシキはアルトに問うた。
「皇帝陛下。少し気になっていることがあります」
「なんだ?」
「タイミングが見つからずに今まで黙っていたんですが、いつもの従者とは別に少女がいましたよね?」
ルナのことを聞かれる。
「彼女はハルの秘書で彼が一番信頼している部下だ。今日は特別研修ということで連れてきた」
アルトはこういう時のために考えていた言葉を使う。
内容は嘘だが、自分の妹でも部下でもない彼女についてはこう言うしかない。
シキはなるほどと頷いて最後の勝負に出た。アルトも国王も同様に勝負する。
自分たちが勝つように駒を動かし、相手のキングを奪おうとお互いの駒がボードの上で踊った。
そしてルナが戻ってくる頃と砂が落ち切った同時に勝負がついた。
「どうやらお互い引き分けのようだね」
フレイがボードを見て判断する。さっきまで一緒にいた彼はすでに向こうにいた。
ボードの上に残っていたのは三つのキング。
砂がすべて落ちたため、この勝負は引き分けに終わった。
「次に持ち越しのようだな」
アルトがそう言うとフレイは世界会議の終了を宣言した。
「これにて世界会議は終了する」
その宣言により各々が自国に戻る準備をする。アルトはルナが外の通路にいることに気づいた。
「どこへ行っていた」
「お手洗いに行っていたんです」
はははと苦笑いするルナにアルトは何かあったと気づいたが、あえて追求しなかった。
「そうか」
アルトはコートを翻して出口に向かった。
ハルはルナを見ずに、先に進んでいるアルトの後ろを追う。
ルナも迷子にならないように彼らの後をついて行った。
神殿の外に出て馬車に乗り込もうとしたとき、誰かの視線を感じた。
その視線はどこか懐かしく、優しい感じがする。
ルナはどこから来ているのか周りを探って森を凝視するが、ずっと待っているアルトを見て慌てて乗り込もうとした。
その瞬間、アルトが座っている位置の窓の先にある森から自分とそっくりの女性がこちらを見て微笑んでいるのが見えた。
その女性はルナとは違い、真っ黒なドレスを着ていて顔つきは彼女より大人びている。
瞳も同様で思わず釘付けになった。
「乗らないのか?」
アルトの声にハッとなってごめんなさいと一言謝ってから、すぐさま乗り込んで座席に座った。
馬車が森を走って抜けようとする姿をルナは窓から見るが、あの女性はすでに消えたのかいなかった。
あの女性は一体誰だったのだろうか?