第一話 運命のハジマリ
今から一年前に投稿した小説を再編集して投稿しました。
至らない点もございますがよろしくお願いします。
少女にとって石造りの部屋が自分の世界だった。
石造りの部屋にある丸くくり抜かれた小さな窓から暖かい陽射しが部屋を照らす。
少女はその部屋の中で目を覚ました。
「・・・また昼なのね」
虚ろな目で光の先を見る。少女は起き上がって眠っていた簡易ベッドの上で膝を抱えた。
少女の見事な黒い長髪が日差しで照らされるが、彼女は気にも留めない。
16年間ずっとこの部屋で過ごしてきた少女にとって暖かい光はすでに疎ましいものだ。
少女は生まれたときから夜空と月を見たことがなかった。
彼女が生まれたのは魔法が発達した国。魔法大国ミストリア。
とある大陸・アストの三つに分かれた南方に位置する常夏の国。
白と青が最上とするミストリアは光と水が溢れ、豊かな国の象徴とされた。
人々は魔力を扱いながら暮らしている。
国政は王族が全て取り仕切っており、別の国を受け付けていない鎖国状態。
少女はこの国で王族の一人として生まれた。
彼女は16年間、生まれたときからこの塔で過ごしている。
城から遠く離れた浮遊島にある塔の中でたった一人で。
虚ろな表情と生気にかけた青白い顔はこの部屋での生活を物語っていた。
少女は生まれたときから歴代の国王たちの誰よりも凌ぐ魔力と髪の色と瞳の色が禁忌と扱われ、監禁生活を強いられている。
彼女の足首には魔力を抑えるための足かせが付いていてそれでも有り余る魔力にあまり意味を成していない。
鍵は無く、外すことが出来ない。名前など無い。付けて貰った事も無い。
ただ、死んでくれと誰もが願っていることを少女は知っていた。
その原因がこの黒い髪と豊かな睫毛に縁どられたルビーのような真っ赤な瞳のせいであることもわかっていた。
少女の容姿は人からすれば、見目麗しいと感じる姿で、乳白色の肌と艶やかな唇。
未だ成長途中である少し豊かな乳房。長く艶やかで美しい髪。細い肢体。
目鼻立ちは整っており、豊かな睫毛に縁どられた瞳。
それでもこの国の禁忌である黒色と赤色は少女の髪と瞳になり、死を望まれている。
少女は虚ろな表情で窓の外を見た。瞳には力がなく、光がない。
外の様子は未だに昼で本来ならすでに夜の時間帯だというのに、また夜の時間帯が魔法で消されたと悟る。
この辺りは必ず夜と夕方は来ない。
少女は物心ついた時から出来るようになった魔力感知で知った。
ここは魔力を抑えるための結界と時間帯が常に昼である状態にされている。
時間の間隔は狂うがずっと変わらない状態に少女はもう慣れていた。
何かを抑えるかのように少女を閉じ込めて、誰も来れないように暴風にさらされた塔は、魔力を吸収する石で出来ており、抜け出せない。
足首にはめられている足枷と鎖、部屋の扉には厳重な檻と結界があり逃げ出すことなど不可能。
少女はすでに考えることを放棄し、死を願うまでになっていた。
ただ、ここにたった一人、物好きが来るまでは。
虚ろな瞳で部屋に置かれてある本を視線で追っていたら、かちゃりと鍵を回す音と結界が消える気配がした。
「妹姫。私よ」
「・・・姉様」
現れたのは銀の貴婦人だった。
長い白髪をゆるく巻いて一纏めにし、銀の清楚なベールと白と銀を基調にしたマーメイドドレスを着た女性がこの部屋に来た。
「お腹空いていると思って。パンとスープしか持ってこれなかったけど」
「十分です。ありがとうございます、シャムス姉様」
彼女はシャムス=ミストリアという。シャムスはスープとパンを少女に渡した。
少女には足首に枷が付いているのでベッドから移動が出来ない。
少女がシャムスを姉と慕うのはきちんと理由があった。
シャムスはこの国の第一王女で少女の異母姉にあたる。
姉と言う事実を教えたのはシャムスだった。
シャムスが彼女を見つけたのが12歳のとき。
偶然、浮遊島へ続く回廊が出ていた。
この国は魔法の国でいろんなところに道や入り口があってその一つ。
回廊は風で出来ており、時折消えてしまう。
城に繋がっていたため興味を抱いたシャムスは浮遊島へ行った。
そのときに出会い、惹かれた。
彼女がなぜここに閉じ込められている理由も知っている。
そして逃げ出せない理由も。
いくらこの国の姫で魔力が高くてもわずか13歳だ。
それでも5歳の妹姫のほうが魔力が高い。
少女はその気になれば国から逃げれる。
だが、この国の民衆は噂に左右されやすく、更に黒は呪いと絶望の色だ。
外に出せば目の前で悲鳴を上げるどころかその場で処刑される。
シャムスは少女をこの塔から出して自由を与えたいと思っていた。
王位継承と同時に歪んだこの国を正し、少女の心からの笑顔を取り戻す為に。
少女はシャムスを見て彼女の立場を重んじた。
「・・・もう来なくていいです。私のことなんて放っておけばいい」
「・・・また心を読んだのね?」
「・・・・・・ごめんなさい」
少女は小さく謝って頷く。彼女は心を読むことが出来た。
それは幼い頃から生まれついた能力だった。
その能力である程度の情報は得られていたが、魔法の類の知識は一切得られなかった。
また世情のことも得られなかった。
シャムスが少女に与えたのは読み書きと最低限の生活知識、魔法陣の読み方と属性だけ。
少女は外の世界に興味を持とうとも思わなかった。
出たところでこの特異な髪と瞳で受け入れられるはずが無い。
死を望まれているというのにどうして姉は自分を受け入れたのだろう。
少女は口にスープを含んでパンを一齧りしただけで済んでしまった。
本当に身体に受け付けているのかというくらいの量だ。
「もっと食べないと」
「あまりお腹が空いていなくて」
本当は迷惑などかけたくない。別に気にかけなくてもよかった。
いっそのこと忘れ去ってくれれば、このまま死ぬまで孤独で過ごすというのに。
シャムスは溜息をついて魔法で食べ物を消した。そして魔力の痕跡も。
慣れたように消したシャムスは少女の乱れた服装と髪型を見てブラシを用意した。
「髪が乱れているわね。整えてあげるわ」
用意したブラシで少女の髪を梳かした。
それから耳のサイドの上部分を少しだけを三つ編みにして細めの赤いリボンで括る。
そして大きく真っ赤な大輪の薔薇のコサージュが付いた白いリボンをカチューシャのようにして整えた。
「綺麗な髪なのにぞんざいに扱っては駄目よ」
シャムスはそう行って綺麗にするが、少女にとって自分の髪などどうでもいい。
シャムスの髪は白だ。白とまでは行かないが銀か金が良かった。
この国では白が王族の色とされ、その色が純白であればあるほど魔力が強く、地位が高いとされてきた。
呪われた黒い髪などどこが綺麗なのか。
彼女は微笑むとベッド脇に落ちてあった三日月のチョーカーを少女につけた。
「これでよし」
少女の格好は整えられた。
髪にはリボンカチューシャ、服は胸元中心にあるリボンで前を止めるタイプの紅く金のラインが入った前開きビスチェ。
その下に胸下から真ん中で分けられたフロントオープンの長くて白いテールドレス。
中は紐なしの膝上の白いワンピースだ。
首には三日月のチョーカーが下がっている。
金色のアンティーク調の三日月に大粒のルビーがぶら下がっており、三日月部分に紅い薔薇と蝶が付いている。
それは母の形見だ。
「・・・ありがとうございます」
「いいのよ。それから、あと数時間であなたの誕生日ね。おめでとう」
「・・・私には誕生日がありません」
「いいえ。私が決めているのだから。16歳ね。おめでとう」
16歳で魔法使いは成人する。あと数時間で0時を迎えるらしい。
シャムスはプレゼントの変わりに少女の身なりを整えた。
彼女は毎月1度だけここに来る。怪しまれないためにたった一度のみ。
そして一時間だけしかいれないことも。
「また来るわ」
次の約束はしない。いつ来るのなんてわからない。
なぜなら彼女はもうすぐ王位を継ぐ。気軽に来れない立場なのだ。
もしかしたらこれが最後かもしれない。
少女はシャムスに頷くと彼女は気配を消して去った。
おそらく城の兵士に記憶操作と時間操作してここに来る時間の1時間前に戻すのだろう。
彼女はそういった魔法が得意だ。
少女は彼女が去ったあと、小さな窓の外を見た。やはり昼だ。
相変わらず薄暗い石造りの小部屋に差し込むのは唯一の光。
チョーカーを陽射しに翳すとルビーが煌く。
どうして母はこれだけ遺して逝ってしまったのだろう。
せめて生きていてくれたら一緒に生活できたのに。
少女の母はすでに亡くなっていると姉からすでに聞いていた。
することが無くなってしまった。この部屋には本しかない。
だけど、この部屋にある本はすべて読み切ってしまっているので内容が頭に入ってしまっている。
少女は逡巡して寝てしまおうと思った。
少女は毛布に包んで目を閉じようと瞼を伏せようとする。
だが、出来なかった。身体の血が沸き立つ感覚がする。
時間はまだ0時になっていないはずだ。自分の感覚では。
時間の間隔が狂っていても少女は今の時間帯がどれかすでに分かっていた。
日差しが当たる感覚が違う。冷たい。何より暗い。
少女は飛び起きて窓を見た。いつもと違う感じがする。
雲の裂け目と時折止む風から町が見えるのはいつものことだが、時間が昼の様子じゃない。
暗い。真っ黒とはいかないけど赤黒い。
空を見た。大きな紅い満月が昇っている。それから夜空が見える。初めて見た。
さっきまで昼の様子だったのに。
すると、先程来たシャムスが部屋に飛び込んできた。
彼女が去ってまだ一時間も経っていないのに。
「姉様・・・戻ってきたの?」
どうしてと少女は聞こうとしたが、口を噤んだ。
なぜなら彼女の表情が切羽詰っていた。
「話は後。今はこれをはずすわ」
シャムスが彼女の足かせに手で触れると簡単に外れた。
今まで外れたことなどなかったのに。
それから灰色のマントを少女に着せた。少女は何がなんだかわからなかった。
心を読もうとしたが、先にシャムスが口を開いた。
「あなたを今からここから逃がすわ。父と母があなたを殺す為に刺客を送るって聞いてしまったの。よりによってこんな・・・紅い満月の日に。あなたの誕生日に!」
「どういうこと?」
「紅い満月は魔力そのものを分解するのよ。あなた以外の人間は影響を受けるわ。ここに時間操作と結界魔法がかかっていたなんて。16年間閉じ込めた理由がようやくわかったわ。今は時間がない。後10分で刺客が来る。あなたは生きて」
(父が自分の罪を認めたくないからってどうしてここまで・・・)
このことを伝えることが出来るのはいつになるのだろう。
全て知ってしまった。国王の計画と王族である異母妹の出自を。
シャムスは指輪嵌めた人差し指を窓に向ける。
そこから発動した火属性魔法で壊すと少女をそのまま落とした。
「きゃああああああああ!」
少女は叫んだ。上空にあるため吹き荒れる風にかき消されたが、怖い。
生きてと言うのになぜ突き飛ばしたのか。
(死ぬの?私?)
ああ、そうか。信じていた姉まで私のことを憎んでいたのか。
少女はすべてを悟ってそのまま身を任せたが、頭に姉の声が聞こえてきた。
『そのまま風の回廊に乗って門を越えて。回廊は5分しか持たないけど。
それから森を突っ切って神樹の番人を頼って。こんな形で知らせるなんて申し訳ないわ。生き延びて必ずどこかで再会しましょう。あなたは私のたった一人の妹だから』
少女はすぐさま回廊と言われる風に乗ると国の門と国境を越えた。
そのまま裸足で地面に降り立って森を突っ切る。
がむしゃらに。姉の言うとおりに。
初めて飛び出した外の世界に戸惑いつつも少女は神樹を目指して走った。
生きて自分の居場所を見つけて。そう言われた気がした。
紅い満月の光が少女を照らして神樹に続く道標のようだ。
「私がここ(世界)にいる意味って何・・・?」
わけがわからないまま夜空に少女は問いかけた。